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戦鬼  作者: 塩野さと
9/12

第八話 少女、奔走

 週末に出すとは思えないほどに(おびただ)しい量の課題を何とか提出し、全授業を睡眠に当てた月曜日の放課後。最も早く光竺(こうとく)地区に向かう電車に乗るため、全力で走った。その甲斐もあり、無事に発車五秒前にホームに辿り着き、電車に揺られ十分。駅から歩いて五分ほどで、目的地は見えてきた。

 最初に目に飛び込んできたのは、圭の背丈を悠々と超える高さの門だ。アンティーク調で、蔦のようなロイヤルな装飾が施されている。塀は煉瓦で出来ており、懐かしさの中に気品が感じられる。

 一方で校舎は、手入れの行き届いた純白の壁面が輝いて見える。昇降口の階段は、人が横一列に五十人くらい並べそうな程に広い。

 門から校舎までの間には、舗装された白い道と青々とした芝生。

 その風貌は漫画に登場する、お金持ち御用達学校宛らだ。

 見た目とは裏腹に、光竺高校は年収平均ぴったりかつ共働きであれば、払えない学費ではない。何より進学科の学力は恐ろしく高いので、奨学金を獲得して通う生徒も多い。


 授業が終わり、続々と昇降口から出てくる生徒たちも、気品に満ちて見える。男女共にグレーのブレザーと真っ白なシャツ、首元には紺色のネクタイまたはリボンを付けている。

 その中で一人だけ真っ黒な学ラン姿というのは、疎外感を感じた。


 ――というか、電車の中でつぐみの姿を見かけなかったが、あいつは何処に居るんだ?


「圭ー!ごめん、お待たせ!」


 間もなく名前を大声で呼ぶ声が聞こえ、圭は辺りを見渡す。この声は間違いなくつぐみだ。元来た道から校舎の方へ視線を移動させていくが、姿が見えない。丁度校舎に目を向けると、ようやく手を大きく振って走ってくる小柄な少女が見えた。

 つぐみは圭の元へ寄ると、「ホームルーム長引いてさ」と少し申し訳なさそうな顔をした。


「いや、それより、お前ここの生徒かよ!」


 なおさら来る必要なかったじゃん!


「いや、だってアタシは忙しかったし、椿は他学年だし。他学年訪問禁止なんだ、うちの学校。それに昨日、アタシがへましないようにって言っただろ?」

「言ったけどさぁ……」


 嬉々とした表情で話す少女を見ると、それ以上文句を言う気も失せた。


 よく見ると、昨日よりも絆創膏や包帯の数が劇的に減っている。流石は鬼神、といった治癒力だ。明日になれば絆創膏は必要ないだろう。

 などと考えていると、つぐみが圭の腕を引っ張った。


「行くぞ!」


 元気なかけ声と共に、強引に校舎の方へと引きずられた。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 つぐみ曰く、椿は進学科らしい。進学科の三年生はホームルームの代わりに、一時間の学習時間が確保されている。

 学外者立ち入り自由な図書室で時間を潰すこと三十分。漸く学習時間が終わった。


「椿確保するぞー!」

「椿は珍獣じゃあないんだぞ」


 妙に意気込むつぐみを落ち着かせつつ、昇降口に唯一繋がる階段の下で待機すること五分。明らかに秀才揃いの生徒たちの中から、目的の人物は姿を現した。

 陽を滅多に浴びない真っ白な肌に、目元まで伸びた黒髪。隙間から覗く垂れがちの目は、どこか気怠そうに映る。

 栗宮椿――光竺高校学年主席にして、鬼神八家を統括する栗宮家の当主。どことなく他の生徒とは異なる、妖艶な雰囲気を纏っている。


「椿ー!」

「お前マジか」


 こんな大勢の前で、恐らくは学内でスター的存在の椿に話しかけるのか。

 目の前にいる少女はとても肝が据わっている。圭には昨日の挙動不審少女と同じ人物だと信じられなかった。

 椿は呼ばれたことに少し驚いた表情を見せたが、すぐさま二人に気が付き、駆け寄ってきた。


「えっと、圭……嗣原と獅峯院さん?二人してどうしたの?」

「椿に話があるんだけど、時間大丈夫?」


 椿の苗字呼びに関しては、特に言及しないようだ。

 圭はほんの少し、椿から視線を外した。


「少しなら大丈夫だと思うけど……」


 言いながら、椿は視線を泳がせた。何処か話をしやすい場所を探しているのだろう。


「ありがとう。じゃあちょっと中庭に行こっか」


 どうやら、つぐみは既に話す場所も決めていたらしく、またもや強引に圭の腕を引っ張り、ずんずんと歩き始めた。

 もしかしたら、しっかり計画を立てさせれば動ける子なのかもしれない。


 中庭は大層広く、一面には芝が敷かれていた。塀や校舎伝いに、まだ植物たちが芽を出していない花壇がある。花壇の途切れているところに、いくつか四人掛けのベンチが設置してあり、その一つに三人は腰を下ろした。

 椿とつぐみを隣に座らせた。圭は荷物を挟み、つぐみと間を開けて座った。


「で、話って何?」


 椿は間もなく、話題を切り出した。

 一方用事がある本人は、ここに来て愚図り始めたようで、座ってからというもの膝の辺りを注視して動かない。

 圭はまたぶっ壊れた機械みたいになるのではないかと、視界の端で彼女を気にかけていた。


 沈黙が続いて数秒。つぐみは漸く口を開いた。


「あのさ、なんて言ったら良いのか分からないんだけど。これから先、そんなに遠くない未来に、彼岸原は滅ぶ――と、思う。アタシは椿にそれを伝えに来た」


 言い終わると、それまで伏せていた顔を上げ、まっすぐに椿の目を見据えた。

 椿は少し遅れて、「ええっと……」と動揺の声を漏らす。


「ちょっと、言ってることが分からないんだけど。滅ぶって言うのは……?」

「最近、門の出現が頻繁になっているだろ?それ自体は、周期的にあることだから、不思議ではないんだ。ただ、後々もっとヤバい門が開く――と、思う。んで、大変なことになる――かなぁ」


 酷く曖昧な表現をするつぐみに、数分前に「あ、今日は大丈夫そう」と思った安心感が消し飛んだ。一体彼女の言動に何の制限がかかっているのか、椿に対しても「大変なこと」としか言わない。

 椿も眉をハの字にし、少し困ったような表情をしている。

 視線が合い、「どういうこと?」という風に首を傾げてきたので、圭は横に首を振った。


「あぁ、あのさ。ちょっと曖昧すぎて、それだけだと、どうしたらいいのか分からないってうか。信じるのも難しいっていうか」

「……そうだとは思う。アタシだって、言えるなら全部言いたい。でも、今全てを話してしまったら――」


 つぐみは、続く言葉を振り払うように、頭を横に振った。そして、ほんの少しし間をおいた後、


「言い方は分かんないけど、とにかくアタシたちを信じてほしい。何かあるなら、相談して欲しい」


 つぐみは真っ直ぐに椿を見つめていた。

 ここ二日ほどつぐみを見ていて、ハラハラさせられることもあるが、時折その影を潜める瞬間がある。きっと、「信じてほしい」というのは本心なのだろう。一方で椿は、彼女の意図が理解出来ない様子だ。初対面の女子から、急にこんなことを言われたのだから、当然だ。誰だって困惑する。

 沈黙の中、見つめ合うこと約十秒。とうとう耐えかねたのは、つぐみの方だった。


「と、とにかく、そういうことだから。今は意味解んないかもしれないけど、憶えとけ!」


 言い終わるとすぐに、顔をトマトみたいに真っ赤に染めた少女は立ち上がり、隣に置いてあるスクールバッグを抱きかかえた。そして圭の腕を強引に引っ張り、立ち去ろうとする。


「え、マジ!?そんだけ!?」


 静観していた圭は思わず叫んだ。わざわざ呼び出しておいて、昨日だって朝一番に家に上がり込もうとしてまで伝えたかった内容だ。それが要約すれば平仮名四文字程度だとは、骨折り損もいいところだ。

 だが、そんな抗議も「煩い!」という怒声で一蹴されてしまった。


 そのまま圭はつぐみに引きずられ、未だ呆然としている椿を一人置いて、学校を後にした。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 校門から五分ほど離れ、つぐみは漸く立ち止まり、圭の手を離した。つぐみは圭に背を向けたままだ。心なしか、まだほんの少し横顔が紅いように見える。


「なあ、今日の用事って、本当にあれだけで良かったのか?」


 つぐみの場合少し猪突猛進な面が見えるので、伝えたかったことがあんな内容でも納得できそうだ。しかし、何故だろう。なんとなくだが、圭はつぐみが本当に伝えたいことを、まだ言っていないのではないかと感じた。


「…………」


 つぐみは黙ったまま、動く気配がない。このままフリーズしては埒が明かないので、そっと方を叩くと、


「はっ!ごめん、めっちゃ恥ずかしくて心の中で自殺してた」

「お前マジでなんなの?」


 やはり考えすぎだったのだろうか。にしても、心中で物騒な反省会をするヤツだ。何を考えているのかも、何を知っているのかもよく分からない。

 何にせよ、少女をやっと起動させたのだ。顔の赤みも引き始めている。また反省モードに突入する前に早々と帰宅したい。


「ほら、早く帰るぞ」

「ああ、アタシは家ここら辺だから、電車には乗らないや。今日は本当にありがとね、圭」


 そういえば、獅峯院の管轄は光竺地区だ。基本的に各家の管轄は両隣しか記憶していない。管轄地区に学校があるなんて、羨ましい。


「そうか。じゃあ俺もう帰るわ。んじゃ、また定例会でなー」

「んー、そう……かもなー」

「何で言葉を濁すんだ?」


 まさか、また明日も呼び出そうとしているのではないだろうか。

 面倒臭いことに巻き込まれそうな気配に、圭は反射的に身構える。


「別に深い意味はないよ。結構無計画だったから、思ったより疲れたってだけ。次はもうちょい計画的に行かないとなぁ」


 無計画さに自覚があったとは恐れ入った。

 短い関わりだが、ほんの少しだけ、小指の先程度、もしかしたらアホの子なのかも知れないと思っていた――いや、今も思ってはいるが。じっくり考えれば、行動できるタイプなのかもしれない。


 と、いうか次とかあるのか。


 「そっか、頑張れよ」と適当な言葉を投げかけ、駅の方へと歩き出した。

 つぐみは、遠ざかっていく圭の背を暫く見続けていた。


「今日はありがとう。圭、アタシ頑張るよ」


 もう豆粒ほどになってしまった少年に、その声は届かない。やがて視界から完全に姿が消えると、くるりとスカートを翻し、自分の家路へと歩き出した。

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