第四話 集う鬼たち2
「境坂も他の地区と同じで、先月に比べて出てくる鬼の数は増えてます。先月は五匹だったのに対して今月は二週目なのに八匹です。学校に行ってると対応しきれないのでそこは何とかしたいです。以上です」
圭は境坂の現状報告を済ませると、小さく溜息を吐いた。
大した報告内容ではないが、未だに人前で話すことの緊張感には慣れない。特にツルとゆりなは苦手なので、いつも以上に心拍数が上がる。
「それでは各地区の状況報告は済みましたね。まとめると、ほぼ全地区の鬼の撃破数が増えているようです」
圭を最後に、全地区からの報告が済むと、速やかにツルが総括を始めた。
定例会は地区ごとの要望や異変をとりまとめて今後の対応を検討するのが目的だ。今回話の主題は「出現数の増えた鬼の対応方法」だろう。
――とはいえ、最近の定例会だと決まって「各地区でもう暫く頑張りましょう」みたいな結論になるから、要望言っても無駄なんだよな。
二月ほど前にも一度鬼が大量出現したことがあり、圭は他地区の応援を要請したが完全にスルーされた。幸い当時は春休みだったため、殆ど寝ずに対応に当たればどうにかなった。二度とあんな忙しさは御免だが。
打って変わって今回は学期内だ。ただでさえ浮きまくっている学校で、これ以上目立ちたくはないし普通に授業にだって出たい。是非代理様には寛大な対処をお願いしたいものだ。
ツルは数秒考える素振りを見せた後、
「それでは――」
と口を開いた。
と、突然ツルの言葉を遮るように、襖が勢いよく開け放たれた。普段会議中の乱入者など滅多にないため、室内の視線が襖の方に集中する。
そこには、グレーのトレーナーと黒のスキニーというシンプルな服を身に纏った一人の少女が立っていた。相当急いできたのか、ツインテールに纏めた髪型が崩れかけている。肩で息を切っており、苦しそうな呼吸音が聞こえてきた。
全員が呆気にとられる中、真っ先に反応したのは獅峯院ゆりなだった。
「つ、つぐみ!あんた今まで何やってたの!?」
どうやら少女は、遅れて来たゆりなの娘のようだ。
目をカッと見開いた凄まじい形相で叱責する母親を、少女は無言で一瞥した。そしてぐるりと部屋を見渡す。
と、圭と少女の目が合った。
「……っ!」
呆気にとられる圭に、少女が口を開き何かを言いかけた。しかし、少女は声を発するより前に左手で右前腕を抱え、床に崩れ落ちる。
そのただならぬ様子に、真っ先に幸那が動いた。少女の元へと駆け寄り、
「ちょっと、どうしたの!?」
「…………だい……じょうぶ」
幸那の問いに、少女は力ない声で答える。
「いやいやいや、全然大丈夫じゃないって」
支えられている少女の身体は、遠目でも分かるほど傷ついていた。左手で押さえているあたりからは血が滲み、グレーの布地を赤黒く染めている。手の爪は何枚か剥がれ掛けているし、額や太股にも大きな傷があり、滴る血液が足元に小さな血溜まりを作った。
闘いの日々なので時折大けがをするが、彼女ほど深手を負うことなど滅多にない。
娘の負傷に、さっきまで気が立っていたゆりなもすっかり言葉を失っていた。ツルも他の鬼たちも、全員どうしたら良いのか分からず、幸那と少女を静観している。
――これはもう定例会どころじゃないよな。
圭は面倒臭そうに溜息を一つ吐くと、二人の元へ寄った。
「幸那さん、手伝います」
そう言うと、腰を下ろし少女に「乗れ」というように合図をする。
少女は一瞬驚いたような顔をし考えた後、意図を理解したように「あっ……」と小さい声を出した。
そして圭に負ぶさり、
「あ、ありがとう。圭」
「は?」
いきなり名前を呼ばれ、圭は思わず少女の方を見た。少女とはたった今初めて会った上、名乗ってすらいない。だというのに、少女は圭の名を呼んだのだ。
当の本人は「しまった」というような表情を浮かべたまま硬直し、「あ……あぁ……」と声を漏らしている。
一瞬、圭と少女の間に微妙な空気が流れたが、幸那の「圭!」と呼ぶ声ですぐに緊張が解けた。
「圭、ありがとうね。車持ってくるから正門で待ってて」
「お、おう」
――幸那には聞こえてなかったのか?
話題の逸れた少女は圭にしか聞こえない小声で、「せ、セーフ」と呟いた。
いや、全くセーフではない。普通に聞こえている。
――でも問いただしたら面倒臭そうだなぁ。
圭は何も聞こえなかったふりをすることにした。
そして、幸那と共に軽く挨拶を済ませ、栗宮家を後にした。
一応ゆりなにも付き添いに来るかと聞いたが、「後から自分の車で追いかけます」と断られた。