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第8話 暗渡陳倉《あんとちんそう》…… 偽装工作によって攻撃を隠蔽し、敵を奇襲します

 夜が明けて、僕が城へ戻ったときはもう、ディリアが廷臣や貴族たちを集めて朝礼を開くころになっていた。


 大広間へと急ぐ僕の隣には、いつの間にか暗殺者アンガが音もなく並んで走っていた。


 抑揚のない声が、広間での経緯を耳元で囁く。


「ディリア様の朝礼で、リカルドはカリヤ殿が夜中に逃げたと追及したのだ」


 ところが、門番をたぶらかした女中は既に姿をくらましていたので、ディリアも事実が確認できないと白を切った。


 そんな娘はいなかったとリカルドも認めたが、ターニアが女中として潜り込んでいたのを見て見ぬふりをしていたのだから、これは仕方がない。


「門番は許されたが、ディリア様のお立場はまだ……」


 アンガがそう言ったところで、目の前に大広間の扉が見えてきた。


 その扉をアンガが開けた奥へと、僕は駆け込んだ。


 リカルドが、長広舌を振るっている。


「逃げたにせよ、ダンジョンで果てたにせよ、あの異世界召喚者を自称……」


「……したことはない!」


 僕は叫んだ。


 本当はゆうべ闇エルフの前でやったのだが、それは伏せておく。


 曇っていたディリアの顔が、ぱっと明るくなった。


「カリヤ!」


 その名を聞いたリカルドは、ようやく僕に気付いたかのように言った。


「しかし、我々がそう呼ぶに足る証拠をお持ちではない」


「ダンジョン第7層を征服した証拠は、これだ!」


 懐に隠してあった、闇エルフの短剣を見せる。


 投げたつもりはないのに、その禍々しい光を放つ刃は、リカルドへと引き寄せられるように飛んでいく。


 その前に立ちはだかったのは、カストだった。


「リカルド様!」


 電光石火の早業で抜き払った自分の短剣で、闇エルフのを弾き飛ばす。


 床に転がった禍々しい短剣は、まるで生き物のような断末魔のあがきを見せる。


 それを呪文の詠唱で沈黙させたのは、何人かの魔法使いだった。


 ディリアの側についている者も、リカルドの配下になっている者も、その中にはいることだろう。


 大広間が静まり返ったところで、ディリアは厳かに告げた。


「これで納得しましたね、リカルド」


 リカルドは、カストを初めとする配下を引き連れて、大広間を出ていく。 


 ディリアの体面を潰すために、僕をダンジョンへ行かせまいとしたのは誰の目にも明らかだった。




 部屋で休ませてほしいとディリアに告げて大広間を出たものの、一晩寝ていない僕の眠気は限界に来ていた。


 廊下の窓から見えた中庭の手近なところに東屋があったので、僕はそこまで降りていって横になった。


 遠のいていく意識の彼方に見えたのは、新しいステータスだった。




  〔カリヤ マコト レベル8 16歳 筋力 15 知力16 器用度12 耐久度11 精神力14 魅力16〕 


 


 精神力が4上がったのは、闇エルフ相手にハッタリをかましたからだろうか。




「風邪ひいちゃうよ」


 その声に目を覚ますと、ターニアが温かい膝の上に僕を抱き起こしていた。


「ごめんね、代わりに闇エルフと闘わせちゃったりして」


 慌てて身体を起こそうとすると、丈の短い服から覗く太腿の上に押し戻された。


「寝てていいから」


 そう言ったターニアが教えてくれたのは、闇エルフの正体だった。


「遠い昔に、ダンジョンの底にすみかをを見出した、邪悪なエルフたちがいたの。ううん、精神が暗黒面に落ちて、仲間になるのもいる」


 そのひとりが、あの短剣……「闇より鍛えしもの」を落としていった闇エルフだった。


「私が追っていたのは、そいつ。エドマっていってね、100年くらい前に私たちの森を出て行ったの」


 闇エルフたちは、世界の秩序が不安定になると、地上に表れて混乱をもたらすのだという。


 だが、更に恐ろしいのは、その力だった。


 ダンジョンの底から巨大なモンスターを送り出す、一種の亜空間の門を開くことができるのだ。


「闇の通い路、って私たちは呼んでる」


 


 ターニアはさらに、王国全体の様子を語ってくれた。


 まず、エルフたちの住みかは、「幻の森」と呼ばれているという。


「王国の北東部にあって、北の大貴族と西の大貴族の領地の境になってる」


 あのダンジョンは、もともとは「銀の廃坑」と呼ばれていて、王国の西北に位置する。


「王国の南西部にあるのが、ドワーフたちの住みかよ」


 そこは、「鏡の鉱山」と呼ばれていて、南の大貴族の領地を西のものから隔てている。


 南東にあって、東の大貴族の領地を南のものから遠ざけているのが、「霧の湖」だ。


「霧の中には、不思議な生き物がたくさんいるわ」


 そして、その王国の八つの隅は、それぞれ近隣の八つの王国に接しているのだった。




 そこで、ディリアの声が聞こえた。


「そこにいるのは……ターニア?」


 僕は、奥さんに浮気の現場を押さえられた旦那のように跳ね起きる。 


 ターニアはというと、一陣の風と共に姿を消していた。


 だが、もう、言い訳は利かなかった。


 後でオズワルから聞いた話では、その日のうちに城内の一室でディリアから、こう告げられたのだという。


「エルフのターニアを、この城から追放します」


 口下手なオズワルだったが、さすがにこればかりはたしなめにかかったという。


「なりません……それは決して。ディリア様のためにも、リントス王国のためにも」


 だが、その訥々とした言葉は、火に油を注ぐ結果になったらしい。


 それを見かねたのか、どこからか現れたアンガが囁いたのだった。


「エルフとは、人の形をした、世界の良心そのものです。それが我が国の王宮にいるというだけで、どれだけ民と他国の信頼を得られることでしょうか」


 更に、絶妙のタイミングで差し出されたものがある。


 真っ白な、毛の長いイタチ……フェレットみたいなものだったらしい。


「きゃあ! 可愛い!」


 別人かと見まがうまでに目を吊り上げたディリアは、市井の女の子のような歓声を上げたという。


 それで、この一件は僕が不在のままで落ち着いたのだった。




 事件が起こったのは、そんな夜だった。


 自分の部屋に戻って寝ていた僕は、オズワルが扉を叩く音で目が覚めた。


「ダンジョンが、奪い返されそうだ……モンスターに!」


 僕はオズワルの駆る馬の背に乗せられて、ダンジョンのある「銀の廃坑」へと向かった。


 いつの間にか他の騎士が、魔法使いのレシアスを拾っていた。


 事前に話を聞いていたらしく、ダンジョンで起こったことを簡単にまとめてみせる。


「第8層に向かう扉が開いて、中から巨大なガマガエルジャイアント・トードが出てきたらしいな」


 いくら毒があるとはいえ、ダンジョンを奪い返すほど恐ろしい相手だろうか。


 そんなことを考えたところで、レシアスは厄介なことを告げた。


「そいつを倒した騎士団は、勢いに乗ってダンジョンの奥へ斬り込んだが、そこにあったのはでっかい卵だった」


 まさか……。


 あまり考えたくなかった答えが、魔法使いの口から出た。


「中から出てきたのは、バジリスクだったのさ」


 バジリスク。


 雄鶏が産んだ卵をジャイアント・トードが温めることで生まれる、口から毒を吐く巨大なトカゲだ。


 だが、恐ろしいのは、そこではない。




 ダンジョンの第8層まで降りてみると、そこは大きいのから小さいのまで、トカゲがうじゃうじゃいる洞窟だった。


 次から次へと這い出してきてきりがないのを、レシアスがトカゲの魅了(チャーム・リザード)で追い払った。


 イグアナみたいなのが闇の中からかぶりつこうとすることもある。


 それを斬り捨てられるのはオズワルのような騎士たちで、僕は脅して追い払うしかなかった。


 気色悪いのを我慢して進んでいくと、洞窟は大きくなる。


 レシアスの杖が照らし出したのは、地面に横たわる騎士たちだった。


 オズワルの命令で、やってきた騎士たちは倒れた仲間を抱え上げた。


 騎士団長自身は僕たちと残って、頭上に光るふたつの目と対峙する。


 レシアスが、僕に囁いた。


「大丈夫だろうな? こいつに睨まれたら、心を無にできるか、よほどの精神力を持っているかでないと、ああなるぞ」


 TRPGのバジリスクは人間を石に変えるが、この世界では硬直させるらしい。


 しかも、相当の大きさがある。


 そこで、僕は思いついたことを尋ねてみた。


「巨大化魔法は?」


 レシアスの返事は、ひと言で済んだ。


「かかっている指輪はあるが、その分、精神力が弱まる」


 そこで、オズワルが囁いた。


「行くぞ。時間稼ぎだ」


 バジリスクに睨まれても、びくともしないのは精神力のなせる業だろう。


 騎士団を地上へ逃がすために、バジリスクへと斬り込んでいく。


 レシアスも言った。


「倒さなくていい。あいつの目は、それほどよく見えない。俺たちの動く音に反応する」


 杖をひと振りすると、オズワルの足音は見当外れの方向から聞こえてくる。


 「|ディストラクト・サウンド《音をそらす》」の魔法だ。


 僕も戦う力はなかったが、あちこち走りまわった。


 おかげでバジリスクと目を合わせずに済んだが、騎士団は逃がせても、音を立てていた僕たちは取り残されざるを得ない。


 そのうち、魔法の効き目も切れて、バジリスクは僕たちに気付いたようだった。


 魔法使いや騎士団長ほど精神力のない僕は、「にらめっこ」の覚悟を決める。


 だが、その心配はしなくて済んだ。


 洞窟の壁から、ドラ声で歌う声が聞こえてきたのだ。




  掘れや掘れや


  銀が出るぞ


  掘れや掘れや


  金が出る


  全部まとめて


  我らの蔵へ




 隠されていたらしい横穴から出てきたのは、大きなハンマーを持った逞しい小人……ドワーフだった。


 バジリスクの視線を浴びても、びくともしない。


 ドワーフは歌いながら顎をしゃくって、僕たちに退却を促していた。




 意地を張って渋るオズワルをなだめすかしながら戻ったダンジョンの外では、僧侶のロレンが待っていた。


 アンガが連絡をつけたのだろう。


 ロレンは騎士たちを「回復キュア」の奇跡で解放しながら言った。


「数日がかりで倒すのがよいでしょう」


 ダンジョンの外で騎士団が野営して、ロレンの回復の奇跡でのローテーションを図りながら、バジリスクにダメージを与えていこうというのだ。


 すぐに実行が決まったが、そのためには、騎士の誰かが城からの補給を求めに走らなければならない。


 それがリカルドに知られてしまうのは、時間の問題だった。


 あてにしていた食料と水、薬品は、次の日にしか届かなかったのだ。


 その翌日、夕暮れまで待っていたオズワルが吐き捨てる。


「我らを日干しにするつもりなのだ」


 そこへやってきたのは、ダンジョンの中にいたはずのドワーフだった。


 騎士たちは、エルフに続いて出現した伝説の存在に、ただ茫然とするばかりだ。


 団長のオズワルは警戒し、魔法使いのレシアスと僧侶のロレンは、興味深そうな眼差しを向けている。


 TRPGに慣れた僕だけが、ある閃きと共に、その名を尋ねることができた。


 ドワーフは、聞かれたことだけを短く答えた。


「ドウニ」




 「三十六計」のカードが1枚、くるりと回るイメージが浮かぶ。


 僕の頭に閃いたのは、「三十六計」のひとつだった。


 


 その八「暗渡陳倉(あんとちんそう)」…… 偽装工作によって攻撃を隠蔽し、敵を奇襲する。




 ドワーフのドウニが横穴から現れたということは、そこに抜け道があるのだ。


 それについてはドウニから、こう説明された。


「ワシらの先祖も、かつては銀を求めて、あの鉱山を掘り進んでいたのだ。あんなダンジョンができたのも、それに関係がないとは言い切れん」


 隠し扉シークレット・ドアで塞がれていた横穴も、その名残りだろう。


 それを大いに利用させてもらおうと、僕は考えていた。


 まず、騎士団とロレンには休んでもらう。


 レシアスには、城下の街へ戻ってアンガと連絡を取るよう頼んで、巨大化魔法がかかっている指輪を代わりに受け取った。


 それを懐に、僕はひとりでダンジョンに潜る。


 ドウニは、例の横穴で別行動を取ることになっていた。


 ダンジョンの第8層に潜ると、再びトカゲたちが這い寄ってくる。


 剣で追い払いながら洞窟を進んでいくと、やがて、バジリスクのいる、巨大な空洞に出る。


 僕の足音に気付いたのか、金色の目が僕を見下ろす。


 そこで聞えてきたのは、横穴から聞こえてくる、ドウニの歌声だ。




  掘れや掘れや


  ルビーが出るぞ


  掘れや掘れや


  サファイヤが出る


  まだまだ掘れば、


  ダイヤモンドだ!




 しかも、ハンマーで横穴の壁を叩いて拍子を取るものだから、うるさいことおびただしい。


 洞窟に反響したその音に、バジリスクは気を取られてあちこちに目を遣る。


 その隙に僕は長剣を抜いて、何度となくバジリスクに斬りつけた。


 だが、鱗に包まれた皮膚が堅くて、全く歯が立たない。


 しまいには、バジリスクが背中を向けて、僕を長く太い尾で、洞窟の隅に弾き飛ばした。


 ドウニの声が、僕を呼ぶ。


「カリヤ!」


 そう言って横穴から出てきたのが間違いだった。


 洞窟の壁を叩く音が、止まってしまったのだ。


 当然、気付かれたドウニはバジリスクに睨まれることになったが、それで硬直するほどドワーフは柔にできていない。


「ワシに任せるんだな」


 そう言いはしたが、その頑丈な身体を吹っ飛ばして洞窟の壁に叩きつけられるくらい、尾の一撃は凄まじかった。


 僕が戦うしかない。


 腹を括って立ち上がると、そのまま、バジリスクと睨み合いになった。


 ターニアの言葉を思い出す。




 ……勝負を決めるのは、集中力なのよ。




 少しでもダメージを与えるためには、渾身の力で挑まなければならない。


 僕は、レシアスから貰った魔法の指輪をはめて巨大化しようとして、懐を探した。


 ……ない!


 僕は、とっさに、剣を腰の辺りに構えて突進した。


 身体が動くということは、バジリスクの視線に打ち勝ったということだ。


 剣の先が、鱗に覆われたその身体に吸い込まれていく。


 だが、その身体を剣が貫いた瞬間、僕の身体は動かなくなった。


 しまった!


 視線に気を取られて、バジリスクが毒の息を吐けるのに気付かなかったのだ。


 麻痺した僕の身体が倒れると、目の前には、さっき落とした指輪があった。


 今さら、と思ったときだった。


 僕の目の前に、白いイタチのようなものが走ってきた。


 フェレットだ、と思ったとき、その前脚には指輪がすっぽりとはまった。


 たちまちのうちに、白いイタチは巨大化する。


 それで、TRPGをやっていたときに知ったことを思い出した。


 バジリスクの天敵は、イタチなのだ。


 マングースに捕まったハブのごとく、バジリスクは、あっという間に巨大なフェレットに食いつくされてしまった。




 もちろん、それがディリアの機嫌を直したフェレットだったのは言うまでもない。


 では、フェレットがなぜ、そんなにタイミングよく現れたのかというと……。

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