隠し名
「申し訳ない……」
「え?」
カリアスは無意識のうちに心の声を口から溢していたらしい。
隣にいる少女がそのエルフ族にも劣らない美貌に困惑の表情を浮かばせている。
カリアスはポロッと出てしまった言葉に後悔しつつ、この場をどうすればいいだろうかと苦笑しながら考える。
「なぜあなたが謝るの?」
しかし、先に言葉を発したのはセレネだった。髪色と同じ綺麗な銀色の眉を寄せながら、当然の疑問をカリアスに投げかける。
そんな彼女に対して、自分の中で渦巻く様々な感情をどう言葉にしたらいいのかと、カリアスは悩む。
彼女にとって辛い話をしてしまったことに対して。
彼女を救えるような他の情報や術を持っていないことに対して。
そして、自分の秘密が少なからずこの状況に関係しているだろうという負い目。
カリアスは無意識のうちに拳を握りしめ、空を見上げた。先ほどまで月明かりのみに照らされていた夜空は、知らぬうちに明るさを増して来ている。
夜明けが近づいていることを悟り、カリアスは長いようで短い夜だったなーと、つくづく思った。
手当てしていたドラゴンが急に美少女に変わって現れた事も、自分が追い求めている世界の歴史、ダンジョン創造説の真実に近づけるような情報を得た事も。
カリアスにとって人生の中でも三本指に入るくらいの衝撃的な出来事であったこの夜が、終わりつつある。
今だどこか夢心地で現実とは思えないこの出来事も、近いうちに訪れる夜明けという時間の経過が現実味を増していくだろう。
(今しっかり言うべきなんだよな……)
カリアスはふとそう自分に言い聞かせるように心の中で呟く。
もちろんセレネには正直に自分の事を言うべきだと思っていた。それが、彼女が決意して身の上を話してくれたことに対する礼儀でもあるし、カリアスにとって有力な情報を聞かせてくれた事への感謝の気持ちもあるからだ。
カリアスは視線を戻すと、困った顔でこちらの様子を伺っているセレネを見つめた。琥珀色の瞳に少し影を宿しながら、カリアスは口を開く。
「正直に言う。セレネ、君のお母さんを救えるような情報や術を俺は持っていない。本当に申し訳ない」
「それは、しょうがないわ……」
セレネが悲しそうな表情で目を伏せる。そんな彼女の姿に胸を締め付けられるような感情を抱きながら、カリアスは話を続ける。
「それと、もう一つ君に話したいことがある」
その言葉にセレネはもう一度視線を上げ、少し潤んだそのエメラルドグリーンの瞳でカリアスを見つめた。
カリアスはその視線を受け止めつつ、早まる鼓動を抑えるために息を一つ吐く。
「セレネのお母さんがダンジョンに連れて行かれたのは、俺も少し関係しているのかもしれない」
「どう言うこと?」
セレネが訝しむような表情を見せる。
カリアスの心拍数は更に早まり、背中からは汗がじわっと滲んで来るのを感じる。秘密を言うべきか言わないべきか、この場に及んでそんな感情が芽生える。
(話すべきだって決めたじゃないか)
自分の度胸の無さに情けなさが込み上げてくる。
ふと、力の入ったカリアスの手が何か柔らかくて暖かいものに包まれるのを感じた。視線を下げると、そこには色素の薄い真っ白な手がカリアスの拳を包み込んでいた。
まるで労わるような優しい感触に、さっきまでカリアスを蝕んでいた負の感情が浄化されていく。カリアスは全身に張り詰めていた力が抜けていくのを感じながら、セレネの瞳に視線を戻した。
「これから話すことは俺を育ててくれた人以外誰も知らない。だからどうか誰にも言わずに心に留めておいて欲しい」
その言葉に、セレネがコクリと頷いた。
「命の恩人である貴方の秘密を守ることをここに誓うわ」
まるで愛の誓いのようなセレネの言葉に、カリアスは思わずふっと笑みをこぼした。彼女もそれに応えるように穏やかな笑みを浮かべた。まるで天使のような破壊力を持つその表情に一瞬目が眩みそうになったが、カリアスはなんとか耐えた。
緩んだ表情をキリッと引き締め、カリアスはセレネを真っ直ぐ見つめながら口を開く。
「俺には隠し名があるんだ。俺の本当の名前はカリアス・アンドレウ・メノールターナ。伝説上最悪の種族と同じ名前を持っている」
空の明るさが増していく中、森で眠っていた鳥達が囀り始めている。
今日という新たな世界の始まりを感じながら、カリアスは自分の秘密を打ち明けたのだった。




