腹ごしらえ
夜になった港町の『ポルトゥス』はオレンジ色の街灯で照らされ、その光は港に近づくにつれ更に輝きを増していた。
オレンジの光は停泊中の船達をもライトアップし、昼間に見えた豪華さとはまた違う煌びやかさで港を彩っている。
屋台からは光だけではなく賑やかな声が昼間と同じように聞こえ、夜の街を出歩く人達を誘惑している。
まるで王都のお祭りのような情景が、この眠らない街ポルトゥスでは日常となっていた。
カリアスとセレネはそんな賑やかな屋台街で、軽く夕食を取るつもりで目についた店に入ったはずだった。
目の前に並ぶ空になったお皿の数々と、セレネの幸せそうな顔を見比べ、カリアスは苦笑いを浮かべるしかない。
これから先を急ぐ為、ちゃんとした食事は当分取れなくなる。それを考えると、セレネに控えて欲しいとは言い出せなかった。
「すべて食べ終わったらすぐ出発するよ」
もぐもぐと口を動かしていたセレネに、カリアスはそう話しかける。セレネはコクコクと首を振ってそれに応えた。まるで幼い子供の様な仕草に、カリアスの頬が緩む。
セレネの実年齢をカリアスは知らないが、見た目的にはそんなに歳は離れていないだろう。そんな彼女が食べ物の前では、まるで幼子の様に目を輝かせ無邪気になるのだから面白い。
セレネの小さな体に、どんどん食べ物が吸い込まれていく。そんな光景を黙って見届けながら、頭の中では今日の出来事を振り返る。
(にしても、予想外だな……)
カリアスは先程まで、この国一番の情報屋であるビネット・クロウから必要な情報を教えてもらっていた。
特に、彼女がサービスだと言って教えてくれた情報には、頭が痛くなる思いだった。
(アルバート・デュークねぇ……)
炎の精霊サラマンダーと契約を結んだ天才召喚士。
確かに、炎の精霊サラマンダーはカリアスが契約を結んでいる風の精霊シルフと同じで、上級魔獣に分類される。
カリアスの場合、契約とは名ばかりであり、実際は魔力が足らず未だに召喚したことがない。その一方で、噂の召喚士は精霊の力を上手く使えているのだろう。それだけでもカリアスよりも数段格上であることが分かる。
その上、ビネットは彼についてこう言った。
『彼の加入した冒険者パーティーは、その直後に悲惨な目に遭っているらしいわ。冒険者として再起不能になる様な怪我を負ったり、怖い幻覚に悩まされたり、ダンジョンに入ったきり戻ってこなかったパーティーもいたそうよ。一部ではアイツに関るなと言われる程、こっちの世界じゃ彼は要注意人物としてもよく知られているわ。噂では、とあるドラゴンを探す為に渡り歩いているとかいないとか』
ビネットの話を聞いた時、並々ならぬ危機感を感じた。そんな曰く付きの人物など、普通は関わらない様に努める。
が、『炎の凱旋』として三年間一緒に過ごしていたカリアスは思った。
(あの人達ならやりかねない)
実力主義である彼らのことだ。きっと必要な下調べも行なわず、単純に強さのみで引き入れたのだろう。
馬鹿だと憐れむ気持ちや、自業自得だという思いがカリアスの中に湧いてくる。
しかし、たとえ追放された恨みがあったとしても、心の何処かで彼らの身を案じてしまう。やはり、昔慣れ親しんだ人達が不幸になる結末など、カリアスとて、できれば見たくないのだ。
それに、彼がドラゴンを探しているという噂も、楽観視出来ない。彼に先を越されるのは、何としてでも避けなければならない。
どちらにせよ、これはカリアス達にとって由々しき事態だった。先を急がざるを終えない。
ダンジョン攻略の調査は明日から始まるらしい。対して、カリアス達がダンジョンに行く為にはおよそ四日かかる。
(なにか、もっと早くダンジョンに辿り着けるいい方法はないだろうか……)
着実に前に進んでいる旅路だが、次から次へと問題が絶えない。カリアスは思わず天井を見上げる。オレンジ色に光るランプが、海から吹く風で時より揺れ動く。スパイスの香ばしい匂いが鼻を刺激し、賑やかな声が穏やかな日常を感じさせる。
(次ここに来る時はもっとゆっくりしたいものだな)
カリアスは心からそう思った。




