宿題と恋
8月22日午前10時、カズミは美沙希の家を訪問した。
今日はふたりで夏休みの宿題をする約束だ。
「カズミが数学の問題集を解き、」
「美沙希が英語の問題集をやり、」
「終わったらそれぞれのを写す!」
それが彼女たちの宿題倍速計画だ。
早速、美沙希は英語の問題集に取りかかり、カズミは数学の問題集に手をつけた。
得意科目だけあって、ふたりとも順調に解いていく。
もうすぐ夏休みが終わる。
急がないと宿題が終わらない。
水郷高校では、宿題が終わっていない生徒は放課後教室に残って、強制的にやらされることになっている。
そんなのは嫌だ。
2時間が経った。
その程度で問題集が終わるわけがなく、途中だった。それも序盤が終わった程度。
「休憩にしよう。昼ご飯をつくる」と美沙希が言った。
「やったー、うれしいな、美沙希の手作りご飯」
「インスタントラーメンだけど、いいよね?」
「またラーメンかよ……」
カズミはげんなりした。
美沙希が手早く作ったラーメンのスープは、真っ赤だった。にんにくの匂いが濃厚で、かき玉が浮いている。
「さっぽろ一番塩ラーメンをアレンジした。水のかわりにトマトジュースを使ったトマトにんにくかき玉塩ラーメン」
カズミはおそるおそる口をつけた。
意外なことに、美味しかった。トマトの酸味とにんにくの旨味が混ざり合って、新鮮な味だった。
「美味しいよ、これ。トマトスープ不思議なほど美味しい。にんにくも効いてるよ」
「私はまずいラーメンなんて作らない。にんにくはすべてのラーメンに合うし、トマトジュースで野菜の栄養を摂り、卵でたんぱく質も摂れる。これは完全食」
ふたりはインスタントの縮れ麺をすすり、スープをすべて飲み干した。
午後1時、宿題再開。
お腹いっぱいで、午前中ほどは集中できない。
「カズミ、恋ってどんなもの?」と美沙希が聞いた。
「美沙希は初恋もまだなんだっけ?」
「うん。私は恋を知らない……」
カズミは美沙希の瞳を見つめた。あたし、この子が好きなんだけど……。切ない。いま押し倒したい。
「恋っていうのはね、四六時中その人のことを考えて、考えると胸がキュッて苦しくなって、でもときめいて、ハートがどきどきしちゃうことだよ。会えないと辛くて、会いたくなっちゃうんだ」
「それが恋……」
美沙希は考える。カズミのことを思うと胸がキュッて苦しくなり、ときめいて、どきどきすることはある。彼女がバイトで忙しくて会えないときは辛かった。会いたくてたまらなかった。でも四六時中カズミのことを考えてはいない。美沙希の思考の大半は釣りが占めている。
「恋がどういうものか少しわかった気がする。私は恋をしていないけれど……」
「してないのかあ」
カズミはがっかりした。
あたしに恋してよ。せめて気持ちに気づいてよ。
「カズミは恋してるの?」
「してるよ」
「してるんだ。ふーん……」
美沙希の胸がもやもやする。
彼女はカズミが同性愛者であることを知らない。
もしかしたら女の子を好きな女の子かもしれないと疑ってはいる。
カズミはクラスの男子の誰かを好きなのだろうか?
それとも女の子が好きなのかな?
私以外の誰かのことを四六時中考えているとしたら、嫌だな……。
「カズミの好きな人って誰?」
「それはまだ言えないんだ……」
「そう……」
美沙希とカズミは黙り込み、問題集に目を落とした。
ふたりともまったく手につかなくなってしまった。
カズミは美沙希のことを考えていた。この子が大好きだよお……!
美沙希はカズミのことを考えていた。好きなことは確か。でも恋かどうかはやっぱりわからない……。
宿題は遅々として進まなかった。