新たな冒険の始まり
外でグリフォンの世話を終え自室に戻ったカリアスは、部屋の三分の一を占領しているベッドにストンと腰掛けた。慣れ親しんだ硬めの反動がお尻に伝わった後、無意識にため息が漏れる。
「はぁ……これからどうするか……」
このままこの町に残り、他の冒険者と新たなパーティーを組むべきか。それともふらっと一人で旅に出て色々な景色を見てみるか。しかし、今のカリアスにはどれもしっくりくるものではなかった。
(でも、いつまでもこの宿舎にいるわけにはいかないよな)
カリアスが暮らしているこの部屋は、『炎の凱旋』のメンバーで借りている冒険者用の宿舎であり、追放された身のカリアスがいつまでも居ていい場所ではない。
(とりあえずここを出よう)
そう思い立ったカリアスは持って行く物と置いていく物を選別し始める。カリアスは元々荷物が少ない。その為、作業は思いの外すぐに終わりそうだった。
ふと、昔恩師にもらった魔物に関する本を手に取る。古びた分厚いその本は、カリアスが何回も何回も読み返していた為、表紙や背が少し脆くなり始めており、紙も焼けやシミで傷んでしまっている。
そんな思い出の本を撫でながら、カリアスはこれから自分が向かうべき目的地を直感で決めていた。
そして、第二の冒険のために必要最低限な道具と、愛読している数冊の本、数日分の食糧を鞄に詰め込み、三年間暮らした宿舎を後にした。
とうとう見送りにも誰一人として現れず、カリアスは悲しい気持ちと、どこかほっとした気持ちで前に歩き始めた。
向かう先は『ユリニアの森』だ。
カリアスが住むこの国は、大きな大陸に囲まれたメディウス海に浮かぶ九つの島国のうちの一つ『マリゴナ島』である。
この小国である島国は、国土の三分の一を森が占める自然豊かな国だ。そして、その森こそがカリアスの目指す『ユリニアの森』である。
森には手つかずの大自然にたくさんの生き物や精霊、魔獣達がいる。その分ダンジョンほどではないが危険な事もある為、普通の人はあまり近寄りたがらない場所である。
しかしこの森は、元々カリアスが冒険者になる前に生活していた場所でもあった。
森の入り口までは、ここから歩いて数時間といった所だろう。そして、カリアスの本当の目的地である森の奥深くまでは、更に歩いて一日ほどかかる。
グリフォンに乗れば半日で着いてしまうかもしれない。
が、カリアスは魔力量が少ない。道中何かあって戦闘になった時の為に、少しでも魔力を温存しておきたかった。
それに、自分の故郷である場所には、どうしても自分の足で帰りたかった。
(ジェイソンは元気かな)
故郷を思い出し、ふと自分を育て上げてくれた恩師の顔を思い出す。
カリアスは実の両親の顔を知らない。
森の奥深くに、まだ赤子であったカリアスは捨てられていたらしい。そこを偶然通りかかった、ジェイソンによって救われたのだった。
ジェイソンはクセが強く、変わり者で、森の中を転々としながら魔物やダンジョンついて研究をしている。カリアスはその際に奇跡的に見つけてもらった。
そして偶然は続き、召喚士でもあったジェイソンと同じくして、カリアスも召喚士の才能を持ち合わせていた。
カリアスは厳しい修行を課せられ、魔物に関する知識から始まり、薬草学や歴史などいろいろな知識を叩き込まれた。
修行中は死ぬんじゃないかと毎回ヒヤヒヤしていたカリアスだが、冒険者になってからはあの経験のありがたみを何回も思い知っていた。
ジェイソンはクセが強いが、厳しくも優しい人だ。自分を息子のように思ってくれているのだとカリアスは感じている。
カリアスにとってもジェイソンは親であり、師匠でもある存在だ。
(あの小屋にいるかな……)
ジェイソンと一緒に暮らしていた森深くにある小屋を、カリアスは記憶の中から思い起こす。
常に気温が安定しているこの国は、寒すぎず暑すぎずで森の中でも比較的過ごしやすい。そんな気候の為木々は元気よく生い茂り、地面には巨木達の根が張り巡らされ、珍しい植物もたくさん育っている。今思えば、そんな世界の奥深くにポツリとある小屋はなんとも不思議な光景だ。
町から離れるにつれて見慣れた風景が徐々に変わり始め、道は石畳から段々と整備が行き届いていない悪路へと変わり始める。
故郷に向かってそんな道を進んでいくカリアスの足は思いの外軽やかで、むしろ足枷が外れたような解放感があった。
(自分が思っていた以上に、あのパーティーにいる事が重荷に感じていたのかもな……)
三年所属していたパーティーでの日々は苦しい事もあったが、正直楽しかった。
森の中の世界しか知らなかったカリアスは、この小国の栄た都市部や賑やかな港町に心が躍り、ダンジョンという場所では新たなことをたくさん学んだ。
今まで友達は動物や魔物だったカリアスにとって、パーティーの仲間たちとの生活は賑やかで新鮮で、決して嫌いじゃなかった。
いつからか、自分の限界を薄々感じ取っていた。それでも三年もの間あのパーティーにしがみ付いてたのは、そんな生活が好きだったからに他ならない。
いつの日か楽しむ心を忘れ、毎日自分の弱点をどうにかしようと思うだけで頭がいっぱいになっている自分がいたんだなとカリアスは悟る。
まだ気持ちの整理は完全にできていない。
でも、
「これで良かったんだな、きっと」
カリアスは軽くなった体を感じながら、不思議と冷静にそう思うのだった。




