メノールターナ
「少し長い話になるけどいい?」
カリアスは真剣な眼差しでそうセレネに問いかけた。
「ええ」
彼女はエメラルドグリーンの瞳を瞼でゆっくり隠しながらコクリと頷いた後、再び目を開けて真っ直ぐな視線をカリアスに向けながらそう答えた。
「ダンジョン創造説の伝説は知っているか?」
「いえ。私が知っているのはさっき話したドラゴンがダンジョンを守る役目をしていると言うことだけよ」
(これは初歩の初歩から話さなくてはいけないな……)
カリアスはそう考えながら、自分の持つ情報を頭の中で整理する。
この世界で言い伝えられている伝説や常識から始まり、学者である育ての親ジェイソンから教えてもらった知識、そして自分自身の考察。
「まず、ダンジョンの存在はこの国ではとある言い伝えのような話があるんだ。昔、千年以上も前この世界はとある種族によって統一され、一つの大きな国を成していた。その時代のことを俺達は大帝国時代って呼んでいる」
「大帝国時代……」
セレネが噛み締めるようにそう復唱する。
「ああ。しかしその時代は長く続かなかったと言われている」
「なぜ?」
カリアスはその問いに答えようとして口を開き、そしてまた閉じた。
この伝説を話すことがカリアスは嫌いだった。この国に溶け込むように常識となり、同時に風化されつつあるこの物語は、カリアスにとっては特別であり悩みの種であり過去であり現在でもあった。
「どうしたの?」
カリアスの行動を不審に思ったのか、セレネは不思議そうに首を傾げている。
「いや。なんでもない」
(覚悟したじゃないか)
セレネに平然とした態度を演じつつ、心の中で焦っている自分がいる。背中に汗がわっと滲み出ているのを感じる。
カリアスは激しく鼓動を打ち始めた心臓を宥めるように、ふーっと息をゆっくり吐いた。
「その大帝国は、生み出した種族の滅亡と共に破綻したからだ。力を持ち過ぎたが故に、同じ種族同士で醜い争いを始め、他の人々や生き物達を巻き込みながら絶滅したと言われている。そして、その種族が最後に自分達の持っていた全ての財宝を隠すために造ったのが、ダンジョンだと言われている」
カリアスはそこまで話し終えると、一旦息を整えそしてまた口を開く。
「その種族はメノールターナと呼ばれ、千年以上経った今でも伝説と共に忌み嫌われる象徴となっている」
「メノールターナ?」
セレナがその透き通るような声でその言葉を口にする。カリアスは苦笑いを溢しながらセレネに「そうだよ」と答えた。
メノールターナと呼ばれる本当に存在したのかすら分からない種族は謎に包まれている。そんなの作り話だ、と思っている人がこの世の中の大半を占めているだろう。
(本当に作り話ならいいな)
カリアスはこの話を思い出す度にそう願う。しかし、その話が全て真実でも嘘が混じっていたとしても、メノールターナが本当に存在していただろうことはカリアスが一番よく知っていた。
「メノールターナ……メノールターナ……」
隣のセレネをふと見ると、何やら真剣に考え込むようにしてブツブツそう口にしていた。そして、「あっ!」と叫んだと思うと急に立ち上がった。
彼女の着ているカリアスのワイシャツがフワッと揺れ、月明かりに照らされた姿は、彼女の体のラインを照らし出す。
カリアスは思わず目を背ける。さっきにも増して心臓が鼓動を打っているのは言わずもながである。
「メノルタよ! どこかで聞いたことがあるような言葉だと思ったわ! 発音が少し違ったし、すぐに気づかなかった」
「メノルタ?」
今度はカリアスが不思議そうな顔でセレネに問い返す。
「私達ドラゴン全ての聖母であり、創造神よ」
(聖母で、創造神?)
確かに言葉は似ているが、扱われ方が天と地ほどの差がある。
一方は忌み嫌われる象徴であり、一方では神であり母である存在。
「一体、どう言うことなんだ?」
メノールターナとメノルタの関係性は分からない。今のところ全く違う可能性の方が高いだろう。しかし、カリアスはその話に何か引っかかるものを感じた。それが何かはまだ情報が足りなさすぎて分からない。一気に頭の中に流れ込んで来る新しい事実にカリアスはめまいがするのだった。




