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仮痴不癲《かちふてん》… 愚かなふりをして相手を油断させ、時期を待ちます(後)

 ドウニの友人だと言っただけで、「銀の鉱山」のドワーフたちは大歓迎してくれた。


 太陽の下で育った健康なシカやイノシシの炙り肉に、天然麦芽100%のモルトビール……。


 あっという間に始まった大宴会は、地下の洞窟で何日経ったかもわからないくらい続いた。


 僕の身体は16歳だが、心は30過ぎだ。


 飲めと言われれば、いくらでも大酒が飲める。


「もっと持ってこ~い! なんぼでも食ってやる、飲んでやるぞ~!」




 ……もはや、何をしに来たのかさっぱり分からない。




 蜀の劉備もかくやと思うような「髀肉之嘆」だった。 


 僕の後ろからは、怒りに震える囁きが聞こえる。


「……貴様、何をしているか」


 振り向けば、美少年のカストがそこにいた。


 僕は酔った勢いで、その細い腕を引っ掴んで抱き寄せる。


「ドワーフのみなさ~ん! 紹介しま~す! 悪徳宰相リカルドの腰巾着、美少年のカスト君で~す!」


「な、何すんだやめろ!」


 暴れるカストの胸の辺りは、感触がふんわりして、妙にいい匂いがした。


 


 ……あれ?




 何か引っかかるものがあったが、酔って痺れた頭の奥では、それ以上は考えようもなかった。


 カストの華奢な身体は、小柄なドワーフたちによって、わっせわっせと酒樽の前に運ばれていったのだった。


 


「……で、そっちど~よ、カスト君」


 もう何杯目か分からないビールのジョッキをコツンと合わせて、僕は中身を飲み干した。


 カストも意外と酒が強い。


 酔い潰れることもなく、それでいて人が変わったかのようによく喋った。


「どうもこうも、口ばっかりだ、あの野郎」


 その悪態ぶりで察しがついたのは、どうやらリカルドから邪険にされているらしいということだ。


 よほど、あのアルテミドラスとかいう「自称賢者」が信用されているということだろう。


 だが、カストから見れば買いかぶりに映るらしい。


「確かに、悪い手じゃなかったよ、街の者と百姓どもの棲み分けも、仕事の与え方もな。だが、肝心なところが分かっちゃいない」


「そう、ドラゴンはいるんだよ! そいつを退治しなくちゃな」


 俺が力説してみせると、カストは鼻で笑った。


「子どもでも信じやしないぞ、そんなおとぎ話は。百姓どもだよ! 百姓どもは、土いじるしか能がねえんだよ!」


 これがSNSなら炎上ものだが、そこは指摘しない。


 そんなことはないでしょう、と煽るだけにしておく。


 だが、カストはムキになって食ってかかってきた。


「分かってないね、下々の者の気持ちが! だから王位に就けないんだよ、お姫様はよ! だから居候なんだよ、異世界召喚者様は!」


 学校では、僕なりにいろいろと溜め込んできたこともあったので、そこのところはカチンときた。


 ぐっと抑えて、さらに聞き出しにかかったことがある。


「働きたくないの? みんな、そんなに」


 カストの細い目の奥が、ぎらりと光った。


「働いてるよ! 誰も彼も。だが、それは毎日、ただ腹を空かせないでいるためだ……国から金を貰ってな」


「確かに……作った武器の代金や兵への給料は、王国持ちだ」


 わざわざ財政的な損をしてまで、リカルドが何をしようとしているのかは分からない。


 だが、隙を突くなら、ここだった。


 酔った頭の中でも、三十六枚のカードの1枚がくるりと回るイメージは浮かぶ。




 三十六計、その二十七。


 仮痴不癲かちふてん… 愚かなふりをして相手を油断させ、時期を待つ。 


 


 その時期とは、まさに今だ。


 チャンスが巡ってきたことだけは確かだった。 


 カストはなおも、ぶつくさぶつくさ管を巻き続ける。


「だいたい、作物できないから、食い物が高いんだよ……」




 


 二日酔いの頭を押さえながら、カストは「銀の鉱山」から城へと帰っていった。


 これで、リカルドの下には「異世界召喚者は腑抜けになった」という情報がもたらされるだろう。


 しばらくは、ノーマークのまま計画が実行できる。


「ごちそうさまでした……ドワーフの皆さんに、お願いしたいことがあります!」


 カストがヒントを与えてくれた。


 大地に鍬を下ろしたら、どれほど苦しいことがあろうと、そこから離れられないのが農民というものなのだ。


 それならば、荒廃した大地で必要とされるものは決まっている。


 どんなに固い土でも耕せる、頑強な農具だ。


 工具や武器しか作ったことのないドワーフたちは、こんなもの初めてだと言いながらも、その腕を振るってくれた。


 そして。


 名工たちの手で鍛えられた、見ただけで溜息が出そうな逸品は街へと運ばれた。


 それらを武器づくりや兵隊勤めで得た給金で手にした農民たちは、荒廃した大地へと帰っていく。


 国の懐を痛めることなく、街への農民の流入は解消されたのだった。


 僕が城へ戻るのは、今だった。


「いかがでしょうか? 賢者アルテミドラス様?」


 ディリアの朝礼でご機嫌伺いをしてみると、ロングヘアのイケメン賢者様は、宰相リカルドに何やら耳打ちする。


 リカルドは、いかにも素人仕事を見下したような口調で答えた。


「体よく、街から農民を追い出しただけではないか?」


「さあ……ダンジョン制圧しか能のない、異世界召喚者には分かりかねます」


 そう答えてみせるのは、勝利の確信があるからだった。




 僕は再び、同じパーティを編成してダンジョンへ向かった。


 今度も、ロズとギル、アンガはいない。


 だが、第27層に巣食うモンスターはもう、いなかった。


 難なくたどり着いた地獄門の前には、闇エルフのエドマが待っていた。


「見つかったか? この門を破る方法は」


 ああ、と僕が答えると、エルフのターニアが言葉を継いだ。


「あなたは、この門を開けざるを得ないわ」


 案の定だった。


 エルフの挑発に、闇エルフのエドマは必ず乗ってくる。


 この場合は、意地でも開けまいとするはずだ。


 そこに、僕たちの付け入る隙がある。


 今度は、魔法使いのレシアスが口を開いた。


「この国の大地を荒廃させるのが目的であるならば、それが農民たちの手に渡った新たな鋤や鍬で新たに耕された今、ドラゴンはその毒気を当てるため、再び飛び立ったのではないか?」


 エドマは言葉に詰まる。


 今度はロレンが告げる。


「だが、農民たちはもう、大地を投げ出しはしない。どれだけ荒らされようと、我らの仲間に励まされ、何度でも畑を開き、水を引いて毒気を和らげるだろう」


 ロズとギル、アンガに頼んだのは、これなのだ。


 再びドラゴンが現れて土地を荒らしていっても、決してあきらめないように農民たちを支えることだ。


 国中を回るのは決して簡単なことではないが、そのためのフットワークと人脈を考えると、これほどの適任者はなかった。


 次のひと言は、ドワーフのドウニだった。


「大地が蘇るたびに荒らしておっては、ドラゴンもこの扉の向こうに戻っては来られんだろうな……ドワーフなら難なく破れる、この扉の」


 ドワーフにまで痛いところを突かれて、エドマは目を怒らせた。


 そこで、とどめをターニアが放つ。


「向こうにドラゴンがいないと分かれば、この門は恐れるに足りないわ」


 エドマは口を閉ざしたまま、僕たちを見据えているばかりだ。


 ターニアは更に。ダメ押しのひと言を告げる。


「さあ、ドラゴンがいるなら、扉を開けて見せてちょうだい」


 ようやく、エドマは不敵な笑いと共に答えた。


「いいだろう……見せてやる!」




 「銀の鉱山」のドワーフたちの読み通りだった。


 地獄門の向こうにドラゴンがいるかもしれないと思い込んだ僕たちは、これを開けてみようともしなかった。


 だが、本当に開かないのかもしれない。


 それなら、ドラゴンがいないうちにダンジョンへ潜って、エドマの自尊心を揺さぶってやればいい。


 ドラゴンが扉の向こうに戻ってきたところで、エドマは地獄門を開けてみせるだろう。


 そして、狙い通りにその向こうから現れたのは……。


 レシアスはつぶやいた。


ワーム(蛇龍)か」


 手足のない、長い胴体に翼だけの龍が、洞窟の中に這い出てきた。


 エドマが叫ぶ。


「大地をも腐らす毒気に当てられて、朽ち果てるがいい!」


 僕は答えた。


「そんなものが残っていればな」


 宝物と鉱脈を求めて洞窟という洞窟を探ってきたドワーフたちは、そこに潜むドラゴンたちについても知り尽くしていた。


 そこで教えてくれたのだ。


 いくらドラゴンとはいえ、大地を荒らすほどの毒気を、国中を飛び回って無限に吐き続けられはしない、と。


 さらに洞窟の中では、思うように飛ぶこともできない。


 だからあとは、力押し(パワープレイ)だった。


 ターニアがエドマと斬り結ぶ中、ロレンの祈りに守られながら、エルフのアミュレットが告げる弱点を、レシアスの雷撃とドウニのハンマーが撃つ。


 ワームが動きを止めたとき、エドマも姿を消していた。


 ターニアは言った。


「あとひと押しね……あいつも、かなり追い詰められてるから」




 城へ戻ると、自称賢者もいつの間にか姿をくらましていた。


 彼を推挙したリカルドは、悪びれもせずに、こう言い抜けたものだ。


「アルテミドラス殿はこう言い残された。人の手では生み出し得ない農具を得たことで、農民たちはより豊かに暮らせるようになった。人の為すことを見通す者の役割は終わった、と。己を知って身を引く潔さも、賢者にふさわしい振る舞いではありませんか」


 理屈と膏薬はどこにでもつくとは、よく言ったものだ。

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