琵琶カズミという少女
「起きなさい、カズミ! 遅刻するわよ!」
「うう……。眠いよぉ、あと24時間寝させて……」
「莫迦言ってないで、起きなさい! 朝ごはんできてるから!」
「ふわーい」
琵琶家の今日の朝食は、ごはんと鯵の干物とワカメのお味噌汁だった。
「いただきます」
お母さんがつくってくれたごはんをカズミは食べはじめる。食卓にいるのは、母ひとり子ひとり。
カズミの父親は彼女が物心つく前に、山で遭難して亡くなっていた。お父さんがどういうものなのか、彼女は知らない。
「カッコいいひとだったのよ〜。まだあの人が好きだから、お母さん再婚できないのよね」などとのたまうお母さんは地方公務員で、収入は安定している。
この母が明るい人なので、カズミは母子家庭で寂しいと思ったことがない。
「最近楽しそうね、カズミ。何かいいことでもあったの?」
「でへへ、わかる?」
「あ、彼氏ができたの? お母さんに紹介しなさいよ!」
「いや〜、彼氏というより、彼女ができた、みたいな」
「彼女?」
「きれいでさぁ、かわいくてさぁ、冷たそうに見えて、実はやさしいの。サイコーの彼女なんだ!」
「いい友だちができたってこと???」
「うん。まぁそんなとこ……」
琵琶カズミの初恋は小学5年生のときで、相手は女の子だった。転校生の女の子が気になって気になって、これが恋かと思ったときに、彼女は愕然とした。
あたしって、もしかして、そういうひと?
告白なんてできなかったし、お母さんにも相談できなかった。中学生のときも、気になる人は女性だった。カズミは男の子に恋をした経験がない。
そして高校1年生。いままた恋をしている自覚がある。一緒に釣りをする仲になった同級生のことを考えると、カズミの胸はキュンとするのだ。
でもこの気持ちは絶対に明かせない……。
「いってきまーす!」
元気いっぱいに学校に向かって出発するカズミ。彼女もまた悩み多き乙女なのである。