第三話 集う鬼たち1
圭は荷物を回収すると一度家に帰り、ズタズタになった制服からジーンズに着替えた。上着もTシャツの上からジャージを羽織ったラフな恰好に替える。
着替えを終えると再び家を後にし、電車に乗り込んだ。行き先は一駅離れた閂門堂地区。一駅分といっても歩けば一時間半はかかる距離だ。
今日は月に二回ある鬼神たちの定例会が開かれるのだ。定例会といっても主に現状報告だ。正直スカイプでも使えば良いと思うが、老人たちが首を縦に振らないのでわざわざこうして足を運ぶ羽目になっている。
駅で電車を降り、五分ほど歩くと瓦屋根の立派な家屋が見えた。敷地は学校のグラウンドほど大きく、周囲は手入れの行き届いた木製の塀で覆われている。白い外壁には、日が良く入りそうな大きな窓がいくつも並んでいる。更には仰々しい門が構えられており、縦長の表札には達筆な字で「栗宮」と表記されている。
ぱっと見ただけでも、ジャージ姿の高校生が入っていくには気の引ける豪邸だ。
門を潜ってまず目に入るのは美しく並べられた石畳。両脇には小さな行灯を模したライトが等間隔に配置されており、辺りが暗くなると足下を照らすようになっている。
旅館と見紛うほどに大きな玄関の引き戸は檜で作られており、懐かしくも気品のある香りが心地良い。
圭は玄関を潜らず、庭に続く石畳を左へと進んだ。庭も手入れがしっかりとされており、苔生した大きめの石が点在していている。綺麗な水が張られた池では、鮮やかな三匹の錦鯉が戯れているのが見える。
建物伝いに十五メートルほど行くと、縁側の戸が開いている箇所を見つけた。沓脱石のあたりには既に四人分の靴が並んでいる。
圭も整列している靴の横にスニーカーを脱ぎ、縁側から屋内へと入った。そして入ってすぐ、目の前にある襖を開く。
室内は三十畳はありそうなほど広く、縁側から見て横長の造りになっている。真っ白な壁面は飾り気がない。
部屋の長辺には小豆色の座布団が八枚並べられ、思い思いの場所に四人の男女が座っていた。右側の短辺には着物を着た青年と、白髪を夜会巻きにした老婆が座している。まるで極道の集会のような、重苦しい空気で満ちていた。
この場にいる殆どが、圭と同様に人の姿をした鬼だ。
もちろんこの豪邸――栗宮家の主も鬼である。
ちなみに鬼の血を引く八家は、いずれも地位がそれなりに高い。栗宮は中でも最も権力のある家だ。
圭は襖を閉めて室内に入ると、空いている座布団へと座った。
会話をするでもなく、ただ沈黙の時間が続く。圭にはこの空間の一秒が十倍にも二十倍にも感じられ、息苦しさに眉を潜めた。
圭が入室しておよそ三分後、再び襖が勢いよく開かれた。そして、
「ギリギリセーフ!すみません、患者さんのお話が長引いてしまいました」
と空気をぶち壊す勢いと言動と共に、白衣を纏った人物が部屋に入ってきた。そして三つ余った座布団の内、圭の右隣に着席するや否や、
「圭、今日はありがとうね。本当に助かったよ」
白衣の人物は少し声のトーンを抑え、圭に耳打ちした。
白衣の人物の名前は平塚幸那。彼岸原の町医者・平塚医院の跡取りだ。色素の薄い亜麻色の髪は、綺麗なウエーブがかかっている。やや吊り目がちで、中性的な面立ちだ。声音も男声とも女声とも解らない、ハスキーな優しい声をしている。
「いやいや、全然っすよ。てか今日あと二人来るんですか?」
「一人はいつも通り無断欠席だよ。あと一人は獅峯院の娘さんが顔見せするはずなんだけど、お母さんしか来てないみたいだね」
幸那は言いながら、視線で圭を誘導した。視線の先にはエレガントな洋装に身を包んだ四十代後半の女性とが座っており、隣に空席が一つある。女性は落ち着かない様子で、圭や幸那が入ってきた方向へ何度も視線を動かしている。
彼女の名前は獅峯院ゆりな。この場では数少ない普通の人間だ。
「どうしたんですかね?獅峯院の家なら一緒に来そうなのに」
「さあ?お嬢さんは圭と同い年だから、学校の方で何かあったのかな?」
「あの家なら顔合わせの日に学校行かせないですよ」
圭が冗談半分で言うと、幸那は「確かに」と少し笑った。
直後、部屋に手の平を打ち鳴らす音が響いた。音のする方向へ目をやると、老婆が手の平を合わせていた。幸那との会話で緩んだ圭にも、一気に緊張が走る。
「それではこれから、定例会を始めます。本日も議長代理を私が務めます」
低く嗄れた声で、老婆が場を仕切る。
老婆の名は栗宮ツル。御年八十七歳になるただの人間だが、その眼力は熊をも仕留めそうなほどの迫力がある。実際、若い頃は亭主より多く山に登り、熊の眉間を手斧で一発叩き割って持ち帰って来たとか。
ちなみに正式な議長は隣に座っている着物を着た青年――栗宮椿だ。彼はまだ十八歳と若く、町を任せるのは荷が重いだろうとのことでツルが代理をしている。
「まだ来てない連中もおりますが、まずは各地区から現状報告を」
ツルが嫌味のように続けた言葉に動揺し、ゆりなの肩が大きく揺れた。
ツルは無駄に他人を萎縮させてしまう癖がある。統率力はあるのだろうが、今の重苦しい空気をつくっている原因の一つなのは間違いない。
数年前――少なくともツルが代理として表舞台に出てくるまでは、定例会自体にここまで張り詰めた空気はなかった。
――つまんねぇな。
圭は口癖を心の中で呟いた。