再出発
「どうしたものか……」
屋台での腹ごしらえを終えたカリアス達は賑わいを見せる道を抜け、静かになった夜道を歩きながら考え込んでいた。
明日から始まるダンジョン『巨厳の洞窟』の調査には、これから寝る暇を惜しんで歩き続けたとしても到底間に合わない。
良い案が浮かばず、また旅路をスタートしたものの、このままでは着いた頃には既にダンジョンが攻略されてしまっている可能性も否定はできない。それはつまり、セレネの母を救えなかったという結果を意味する。
「セレネ、君のお母さんは強いのか?」
「戦っている所を見た事がないから何とも言えないけど……。一つだけ言えるのは、お母様を含め私達の血筋は風を司るドラゴンが多いの……だから……」
「炎の精霊を使役している召喚士が相手だと武が悪過ぎるな……」
基本的に、風は火に弱い。魔力量に差があれば力関係は逆転するが、拮抗すればするほど立場が危ういのは風の力を持つセレネの母親の方だろう。
新入りの召喚士の実力が分からないので、この時点で勝敗を考えるのは難しいが、いずれにせよ急かされる状況に変わりはない。
「まずいな……急がないといけない」
ここからグリフォンを召喚して乗せてもらったとしても、最低二日はかかる。そもそも、丸々二日もグリフォンを召喚し続けられる魔力はカリアスには無い。
その後に控えるダンジョン内での戦闘を考えたら、魔力がすっからかんになる状態も避けなくてはいけない。
「何かいい案は……一日もかからずに行く方法は……」
「カリアス、一つだけ方法があるわ」
悩むカリアスに、セレネが覚悟を決めたような面持ちでそう言った。何か嫌な予感がカリアスの頭の中に過ぎったが、それに気付かぬフリをして、エメラルドグリーンに輝く眼差しを受け止める。
「どんな方法?」
「飛んでいくの」
何とも抽象的な説明だ。しかし、カリアスにはセレネの言葉が持つ意味に薄々感付いていた。だからこそ、進めていた歩みを止め、苦虫を潰したような表情でセレネに問いかける。
「セレネ、前から聞こうと思っていたんだけど。君はここまで一体どうやってきたんだ?」
出会った当初、彼女は酷い怪我を負っていた。持ち物らしき物も何も身に持たず、体一つでここまでやって来たという表現がしっくりくる。すると、彼女の移動方法など限られている。
「それはもちろん、空を飛んできたのよ。ドラゴンの姿で。私もお母様と同じ風を司るドラゴンだから、飛行は得意中の得意よ!」
(ですよねぇー……やっぱ、そうなりますよねぇー……)
曲線の美しい胸をさらに張って、セレネは得意げな顔を見せる。その一方、まだ始まったばっかりの旅路にも関わらず、カリアスの体には倦怠感がどっと襲ってきた。
カリアスもその方法を考えつかなかった訳ではない。ただ、考えない様にはしていた。
突風の如く上空を飛ぶドラゴンにしがみつく自分を想像したら、できれば避けたいと普通は思うだろう。
それに、ドラゴンの姿のまま移動するのは、たとえ空の上だとしても目立ち過ぎる。雲の上を飛ぶにしろ、飛び立つ所と着陸する所は地上になる訳で、セレネの姿を見られる危険性が付き纏う。
「その方法は……その……できれば避けたいというか……」
「なぜ? これほど良い案はないと思うわ」
歯切れ悪く答えるカリアスに、キッパリとした口調でセレネが答える。
「大丈夫、バレないように高い所を飛ぶし、飛び立つ時も、降りる時も一瞬で終わらせるから」
(それにしがみつく俺の気持ちも考えてくれ……)
向こうについた自分の生気を失った姿を想像したら、げんなりしてしまう。しかし、他に良い案があるのかと問われたら、それには答えられない。自分達にはこの方法しか残されていないのだと、カリアスも分かってはいるのだ。
「カリアス、時間がないの……お願い……」
セレネのそんな切実な声色を聞いたら、カリアスはもう覚悟を決めるしかなかった。
「分かった。その代わり、頼むから無茶な飛行はやめてくれ。ほんと頼む」
「分かったわ。なるべく配慮するから。そうと決まったら早く準備しないと。久しぶりの飛行、ワクワクするわ!」
(ダメだ、絶対この子分かってない……)
早く飛びたいと体がうずうずしている様子のセレネを見て、カリアスは額に手を当てて大きなため息を一つ溢すのだった。




