贈り物
無事に契約を結び終えダンジョンに向かう用意が整ったカリアスとセレネは、その翌日の朝、新たな冒険に向けて旅立とうとしていた。
カリアスは自分の育った場所である小屋やその周辺を目に焼き付ける様にぐるっと見廻す。
すっかり夜が明けたユリニアの森は、涼しい風が樹木の葉や青草を優しく揺らし、小鳥たちが朝を歌っている。
これから先の道はさらに危険が伴う。どんな事があっても自分には帰る場所がここにあるんだと思えば、カリアスはたとえ困難な道が待ち構えていようと頑張れる気がした。
故郷の姿をしっかりと胸に刻んだカリアスは、ジェイソンに視線を向けた。
「じゃあ行ってくるよ、ジェイソン」
「ああ、気をつけるんだぞ。それとセレネちゃんにはこれを」
ジェイソンはそう言うと、後ろ手に隠していた物をセレネの前に差し出す。
「セレネちゃん、手にとって広げてみてくれ」
セレネがジェイソンからそれを受け取り両手で広げる。すると、フード付きのマントが現れた。
煌びやかとは言えないが、見たことの無い異国調の刺繍が控えめに施されている。一見年月を感じるただの古びたマントの様に見えるが、元は上等なものだったのだろうと思えた。
「ジェイソン、それを一体どこで……」
「昔旅先で一目惚れして買ったんだ」
「ジェイソンが一目惚れ? 嘘だろ。そもそも、男が着れる様なものじゃ無いだろ?」
「だから今の今までそのまま着ずにとっておいたんだろ」
ジェイソンのらしからぬ行動にカリアスは驚きが隠せない。ジェイソンはおしゃれなど興味がない人だ。魔物やダンジョンなど自分の研究に関係のある物にしか関心がない。なのに、セレネに渡したマントに一目惚れをしたとジェイソンは言った。しかもどう考えても女性向けの品だ。
カリアスの口がアングリしてしまうのも無理はなかった。
そんな衝撃の中にいるカリアスの目の前で、ジェイソンは目を輝かせながらマントを見つめているセレネに顔を向けた。
「セレネちゃん、外の世界は危ない。特に君の様に目立つ容姿であれば尚更だ。人攫いに狙われたりする危険も伴うだろう。このフードを被っていれば目立つ事も少なくなるだろうし、その美しい角もフードに付いている飾りだと言えば少しは楽になるはずだ。それに、俺はセレネちゃんにぜひこれを着てほしいんだ」
「でも、こんな素敵なものを頂くわけには……」
セレネはそう言いながらカリアスに顔を向ける。その顔には嬉しさと少しの困惑が混じっている様にカリアスには見えた。まるで急に褒美をもらった子供がそれを受け取っていいのか親に確認を求めているの様に見えた。
カリアスは思わずふっと笑みを溢す。きっと可愛い妹がいたらこういう感覚なのかもしれない。
「いいんじゃない、貰って。そのマントも汚いおっさんに着られるより、セレネに着てもらった方が喜ぶと思うし」
カリアスはセレネの眼差しにそう答えながら、ジェイソンの言葉を頭の中で反芻していた。
ジェイソンの言い分は的を得ている。これからダンジョンに向かい街中を歩く機会も多い。街中には亜人などの目を引く存在もいるとは言え、セレネが紛れ込む事はできないだろう。それぐらいセレネの容姿は目立ち過ぎる。フードで容姿をカバーし、飛び出す角を装飾だと言い切る事ができるなら多少目立たずに行動する事ができるだろうとカリアスは思った。
「ジェイソンさん、ありがとうございます。大切に使います!」
「ああ。そうしてくれ」
セレネがギュッと胸の中でマントを大切そうに抱きしめる。その様子にジェイソンは微笑んでいるが、長年一緒に暮らしてきたカリアスにはその表情がどこか寂しげに見えた。
今まで見せてこなかったジェイソンの姿、行動に違和感を感じたカリアスだったが、喜んでいるセレネの姿を見たらそんな些細な引っ掛かりは忘れ去ってしまうのだった。
「じゃーそろそろ行こう」
「うん、そうだね」
改めて二人に視線を向けられ、ジェイソンは心地悪そうにしながらもちょっぴり嬉しそうだ。
「ジェイソン、世話になった」
「お世話になりました」
カリアスとセレネからの感謝の言葉を受けたジェイソンは、はにかみ笑いを浮かべながら片手で後頭部を触る。
綺麗になった師匠を見ながら、次会う日までこの状態を維持してほしいものだとカリアスは心の底から思った。
そんな弟子の心の声など知らず、ジェイソンは感動的なお別れシーンを貫いていく。
「俺にとっても二人との話は貴重な時間だった」
ジェイソンらしい言葉だとカリアスは思った。
「また会いにくるよ。その時はまた土産話もってくる」
「ああ、約束だぞ。楽しみにしてるからな」
自分の帰りを待ってくれている人がいるのだと、ジェイソンの言葉を聞いて安心感がカリアスの体を巡っていく。
どうしようもなく生活スキルが皆無な変人おっさんだと思いつつも、育ててくれた人がジェイソンで良かったとカリアスはそう思った。
カリアスはジェイソンに背を向け歩き出そうとして、ふと再度足を止めて後ろを振り返った。
「じゃー行ってくる!」
力強く放ったカリアスの声は、ユリニアの森に響き渡って行く。
そして、すぐに前を向き直し歩き始めた。ジェイソンは何も言葉をかけてこなかった。ただ、見守っていてくれてる様な優しい視線を背中で感じながら、新たな道をカリアスはセレネと共に歩いていくのだった。




