死ねば感動するんだろう?
「死ねば感動するんだろう?」
男はそう言って病弱な少女を書いた。
薄幸の美人。
まだ幼い少女。
夢も希望もあり心優しい少女。
親兄弟や友人幼馴染にも恵まれ、先生からも愛される少女。
「しかし残念ながら、病は彼女の身体を蝕みます」
蝕んだ身体でも必死に笑みを浮かべる少女。
病気に倒れる前は優勝までしたことのある悲劇の天才。
最後まで周囲を気遣い、健気な少女。
途切れ途切れに言葉を繋げ、動画を残す少女。
”いつも あり がと”
もらった小さな折り鶴ひとつで大層喜ぶ少女の様子に、周囲は涙を浮かべて言いました。
「先生の書く少女はいつも私たちも頑張らなきゃって勇気づけてくれます」
「天使が心の癒しです」
「死なせないでください!」
最終話、笑顔で死んだ少女。
痩せこけた頬は、幸せそうに微笑んでいる。
周囲は、涙を流して悼んだ。
エンドロール
「最後、感動しました。ありがとうございました」
「他の作品も読みたくなりました」
「涙が止まりません」
「また感動系かよ。そればっかじゃねーか」
男は色々な人間を死なせました。
仲間を庇って死んだ一般兵。
今まで空気みたいだったのに不慮の事故で死んだ夫。
娘からしか愛されない孤独で暴虐の王様。
志半ばで病を背負った青年。
動物も死なせました。
拾ったばかりの子猫。
長年連れ添った飼い犬。
骨折した競走馬。
食肉予定で飼い始めた豚。
いろーんなのを死なせて死なせて、死なせたらみーんな感動したと感想が必ずつきました。
「ほら、死ねば誰かしらは感動するのさ」
男は所詮紙の上だろと気楽に死なせておりました。
ある日、不意にある実験が思い浮かびました。
「誰もが嫌う悪役でも死ねば感動されるだろうか」
男はさっそく書いてみました。
信念も、格好良くもないゲスな悪役。
よくある実はいいところなんてものは何一つなく、ただ自分本位で自己中心の悪役。
媚びへつらい、不潔で、足の裏だって舐める生き汚い悪役。
私利私欲で親を殺し、祖母を山に捨て、子を売り、兄弟に罪を着せた悪役。
なーんのいいところもない悪役にたくさんのコメントが届きました。
「見てて胸糞悪い。はやく殺して」
「なんでこんな奴だらだら書いて登場させるんだ? まだ?」
「死ねばいいのに」
にやにや、にやにやと最初はそのコメントを読んでおりました。
でも
「存在が嫌い」
「死んでせいせいする」
「はよ」
幾つもの声が寄せられるたびに、段々不憫になりました。
いままで感動系ばかりの作者が書いた珍しい悪役だからか、何故か日増しに感想は増えていきます。
死ぬまであと○日という予測でアタリハズレのゲームまでされるお祭り騒ぎに、
「ざんねん、今日も死ななかったかー。明日は死ぬかなー?」
という死を期待する声に、
男は初めて この悪役を死なせたくない と思いました。
何のいいところもないクソな悪役を、です。
ですが 物語としては明らかに不自然です。
そして未完で放り出すにはあまりに世間が加熱しすぎています。
男は筆を取りました。
そして、ある日、呆気なく悪役を殺しました。
いままでどおりに書きました。
すると世間はやっとかーといった風に盛り上がり、そしてすぐに次の目標へと群がりました。
実験の結果は簡単です。
誰もが嫌う悪役を死なせても、世間様は誰も感動しませんでした。
どうやら感動を呼ぶのは応援したくなる者だけのようです。
でも、男は悪役を殺した部分を何度も何度も読み返しました。
何度も何度も読み返し
そして涙を静かに零しました。
生まれて初めて涙を流した男の胸には、言葉に出来ぬ何かが去来しておりました。
おしまい