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指桑罵槐《しそうばかい》…悪い見本を与えて、人を自分の思い通りに操ります(後)

 仕方なくダンジョンに連れて行った連中ときたら、規律の乱れはひどいものだった。


 まず、カストが準備しておいた荷馬車に乗るときから文句を言う。


「狭いんスけど」


「ヤバい任務に、コレはないんじゃないですか」


 御者を務める馬番が、露骨に顔をしかめたのも無理はない。


 そもそも、このためだけに駆り出される、馬番への気遣いというものがまるでないのだ。


 僕はすぐさま、馬番に謝った。


「すみません! こんな遠くまで!」


 そこで一斉に聞こえたのは、笑い声だった。


「何? 本当に異世界召喚者様?」


「弱すぎねえ?」


「もっと堂々としてくれませんかね?」


 聞くに堪えない。


 耳をふさぎたくなったが、それをやれば余計にナメられるだけだというのは、学校勤めで経験済みだ。


 こいつらは、兵隊というよりも人間として、根本的にダメな連中なのだった。




 ダンジョンに潜ったところで、それは剥き出しになった。


 それぞれの層を守る騎士たちに、偉そうな態度を取るくらいは、まだいい。


「よ! ご苦労さん」


「もっとヤバいところで手柄立ててくるわ、俺たち」


「こっちのほうが出世しちゃうかもね」


 騎士たちが言い返さなかったのは、それが誇りというものだからだ。


 その点、厄介だったのは最下層を守るドワーフのドウニだった。


 新兵たちは、その姿を見るなり、その場に転がって笑いだしたのだ。


「なに、このオッサン!」


「小っちぇ~!」


「ドワーフだってよ、初めて見た!」


 その騒ぎっぷりだけで、モンスターが上がってきそうだった。


 ドウニが、ハンマーを肩に担いで僕に尋ねた。


「こいつで殴っていいか? 一発ずつ」


 僕は必死でそれをなだめて、殿しんがりを頼んでダンジョンの第26層に下りたのだった。




 こいつらのダメっぷりは、すぐに明らかになった。


 洞窟の中に現れたモンスターの群れを前にして、すぐに腰を抜かしたのだった。


「何だよこいつら!」


 カンテラの灯に照らし出されたのは、剣や槍を持った無数のスケルトンだった。


 僧侶のロレンがいれば、ターン・アンデッド(生ける屍の退散)で白骨の山にするのは何でもない。


 だが、こっちには、魔法もなにも掛かっていない剣だけしかない。


 そんなところへ、数で押してこられたら最弱のアンデッドとはいえ、たった5人ではひとたまりもない。


 ダメ新兵のひとりが、悲鳴を上げた。


「挟まれた!」


 その足元でドワーフのドウニが、戦いを前にした獣のように低く唸った。


「そうならねえための殿しんがりだろうが」 


 背は低いが、がっしりした身体で振るうハンマーがスケルトンたちを粉々に吹き飛ばす。


 僕は新兵たちを背中から急き立てた。


「走れ!」


 そう言っているうちに、後ろからスケルトンたちが襲いかかってくる。


 迫る刃の気配を感じて、振り向きざまに長剣を抜き放つ。


 剣を取り落としたスケルトンが、その場に崩れ落ちる。


 ちらりと振り向いた新兵がため息を漏らした。


「すげえ……」


 骨格の継ぎ目を長剣の先が正確に薙ぎ払ったのだ。


 器用度59で、ターニアのアミュレットが急所を教えてくれれば、ざっとこんなものだ。


 だが、どれだけいるか分からないスケルトン相手に、筋力39で振るう長剣がどれだけもつことか。


 耐久度54のスタミナを頼りに、僕はドウニに率いられた新兵たちの後を追って、洞窟の中を走り続けた。




 第25層に逃げ戻ると、新兵たちは何事もなかったかのように悪態を浴びせてきた。


「どんなダンジョンでも破れるんじゃなかったのかよ」


「異世界召喚者様が聞いて呆れるぜ」


 あまりの幼稚さと身勝手さにドウニは目を剥いたが、僕は目配せしてなだめた。


 そこで、たったひとりだけ、ぼそりと反論する者がいた。


「でも、あの骸骨、一発で吹っ飛ばしたじゃないか」


 これには、残りの2人も押し黙る。


 こいつらの救いようは、そこにあった。


 僕は、洞窟の床にうずくまった新兵たちに語りかける。


「自分から兵隊になったんだよね? 君たち」


 怒りをこらえた一言には、素っ気ない答えが返ってきた。


「だから何だよ」


 それはこっちのセリフだと腹の中で思ったが、こいつらは命懸けの仕事を選んだのだ。そこは認めてやらなくてはならない。


 やんわりとたしなめてやる。


「そんな自分を、そんな言葉で粗末にすることはないと思う」 


 ここは魅力64にものをいわせるところだ。


 だが、下手に魅力をアピールするのは逆効果らしい。


 たちまちのうちに、こいつらは目を吊り上げて食ってかかってきた。


「はあ? しょうがねえだろ、俺ん家、貧乏なんだからよ! 命張る仕事は稼ぎもいいってだけのことじゃねえか!」


「バカなんだよ、俺! 何やっても務まんねえから、命張るしかねえじゃねえか! 他に出来ることがあるんなら、教えてくれよ!」


 最後のひとりは、さっきと同じように、ぼそりと言った。


「俺……力も弱いし、間抜けだし、何の役にも立たないから、命投げ出したら……って思ったんだけど。やっぱり、ダメだ」


 この異世界でも、僕のいた世界の学校と同じだった。


 不良生徒の中には図々しいだけのヤツもいるが、こういうのもいる。


 妙に自尊感情の低い連中がいるのだ。


 やる気をなくしたからといって城に連れ帰れば、探索は失敗したことになり、リカルドを喜ばせるだけだ。 




 再び頭の中に、三十六枚のカードのイメージが浮かぶ。 


 その中の1枚が、くるりと回った。




 三十六計、その二十六。


 指桑罵槐しそうばかい…悪い見本を与えて、人を自分の思い通りに操る。




 あまり使いたくない方法だが、こいつらを戦わせるは、これしかない。




 僕は有無を言わせず、再び第26層へと潜った。


 新兵たちは、ドウニに背中をどやしつけられながら後についてくる。


 再び、カンテラの灯に照らし出された影があった。


 この層に巣食っているのは、どうせ魂のないアンデッドどもだ。


 僕は新兵たちに振り向いて告げる。


「よく見ろ! あいつらは魂もなく、ただダンジョンをうろつくしかない連中だ。だが、お前たちは人間だ。考えたり悩んだりできる。あんな連中に怯えていていいのか!」


 我ながらいいことを言ったと思ったのだが、根性なしの新兵たちは、いきなり腰を抜かした。


 エルフのターニアがくれたアミュレットを信じて、振り向きざまに長剣を放つ。


 だが、僕はその急所を狙うこともできず、剣を取り落としてうずくまった。


 相手は、ドラウグル(古き妖怪)……おぞましく腫れ上がった巨体を持つ、腕力にも優れた死骸だったのだ。


 モンスターの「恐ろしさ」は、魅力にマイナスをつけたものと考えればいいだろう。


 だが、新兵たちを震え上がらせた、醜い姿に怯えたからではない。


 そこは、精神力53のおかげだ。


 至近距離から放たれた、毒気を含む吐息が正面から浴びせられたのだ。


 今、いちばん頼りにしている何か大切なものが、身体の中から抜けていく気がする。


 やられた……エナジードレイン(活力の吸収)だ!


 たぶん、パラメータのどれかが著しく吸収されているだろうが、そんなことを気にしている場合ではない。


 僕は足元の剣を引っ掴んだ。


 武器に魔法が掛かっていない以上、首を斬り落とすしかない。


 そのためには、急所を狙って動きを封じることだ。


 エナジードレインを食らった今、それができるかどうかは分からないが……。


 そのとき、異口同音に叫んで僕の後ろから飛び出した連中がいた。


「異世界召喚者様!」


 新兵どもが、剣を構えて捨て身の突進を試みたのだ。


 3本の剣で串刺しにされたドラウグルは、思うように身動きができなくなる。


 アミュレットが告げる急所を横薙ぎにした僕の剣が、その首を弾き飛ばした。




 ドラウグルを倒した後のこいつらは、それまでとはまるで別人だった。


 次々に現れるスケルトンやゾンビ、グールの大軍を薙ぎ倒し、次の層へと続く洞窟まで発見したのだ。


 その番をするために居残ったドウニは珍しいことに、新兵たちへの見送りの言葉をかけたものだ。


「やるじゃねえか」


 根性なしの不良どもは苦笑いした。 


 ダンジョンから地上に生還すると、夜が明けていた。


 朝日に照らされた新兵どもの顔が、少し頼もしく見える。


 ありがとう、と礼を言うと、こいつらは示し合わせたように、口を揃えて偉そうにこう言った。


「俺らは人間だからな」


 別に期待したわけではないが、尊敬の念は全く感じられなかった。




 その謎は、リカルドがよこした荷馬車で城に帰ってすぐに解けた。


 ディリアの朝礼に間に合うよう、大広間に向かう途中で女官や女中たちとすれ違ったが、もう追いかけ回される心配はなかった。


 それどころか、死に物狂いで闘ってきた僕は、ことごとくそっぽを向かれたのだ。


 どうやら、ドラウグルの毒気を浴びたときに、その臭いで魅力をごそっと持って行かれたらしい。


 一方、それを吸収したモンスターは「恐ろしさ」のマイナスが相殺されたので、新兵たちは勇気を振るって立ち向かうことができたというわけだ。


 こうして、僕のモテ期と教育ドラマは、はかない終わりを告げたのだった。

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