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君の死を糧にして

作者: 空蝉翠雨




 白いカーテンが風に揺れる。

 お見舞いに持ってきた林檎を君はそのまま齧っていた。


 白くて狭くて明るくて無機質な病室。


 聞こえてくるのは車の音と雀の鳴き声くらい。

 もう九月になるから蝉の鳴き声は消えていた。


 社会の小さな存在で普通で平凡な僕は誰にでも好かれて人気者な君、橋沢美沙をお見舞いにやってきた。


「何か、最近思うんだけどさ」


 しゃくしゃくと林檎を咀嚼しながら君は喋り出す。


「入院した時はクラスのみんながお見舞いに来てくれてたけど半年も経つともう誰も来てくれないんだね」


 いつもは元気いっぱいで今を生きる系な君も感傷的になってそんな事を言うようになったか。


「僕が来てるじゃないか」


 慰め程度にそう言ってあげた。

 

 実際、君が入院した一週間はクラスもお通夜モードだったけど半年もしたら何ら変わらない雰囲気に戻っていた。

 酷く残酷な様に聞こえるかもだけど人間は居なくなった存在を忘れながら生きていく生き物なのだと思う。

 

「クラスメイトで今もお見舞いに来てくれてるのはあんたと祥子だけね。

 私学校では人気者だったのになー。きっともう私のことなんかみんな忘れちゃってるんでしょ」


 陽キャは自分で人気者って言うのか。

 さすが僕とは別世界の人間だ。


「大丈夫だよ、みんな忘れてないさ」


「何でそんな事言えるの? 私の余命あと半年なんだよ?

 大問題なのに誰も来てくれないじゃない」


 多分、クラスメイトで君の余命があと半年なんて覚えてる奴はほぼいないと思う。

 それにあと半年なんて言ったら少なくとも180日は生きれるわけだ。

 焦ってお見舞いに来る奴なんていないだろうな。


「私ね、このまま君に看取られて死んでいくんだと思う。

 君と家族と親友の祥子がいて、それだけ」


「みんな来てくれると思うよ」


「いつ?」


「……余命一ヶ月くらいになったらかな」


「ばっかじゃないの! そんなん私衰弱しきって喋れもしないよきっと」

 

 そう言って彼女はケラケラ笑った。


「まあ、しょうがないよね。皆んなには皆んなの生活があるんだし私なんかに一々構って何かいられないんだろうね」


 彼女はゆっくりと外を眺めていた。


 風もなく雲は空に停滞していた。

 

 何も変わりはしない景色を彼女は半年ずっと見続けていたのだろうか。


「何で私の病気もっと遅くに判明しなかったのかな?」


「どういう事?」


「だって余命一ヶ月とかだったら皆んな何度も病院に来るはずじゃない?

 あと一ヶ月で私と永遠に別れちゃうんだったら焦るに決まってるもの。

 放課後に皆んな病室に来てその日あった学校の話とかしてくれるんだきっと。

 そうなったら退屈しなくなる」


 僕一人じゃ不満かい?と言おうとしたけど僕は充実した学校生活など送れていないので学校の楽しい話題なんて出てこない。

 話題を出すとすれば休み時間に一人で読んでいた小説の話くらいだ。


「でもさ、もし皆んなが来てくれて楽しく話してくれたら私きっと泣いちゃう」


 急に彼女の声が震えていた。


「私きっと皆んなが羨ましくて泣いちゃうよ……」


 涙が一粒彼女の瞳から溢れて真っ白な毛布に落ちた。


「泣いてるの?」


 ここ最近になってから彼女は随分と涙脆くなった気がする。

 記憶の中の彼女はいつも笑っていたから今思うと意外だ。


「ちょっと感傷的になっただけだよ」


 そう言って彼女は食べかけの林檎を取ってまた齧った。

 勢い良く林檎を頬張る姿は生命力満載だ。


「君もちゃんと学校を楽しみなよ? 私の分までさ」


「申し訳ないけど僕は別に現状に不満を感じてるわけじゃないんだ。

 一人で登校して休み時間に本を読んで一人で帰る。

 自由気ままな学校生活を送っているよ」


 人付き合いが苦手なのは幼い時から知っている。

 面白い話は出来ないし特別運動神経があるわけでも秀才でも無い。

 テストだっていつも平均点より少し上くらいだ。


 他人が気になるものを持ってないのが僕なんだ。

 だからこそ話しかけられないし僕も話しかけようとしない。

 干渉し合わなければ教室という狭い空間に居合わせる赤の他人なだけだ。


 僕はその関係が好きだし合っていると思う。


「君も友達が出来れば変わると思うんだけどな」


 君は何度も僕にそう言うね。


 僕の答えは決まってる。


「必要無いね。現状に満足しているからさ」


「皆んな本当に君を知ってくれたら良いのにね」


「何でそんな事言うの」


「だって君は面白い人なんだもん」


 面白い人?

 僕が?

 

 どこを見てそんな事言うのだろうか。

 面白いとこなんて一つも無いと思うけど……。


「だって私が入院したその日から毎日お見舞いに来てくれてるでしょ?」


「うん」


「学校で君と話したことなんか無かったじゃん。友達と言える関係じゃないただのクラスメイトだったのにどうしてだろう」


「それは……」


「いいよ、聞きたく無い。どうせ私のことが本当は好きだったとかでしょ?」


「いや違う」


「違うんかい! まあ、いいや。君がお見舞いに来てくれる理由なんてどうでも良いの。

 ただ私は話し相手が居てくれるだけで嬉しいからさ」


 君はそう言って綺麗な笑顔を見せてきた。


 君が明るく僕と接してくれるだけで心が痛くなる。

 僕は君を騙している。


「じゃあ、そろそろ帰るね」


「あー、そっか。 じゃあね、ちゃんと学校行くんだぞ!」


「はいはい、わかったよ」


 そう言って僕は鞄を持ち病室の扉を閉めた。

 扉が完全に閉まるまで君がずっと僕を見つめているのがわかった。







ーーー




 

 それから月日が経って君の余命が残り一ヶ月になった頃、取り憑かれたかのようにクラスメイトが彼女の元へお見舞いに来ていた。

 

 毎日毎日、色んな人が学校から果ては他校からも色んな人が来る。

 改めて彼女の交友関係の広さを知った気がする。

 

 毎日何人も来ては話をして帰っていく。

 中には泣いて「美沙ちゃん死なないで」なんて言う子もいた。

 今まで彼女の事なんか忘れたかのように過ごしてきたくせに今になって泣き出すのかこいつは。


 死にたく無いなんて彼女が誰よりも思っているはずなのに、結局お前がそんな事言うから彼女の方が慰める立場になってるじゃないか。

 お前の涙を見せに一々病室になんか来るなよ。

 そんな事で彼女の時間を無駄にするなよ。

 お前を慰めている時間も彼女の寿命はどんどん失われていくんだぞ。

 

 他愛無い話をすれば良いじゃないか。

 それを皆んなとしたいと彼女は願っているのだから。

 涙は彼女が死んだ後で良いだろ。

 今は彼女と話してあげろよ。お前はこれからも生きていくんだろうが、彼女にはあと一ヶ月しか無いんだぞ。


 でも僕はそんなことが言えるほど強い人間じゃないからただ病室の隅で見ているしかない。

 彼女はただただ笑顔で見舞いに来る全員と話をしていた。


「ちょっともう良いでしょ?」


 ポニーテールの女の子が彼女と泣いてる子の間に入ってきた。


「何よ……」


 ぐすんっと鼻を啜る女の子。


「祥子ちゃん……」


 彼女の唯一の親友である間宮祥子は僕とは正反対の人だった。

 

「ここはね、貴方の涙を美沙に見せる場所じゃないの。

 泣くんだったら廊下で泣いてきてよ。美沙とまだ話したい人だって沢山いるんだから」


「私は美沙ちゃんのことを思って!」


「そうね、ここに来てる皆んな美沙のことが好きで来てるの。貴方と同じよ。

 でも、誰一人美沙の前で泣かないわ。何故ならそんな事してる暇無いからよ。

 美沙と残りの時間を過ごす為に泣く事は必要無いわ」


 祥子さんは毅然とした態度で言い放った。

 祥子さんの後ろには何人かお見舞いに来た生徒が並んでいた。


「もう貴方の涙で彼女の時間を無駄にしないで」


 睨みつける祥子さんの迫力は凄い物があった。


「美沙、ごめん……」


 そう言って女の子は立ち上がる。


「ううん、落ち着いたらまた来てね。あと祥子は強く言い過ぎよ!」


 彼女は強い口調で祥子さんに怒った。


「ご、ごめん」


「ううん、私の方こそ」


 彼女のお陰で二人の間もわだかまり無く終わったらしい。

 さすが彼女と言ったところか。

 場の収め方が上手い。


 彼女を慕う人が多いのは彼女の人柄に惹かれているからだ。

 こんなにも人が来て彼女は笑顔で接してあげてる。

 そんな彼女が羨ましくもあり同時に不思議だった。

 僕が彼女だったら塞ぎ込んでしまうだろう。

 これから死ぬのがわかってるんだ。

 現実から逃げたくもなるはずだ。

 

「ねぇ、いつまでそこに立ってるの」


 彼女は僕の方を見て言った。

 

 当然、周囲の視線も僕の方に向く。


「皆んなで話そうよ」


 彼女にそう言われると拒否することが出来なかった。

 余命が一ヶ月の彼女を思ってなのだろうか。

 彼女を前にするといつも自分を見失う。


「うん」


 僕はそう言って彼女達の輪の中へ入った。






ーーー





 彼女の余命が一週間を切った。


 日に日に衰弱していく彼女を周りはただ見ているだけしか無かった。

 ずっと彼女の家族が付きっきりだった。


 僕はその中へ入るのが申し訳なくなって病室の扉の前にいた。

 ここにいるだけで十分だ。

 今まではそんな事無かったのに彼女が細々となっていくのが見ていて辛い。

 あれだけ元気だった彼女の元に段々と死が迫ってきている。


 そう言えば何の病気にかかったのかも知らない。

 僕はそろそろ一年間になる彼女と会う日々の中で彼女を知ろうともしなかったらしい。

 いや、目を逸らしていただけかもしれない。

 

 僕は別に彼女が大切だから毎日見舞いに行ってたわけじゃ無い。

 彼女が好きだからっていうわけでもない。


 本当はただ、近々死ぬ人間がいて都合が良かったからだ。

 

 ずっと僕は死にたかった。

 いじめられてるわけでも無いし何かに絶望したわけでも無い。

 いや、絶望はしているのかもしれない。

 自分の人生に、僕は絶望していた。


 それでも、これは個人的な感情になってしまうのだけれど一人で自殺するのは嫌だった。

 一人で死ぬのは寂しいから。

 付き添い人が欲しかった。

 でも、人を殺す勇気は無いし他人と一緒に死ぬのだって寂しい。


 そんな悩みを持っていた時に君が入院した。


 余命は一年って聞いた時、少しだけ心が高揚したのを覚えている。

 この一年間、僕は彼女の元へ行って関係を深めよう。

 そうして友達と言えるほどの関係になって彼女が丁度死んだ時に僕も死のうと考えた。

 

 そうすれば一人じゃ無いって思えた。


 こんな考えを持ちながら君に会うのは心が痛かったのを覚えている。

 君の死を利用しているような気がして君と話すたびに心の中で謝ってた。

 

 君といた事で僕の日常にも変化があった。

 

 まず、笑顔が増えた。


 あと、少しの友達……?いや、知り合いができた。

 祥子さんが良い例だ。

 何度か病室で会う時に話をしたから学校でも話しかけてくれた。

 他にも君繋がりで話す人が増えていったんだよ。


 あと、君のおかげで世界が広がった。

 学校で小説を読む時間が少ししか取れなくなったのは残念だけど、話しかけてくれる人が出来た。

 案外、僕は人が好きなのかもしれない。

 


 まあ、君のおかげでちょっとは楽しくなったかな。

 ほんのちょっとだけど。


 でも、僕は死のうと思う。

 何だかもう自殺する意味もわかんなくなってきたけど。

 君が死ぬことをこんだけ利用してきたんだ。

 謝罪も込めて死のうと思う。

 

 良かったのは僕が死ぬことで悲しんでくれる人が少し増えてくれたことかな。

 まあ、君と同じ日に死ぬからクラスメイトは君のことで涙を流すだろうけど。


 だから、ここまで君を利用してる僕はもう、君に会ってはいけない。


 帰ろう。


 そう思って僕は病室の扉から立ち去ろうとする。


 その時に急に目の前の扉が開いた。


「何ずっと突っ立ってんのよ」


 祥子さんが目の前にいた。

 祥子さんはずっと病室の中にいたらしい。


「美沙があんたに話があるって」


「え」


 僕は固まった。

 今更、どんな顔して彼女に会えば良いのかわからない。


「ほら、入った入った」


 祥子さんに押されて僕は無理矢理中へ入れられる。

 そのまま彼女が寝ているベッドの脇へ。


 呼吸器をつけた彼女は虚な瞳を僕に向けた。


 



 

 痩せこけた頬。




 骨張った顔。





 細い腕。


 



 病人の真っ白な肌。




 呼吸器は白く曇ったり消えたりを繰り返す。

 

 彼女の姿が僕の胸に刺さる。

 胸が痛くて、辛い。

 今になって彼女が死ぬことを実感する。

 

 

 僕は君が死ぬ時に死ぬ。


 

 君と一緒に死のうと思う。



 君の死を利用して僕は死のうとしてる。



 ああ、こんな最低な僕なんだ。

 見透かしたように見つめないでくれ。

 

 僕は君を前にするといつもおかしくなる。

 本当はもっと薄情な人間なんだ。

 人と関わらなくたって平気な人間なんだ。


 君が教えてくれた。

 周りにいる人は悪い人じゃ無いって。

 楽しくて暖かい人ばかりだった。

 

 それが気づけただけでも僕にとって素晴らしいことなんだ。

 


 君の死を利用してる僕は君を使って人生を鮮やかに彩ろうとしてる。


 

 本当に最低な人間なんだ、僕は。



「……良かった」


 掠れた声を彼女は出した。

 

 彼女につけられた医療器具の音にすら負けそうな小さな声。


「今日は来てくれないのかと思った」


 純粋無垢な瞳は虚だったけど綺麗だった。


 儚い命が宿っていた。


「私ね、入院中、は君が来てくれる、のを待ってたの……」


 彼女の告白をその場にいる全員が黙って聞く。


「君と、今日は、どんな話を、しようかって、考えて、君が来て、くれるのを待ってた……」


 掠れた声は虚な瞳はあの頃の元気だった姿は全部君だった。

 

 もっと見ておけばよかった。

 目に焼き付けておけば良かった。

 

 僕はずっと君を見ずに自分だけを見ていた。


「毎日、毎日、来てくれてありがとう。

 私、君に、出会え、て、良かった……」


 僕はその言葉に思わず首を振った。


「違う、違う。僕の方だよ。君にお礼を言わなきゃなのは」


 僕は思わず彼女の手を握る。

 冷たくて固くて骨を触ってるみたいだった。

 



「君のおかげで友達が出来たんだ……学校でも、話せる人が出来たんだよ……。

 祥子さんだって僕と話してくれるようになった。今までと全然違うんだよ……」


 


 自然と涙が溢れていく。




「君のおかげで……僕は変われたんだ……」


 


 涙が止まらない。

 

 


 おかしい。

 僕はこんなに涙もろく無いはずなのに。




「だからさ、だから……」


 


 本当に君といると僕はおかしくなる。




「死なないでよ……」


 


 こんな事、言う気は無かったのに……。




「死なないでよ、お願いだから……」




 僕の涙で君の貴重な時間を消耗させたく無いのに。



「まだ君とたくさん話をしたいよ……!」



 僕は君に死んでほしく無い。


 

 君は少し微笑んでくれた。

 

 僕はずっと君に生きていて欲しかったんだ。

 大切だと思えた人は君が初めてだったんだ。

 

 君は僕の心を変えてしまった。


 死んで欲しかった君に。


 それを利用して僕も死のうとしていた。


 でも、今はそんな事より君と居たい。

 

 君と学校でも良い、病室でも良い、何処でだって良い。


 他愛無い会話をあの頃のようにまたしたいんだ。



「あり、がとう」


 

 君は少し口を動かした。

 もう僕の手を握り返す力も無い。



「翼くん、」


 

 君が僕の名前を呼んでくれた。


 久しぶりに呼ばれた。

 親以外に名前を呼んでもらえる事なんて今まで無かった。



「君は、大丈夫、だから、生きていけるよ……」

 


 生きていける。


 その言葉に胸を打たれる。


 君は僕を見透かしていたのか。

 僕が考えていたことを知っていたのだろうか。



「君は、もう、強い、から、死なないで……」



 僕は一度だって僕の目的を君に話した事なんて無い。

 

 何で、知ってるんだよ。

 僕が死のうとしてることを何で君が知ってるんだ。



 何で君は死にそうなのにそんな事が言えるんだ。



「うぅっ……うぅぅう……」


 僕は嗚咽しながら泣いた。


 泣いて泣いて泣きまくった。


 気づいたら病院のベンチに座っていた。


 祥子さんが連れて来てくれたらしい。


 僕は子供みたいに泣いた。

 

 人目も気にせず感情のままに泣いた。








 そしてその二日後、彼女は死んだ。






ーーー





 彼女が死んだ翌日、僕は学校の屋上にいた。


 フェンスに掴まり下を見下ろす。


 やっぱり四階建てともなると凄い高さだ。

 これなら頭から落下すれば痛みも感じずに死ねるかもしれない。


 もう、冬が終わり世界は暖かな春へ変わっていく。

 

「今日は、死ぬには良い日だ」


 僕はそう呟く。


 きっと君に届くはずだ。


 さあ、足を一歩踏み出そう。




「翼!」




 後ろで僕を呼ぶ声が聞こえた。


「祥子さん」


 僕の友達は学校に来ていた。


 何で?

 彼女が死んで今日はクラスのみんな休みだったはずなのに。

 僕だけしか学校に来てないはずなのに。



「あんた本当に死ぬ気なのね」


 僕はただ頷く。


「どうしてわかったの?」


「これ」


 そう言って祥子さんは紙を勢いよく出した。


「美沙が遺書書いてたのよ」


 白い紙には「祥子へ」という文字が書かれていた。


「あの子、自分が死んだらあんたが自殺しようとしてるの気づいてたのよ。

 私に宛てた遺書に書いてあった。あんたが死のうとする前に止めて欲しいって」


 彼女はやっぱり気づいてたんだ。


 全部気づいた上で僕と接してくれていたんだ。

 やっぱり人が良すぎるよ。



「そうだ、僕は死ぬよ。彼女が死んだから僕も死ぬ。

 彼女を利用した僕はもう生きていられない……」



 もう自殺する理由すら違っていた。


 彼女を利用しようとした事実は変わらないから。

 そんな僕は生きていたって仕方がないから。


「そんなもん勝手にしろ!」


 祥子さんが大声で叫んだ。


 僕は目を開いて祥子さんを見つめた。

 怒っている様子だった。


「あんたが美沙を利用してたから死ぬとかどうだって良いんだよ!

 こっちは美沙が死んでずっと泣いてたのに遺書読んだらあんたの自殺を止めてくれって書いてあったから……急いで学校に来てやったんだよ!」


 祥子さんは涙を流していた。


「お前が死ぬ理由を美沙に押し付けんな!」


 心臓が脈打つ。


「死ぬんなら自分の意思で死ね!」


 祥子さんの言葉はなによりも重かった。


「私は、あんたと、友達になれたと思ってた……」


 祥子さんはとうとう決壊したダムのように涙を流した。


「少なくとも美沙は、あんたが自分を利用してるのを知ってたけど、あんたに死んで欲しいなんて思ってない!」


 僕はずっと……。


「それでも死にたいならさっさと飛び降りろよ!」

 

 理由をつけて死ぬのから逃げていた。


「私は、美沙が死んだらもうどうやって生きていけば良いかわかんないのに……」


 祥子さんは幼い頃から彼女と友達だったと聞いた。


「それでも、私は生きていくよ! 精一杯生きて、生きて生きて生き抜いて、婆ちゃんになって死んだ時に美沙に話してやるんだ!

 こんな楽しい事があったよっていつまでもずっと話してやるんだよ!」


 僕はこんなにも弱いのに祥子さんはずっとずっと強かった。


「はあ、はあ、もう勝手にしろ」


 そう言って祥子さんは後ろを向いて歩き出した。


 祥子さんも辛いのに僕なんかの為にここまで来てくれた。

 

「僕は、何て子供なんだ……」


 嫌なことから逃げて、嫌いなことに向き合わないでずっと生きてきた。


 そうやって生きている自分を肯定して満足していると嘘をついて生きてきた。


 もう、逃げるのはやめよう。

 彼女が教えてくれたように精一杯生きる努力をしよう。


「祥子さん!」


 僕は叫んでいた。


 フェンスを飛び越えて祥子さんの元へ走る。


「ごめん、ずっと間違ってたやるべきことは、もっと他にあった」


 僕は祥子さんと目を合わせる。


 祥子さんは何も言わずに待っていてくれた。

 もうずっと他人の目なんて見てなかったから慣れないけど。


 もうそらさない。

 目の前のものをちゃんと見る。


 僕は見なきゃいけない。

 今までずっと大切な物を知らずに生きてきた。

 近くにあったのに気づかないふりをして、馬鹿だった。

 僕は本当に大馬鹿者だったんだ。


 けどもう気づいた。

 間違う事もあるだろうけど、それでも頑張って行こうと思う。


 彼女もきっと見ててくれるはずだから。



 

 まずはその第一歩から。










「祥子さん、僕と友達になってください!」





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― 新着の感想 ―
[良い点] 主人公と、その他登場人物の関係とこれまでの生活を想像させられた。 文章も読みやすかったです。 [一言] 個人的に、短編であることが勿体ない。 長編で過去から現在の話を見てみたいです。
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