進むべき道
夜明けが訪れ、眠りから目覚めた動物や魔物達の気配で森がざわめき始める。少し湿気を含んだ涼しい風が森の中を通り抜けていくのをカリアスは肌に感じた。
「カリアス・アンドレウ・メノールターナ。それが俺の本当の名前なんだ」
そう噛み締めるようにカリアスは言葉を紡ぎ、自分の首にかかっている紐をワイシャツの襟元から手繰り寄せた。その紐の先から、青い輝きを放つ透き通った水晶が現れる。
加工され扁平状になっているそれは一見小さな魔石のようだが、魔力は存在しない。ただあるのは刻まれた文字だけだった。
『カリアス・アンドレウ・メノールターナ』
そこにはそう刻まれていた。
ジョンソン曰く、このペンダントはカリアスが元々持っていたものらしい。
カリアスは森の中に捨てられ、そして育ての親であるジェイソンによって発見された。このペンダントはカリアスが見つけられた際、すでに首に掛かっていたらしい。揺れ動き、時より輝きを放っていたそれは、カリアスと共に存在していたのだ。
きっと森に捨てた本当の両親が残していったものだろうと、ジェイソンは言っていた。
自分を捨てた両親が残したものなど、捨てた方がいいのではないかと思った時期もあった。が、そこに刻まれた文字の意味をカリアスはどうしても知りたいと思っている。
自分はなぜ捨てられ、なぜ名前にメノールターナの文字が刻まれているのか。
一体、自分は何者なのか。
カリアスは今まで、自分が何者なのかを探るため、ダンジョンという場所に日々潜り込んでいた。伝説が事実であったならば、そこに何か手がかりがあるかもしれないとそう思ったからだ。だから一番ダンジョンに関わることが多い冒険者になった。
しかし、今のところなんの手掛かりもない。
そればかりか、ただメノールターナが忌み嫌われる存在であるという現実を痛感する三年間だった。
森の中で育ったカリアスは、伝説や歴史についてジョンソンから学んではいたものの、いざ外に出て実際に感じ取ったものは想像を遥かに超えていた。
だから、誰にも言わなかった。一緒に過ごして来たパーティーメンバーにさえ言っていない。
なのに、なぜか目の前の美しい少女にその秘密を打ち明けていた。不思議と、秘密を恐れていた感情がスッと無くなり、力が抜けてほっとした気分にすらなっていた。
「驚いたよね。実は俺も自分が何者なのかよく分からないんだ。もし伝説が本当であれば、君にとっても憎い存在なのかもしれない」
苦笑いを溢しながら、自虐的な言葉を口にする。
メノールターナは自分達の財産を隠す為にダンジョンを造りあげたと言われている。つまり、その伝説が事実であったのなら、千年以上経った今もなおメノールターナの力がドラゴン達をダンジョンに捕らえていると言う事になる。
セレネにとってカリアスの存在は敵と言っても過言ではないだろう。少なくともいい気はしないはずだ。
(嫌われたかもしれないな……)
気付けばそんな事を考えている自分がいた。無意識にセレネに嫌われたくはないと考えていた自分自身に、カリアスは思わず卑屈な笑みをこぼした。
「あなたの事を憎んだりはしない」
ふと、優しいそよ風のような声がカリアスの耳を撫でていく。声のした方向に視線を向けると、そこには朝日に照らされ一層まばゆく光るセレネの姿があった。エメラルドグリーンに煌く目は少しアーチ型に細まり、まるで天使のように慈愛に満ちた表情をしている。
セレネの言葉とその姿に、カリアスは目を大きく見開いたまま固まってしまった。しばらくして、呼吸する事すら忘れていたカリアスの体は本能的に危機を察し、むせかえるような苦しさと共に正気に戻った。
「ハッ……ゲホッゲホッ」
「大丈夫?」
「あっああ……」
(一瞬死にかけた)
心の中で焦りつつ、呼吸を正常に戻していく。跳ね上がった鼓動のリズムも呼吸と共に落ち着きを取り戻していくが、それでも少し早まる心臓の動きは自分ではもうどうしようもできない。
「本当に大丈夫?」
心配そうにカリアスの元に歩み寄ってくるセレネだが、むしろ近づかれた方が今のカリアスにとっては毒だった。見惚れて死にかけたなんて本人に言える訳が無い。カリアスは紅潮していく自分の顔を片手で隠しながら、反対の手で近寄ってくるセレネを制した。
「大丈夫だから、頼む今は近づかないで欲しい」
「分かったわ」
どことなく少し不満げな声でそう言ったセレネは、真っ白な肌のスラッとした脚を動かす事を辞めた。
「俺のこと憎いと思わないのか?」
カリアスは自分の体が少し落ち着きを取り戻した頃、そうセレネに問いかけた。
「思わないわ。だって、仮にあなたがそのメノールターナと関係あったとしても、あなたはあなただもの。私の命を救ってくれた恩人に変わりはないし、あなたが私のお母様を連れて行ったわけじゃない。恨む理由なんてない」
セレネの言葉は、どこか自分の存在に引け目を感じながら生きて来たカリアスにとって、まるで暗闇の中に暖かで優しい光が灯った様な感覚をもたらした。
(そっか。俺は俺なのか)
当たり前のことを気付かされたカリアスはふっと思わず笑みを溢した。
(救われたのは俺の方かもしれないな)
いつの間にか見え始めた水色の空と、夜明けの訪れを歌いあう小鳥達のさえずりが、新たな一日の始まりを告げていた。
カリアスは新たな出会いに感謝しつつ、新鮮な森の空気を胸いっぱいに吸い込む。
冒険者パーティー『炎の凱旋』を追放され、これからフリーでどう生きていけばいいのか悩んでいたカリアスの頭に、これからすべきことがハッキリ見えた。
「セレネ、よかったら君のお母さんを探す手助けを俺にさせてくれないか?」
その決断が自分の為にもなるだろうと、不思議とカリアスはそう確信していた。強い決意で輝くカリアスの琥珀色の瞳に、セレネも視線を合わせる。
「本当に! 嬉しい、ありがとう!」
心から嬉しそうにそう声を張って答えたセレネのあどけなさ残る反応を見ながら、カリアスは思わず頬を緩ませるのだった




