美沙希と西湖の日
10月第2土曜日、美沙希は午前6時に目を覚ました。
すっきりとした目覚めだった。
彼女はスマホを手に取り、カズミへのメールを作成した。
『おはよう。文化祭楽しみだね。今日、私は西湖ちゃんと一緒に過ごそうと思っています。カズミとは明日ずっと一緒にいたい。よいですか?』
文面を確かめ、こんなそっけない文章でよいのだろうかと悩んだが、まあいいやと思って送信した。
つづいて、西湖へのメールをつくった。
『おはよう。文化祭楽しみだね。今日、私は西湖ちゃんと一緒に過ごしたいのですが、よいですか? 明日はカズミと一緒にいようと思っています』
誤字脱字がないか確かめる。だいじょうぶだろうと思って送信した。
朝食を食べ、歯を磨き、制服を着た。
スマホをチェックしたら、ふたりから返信が来ていた。
まず、カズミからのメールを読んだ。
『おはよう! 朝から美沙希のメールが来るなんて、素晴らしい日だよ! 了解です。今日は西湖ちゃんと文化祭を楽しんでください。ちょっと妬けるけれど、美沙希は誰のものでもないから仕方がないね。明日が楽しみです!』
よし、と美沙希は思った。
次に、西湖からのメールを見た。
『おはようございます。今日は美沙希ちゃんを独占できるのですね。人生最高の日かも。よろしくお願いします!』
人生最高の日か……。
もしかしたら、最低の日にしてしまうかもしれないと思って、美沙希の胸は痛んだ。
美沙希は午前8時に水郷高校1年1組の教室に入った。
すでに10人ほどが登校していた。
カズミ、西湖、真央の姿があった。佐藤はまだ登校していないようだ。
「おはよう」とあいさつしたら、みんなから返事が返ってきた。美沙希はそんなあまりまえのことを、とてもうれしいと感じた。
西湖が隣に寄ってきた。
「西湖ちゃん、今日はよろしく」
「こちらこそですっ」
カズミは離れていた。
真央はそんな3人を見て、一瞬怪訝な顔をしたが、黙っていた。
美沙希と西湖は教室の窓際に椅子をふたつ置いて、隣り合って座った。
一般客の入場は午前10時からだ。
教室はまだ静かだった。
「タナゴ釣りまた行きましょうね」
「うん。行きたい」
「ブラックバス釣りも覚えたいです」
「教えてあげる」
「よろしくですっ」
西湖は足をぶらぶらさせていた。
美沙希は水槽を見つめていた。
「タナゴ、きれいだね」
「婚姻色が出るときは、もっときれいですよ」
「婚姻色……。見てみたい」
「ボクは美沙希ちゃんと婚姻したいですっ」
唐突な発言に、美沙希は驚いた。
「西湖ちゃん、声が大きい!」
「うふふふふっ。ごめんなさいっ!」
「それに女の子同士の婚姻はできない」
「日本の法律は理不尽です!」
美沙希はそれには答えなかった。法律のことはよくわからなかった。しかし、女の子を好きな女の子がいるというのはもうしっかりとわかっていたし、それを変だとも思わなかった。そういう人がいてもいいと思う。
「西湖ちゃん、屋上に行こうよ」
「はい!」
ふたりは校舎の屋上に行った。
風が強く吹いていた。
美沙希の黒髪と西湖の銀髪がたなびいた。
時刻は午前10時で、一般客が校門から入場し始めていた。
屋上にいるのは、ふたりだけだった。
「西湖ちゃん、私はあなたが好き」と美沙希は言った。
西湖は黙って聞いていた。
「でもね、一番好きなのは、西湖ちゃんではないの。ごめんね」
水郷高校の屋上からは、素晴らしい田園風景とカスミガウラが見渡せる。今日は空気が澄んでいて、遠いツクバ山もくっきりと見えた。
西湖は微笑んでいた。
「友だちづきあいはしてもらえるんですよねっ?」
「もちろんだよ」
「いまはそれだけで充分です」
「いいの?」
西川西湖はうなずいた。顔は笑っていたが、心の中は大波で荒れていた。
未来はわからない、と彼女は思っていた。いまはカズミちゃんに譲ってあげる。でも、いつか美沙希ちゃんを自分のものにする。必ず!
その日、1年1組には大勢のお客さんが来た。皆、興味深そうに釣り具や水槽や模造紙を見ていた。
客の中にはブラックバスマガジンの編集者、小鳥遊優もいた。
「なかなかよい展示じゃないか。写真を撮っていいか?」
「はい、どうぞ」と美沙希は言った。
ひととおり写真を撮った後、「10月の取材は今度の土曜日でいいか?」と聞いてきたので、美沙希はカズミに確認してから、「いいですよ」と答えた。
「今度はラバージグをテーマにしたいんですけど、どうですか?」
「いいね。それで頼むよ」
小鳥遊は上機嫌で帰っていった。
午後、美沙希は西湖と校内をめぐった。
焼きそばやクレープを食べた。
「美味しいですっ!」
「美味しいね」
西湖は美沙希の腕にしがみついたりした。
美沙希はなすがままにされていた。
彼女は西湖が好きだった。
世界で2番目に好きだった。




