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第19話 釜底抽薪《ふていちゅうしん》 … 戦う方法や理由をなくして、敵のやる気もなくします(前)

 そんなわけで、17歳のお姫様とのキスは未遂に終わった。


 我に返ったディリアは僕に平手打ちを食らわすどころか、何事もなかったかのように居住まいを正して、僕を午餐の大広間へと連れて戻る。


 ただし、その日の午後から1週間ほど、僕はその大広間での朝礼でディリアの傍らに呼ばれることはなく、部屋の隅でずっと立たされたままでいた。


 もちろん、口なんか利いてもらえない。


 ちょっと寂しい気もしたが、30代の男にしてみれば、たかが小娘ひとりの機嫌を損ねたくらいでうろたえることもない。


 これが、異世界での身体どおりの16歳なら、ディリアが差し出してきた唇が目に浮かんで夜も眠れなかったことだろう。


 だが、ありがたいことに他に何事も起こることはなく、僕は毎晩のように熟睡を極めることができた。


 目に浮かんだのはむしろ、こっちのほうだ。




 〔カリヤ マコト レベル19 16歳 筋力37 知力40 器用度40 耐久度35 精神力38 魅力38〕 




 レベルの数値を各パラメータに3ずつ割り振った後に、申し訳のように耐久度を1上げたといったところだろう。


 誰の意思かは知らないが、能力値をまんべんなく上げながらも、なるべく40以下に抑えようという努力がいじましい。


  


 大広間の朝礼で、僕が自分からディリアの前に進み出たのは、例の麻雀四家からの使者がやってきたときだった。


 ディリアがリカルドをたばかったときと同じように頭巾をかぶった4人が、大広間に乗り込んできたのだ。


 東西南北四家の大貴族から遣わされた使者をデッチ上げたのがバレたのではないかと、気が気ではなかった。


だが、それを指図した当のディリアは、堂々としたものだった。


「遠いところ、お気遣い痛み入ります。突然のご使者に当方もたいへん驚いておりますが、いかがなさいましたか?」


 クレーマーをあしらう大手企業の受付嬢のような落ち着きと、開き直りっぷりだった。


 4人の使いは口を揃えて告げる。


「リントス王国を囲む8つの国が、国境間際に兵を集めております」


 


 それに対して、東西南北の大貴族の兵はまだ動いていない。


 他の方角の兵は、自然が阻んでくれているという。


 北東にあるエルフたちの住みか、「幻の森」。


 南東にある不思議な生き物の生息地、「霧の湖」。


 南西にあるドワーフたちの住みか、「鏡の鉱山」。


 そして西北にある、かつての「銀の廃坑」……あのダンジョンだ。




「王位が正式に継承されない隙を狙ってきたのでしょう」


 早い話が、軍事力を背景に無理難題を押し付けようというのだ。


 そこでディリアは、王位継承者の顔になった。


 いつになく険しい顔で尋ねる。


「何を言ってきたのですか?」


 北と西の貴族の使いが答えた。


「リントス王国が手をこまねいているダンジョンの危機を除く、と」


 そこでオズワルが初めて、声を上げた。


「何もしておらぬわけではない!」


 だが、そこで口を挟んだのは、大広間にひとりで入ってきたリカルドだった。


「抑えられなければ、何もしていないのと同じです」


 完全に人望をなくしたのに、大したふてぶてしさだった。


 ディリアはというと、それだけで人を射殺せそうなほど冷たいまなざしで尋ねる。


「何か策がありますか?


 ありません、とリカルドは涼しい顔で答える。


「より多くの兵で睨み返すしかないでしょうな……そうでないと、我が国は孤立します」


 単純な正論に、ディリアは返す言葉もない。


 代わりにオズワルが口を開いた。


「我が国には、8か国の兵を押し返すほどの兵はいない。それでも国を保ってこられたのは、威厳を失わなかったからだ」


 騎士団長に悪気はないのだろうが、軍事的弱点を自分で口にしてしまったのは痛かった。


 大広間の空気が、重く沈む。


 明らかに、リカルドの言い分のほうに理があったが、それを認めてしまえば再び、この国の主導権を奪われてしまう。


 ……しかたがない。


 僕は、群れ成す廷臣たちや貴族たちを押しのけて、部屋の隅からディリアの前に進み出た。


「心が折れたら、取り囲む連中の思うつぼです」


 誇りを失わなければ、いじめられない。


 学校内での、建前論だった。


 だが、それは心が折れなかった被害者だけが言えることだ。


 今のリントス王国は、命の危険にさらされている。




そこで、僕の頭の中に閃いたイメージがあった。 


 6×6に並んだ三十六枚のカードの1枚がくるりと回る。


 僕は敢えて屁理屈をこねた。


「リカルド殿を見習うことです。ディリア様にどれほどお叱りを受けても、こうして異論を唱えることができるのは、なぜだとお思いですか?」


 大広間のあちこちから、失笑が漏れる。 


 うまくいった。


 相手の面子を立てることで、黒を白と言いくるめる。


 


 三十六計、「その十九」。


 釜底抽薪(ふていちゅうしん)…戦う理由をなくして、相手のやる気もなくす。




 リカルドは気味悪いくらいの笑顔で僕に会釈すると、精一杯の威厳を取り繕って大広間を出ていった。


 だが、この男に「懲りる」ということはない。


 次の日には、オズワルが苦虫をかみつぶしたような顔で呻くことになる。




「私兵を? リカルドめが?」


 もともと、国内の屈強な男たちを募って武装させてはいたのだが、さらに国外にまで声をかけはじめたらしい。


 諸国を放浪する傭兵団までも高い報酬を払って呼び寄せたという街中からの報告を、オズワルが盗賊のギルを通じてディリアに告げていた。


 大広間での朝礼でも、廷臣たちや貴族たちが不安げに噂し合う声が聞こえてくる。


「リカルド殿の周りに?」


「まだいたのか、集まってくる者が」


「なぜ、ディリア様の王位に不満を?」


 そんな様子を見ながら、僕が思い出したのは闇エルフのエドマがダンジョンで僕に言ったことだ。




 ……悪しきものは、悪しき妖精を引き寄せる。




 そういえば、エドマが落としていった闇の短剣がリカルドを襲ったことがある。


 あれは側近のカストが弾き飛ばしたが、どこへ行ったのかは分からない。


 だが、もし、新たな持ち主に引き寄せられたのだとすれば、リカルドの手元にあるのではないかという気もしてきた。


 さらに麻雀四家の貴族の使者はというと、先のが帰らないうちに次のがやってきた。


「周辺国の兵が、国境で演習を始めました」


 オズワルが、吐き捨てるように言った。


「国外から傭兵団など呼び寄せるからだ」


 使者たちの報告によれば、傭兵団の終結によって周辺諸国の警戒が高まったのだろうということだった。


 つまりは、威嚇のためだ。


 ディリアは目を伏せて、低い声で命じた。


「リカルドを呼びなさい」




 かつてディリアを呼びつけたリカルドは、呼び出されても平然としたものだった。


 傭兵団を雇った責任を問われると、悪びれた様子もなく答える。


「私財を投じて臨時の兵を集めるのも、リントス王国のためでございます。国境での演習などという脅しに屈していては、先王を継ぐことなど及びもつきますまい」


 そのひと言に、とうとうオズワルの堪忍袋の緒が切れた。


 いわゆる、松の廊下というヤツだ。


 学校では、生徒同士のトラブルに刃物が出たときの隠語として使われることもある。


 ただ、ありがたいことにまだ、オズワルの剣は鯉口三寸もくつろいではいない。


 そんなことを考えていたものだから、つい、言ってしまった。


「殿中でございます!」


 忠臣蔵の使い古されたセリフも、異世界の城の中では違和感なく通じたらしい。


 オズワルは恥ずかしげに剣の柄から手を離し、ディリアとリカルドは別の意味で安堵の息をついた。


 だが、既に別の危険が迫っていた。


 更に新たな使者が、東の国境から馬を飛ばしてやってきていたのだった。


「ご報告申し上げます! 戦端が開かれました!」


 そう言われると、起こったばかりの出来事のように聞こえる。


 だが、以前にインビジブル・ストーカーが麻雀四家で悪さをして回ったとき、ロレンが先祖の祟りだと辻説法をして回るのに数日では利かなかった。


 いかに早馬を飛ばしたとしても、それなりのタイムラグは避けられない。


 国境は、戦闘の真っただ中だということだ。


 ディリアが鋭く叫ぶ。


「すぐ兵を引くよう、東家に使者を出しなさい!」


 それを止めたのは、リカルドだった。


「戦を始めればどちらが不利か、東家も承知しておりましょう。彼等の兵のしたことです。処置も任せましょう」


 もっともらしい言い草だが、腹の底は僕にも読めた。


 勝ち目もないのに吹っ掛けられた戦闘で、兵を退いたら攻め込まれるに決まっている。 


 かといって、戦いがいつまでも続けられるものではない。


 いずれにせよ、使者を出しても意味はない。


 それよりも、負け戦の責任を全て背負わせたうえで助け舟を出し、自分の配下に加えようというのがリカルドの策略なのだろう。


 だが、ここで命令を撤回すれば、この場の主導権はリカルドに握られる。


 僕もそこで考えあぐねたが、どこからか聞こえる声に、はっとした。


「手を挙げてやろうか?」


 アンガの声だった。


 僕は首を横に振る。


 カストとやり合ったときに不覚を取って負った傷は、まだ完全には癒えていないはずだ。


 だが、ここで放っておけば、勝手に東の国境へ向かいかねない。


 僕はディリアを促した。


「お心のままに!」


 姫君の清冽な声が、大広間に響き渡る。


「東の国境へ使者を出します! 何者にも屈しない誇りこそが、リントス王国の依って立つ道です!」

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