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戦鬼  作者: 塩野さと
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第二話 鬼と鬼

 彼岸原には鬼が出る。

 大昔から鬼は地獄の門が開くと現世にやってきては悪さを働いていた。

 そんな折、ある陰陽師が鬼退治の効率化を図るために出現場所を一つに絞ったらしい。最初はそれなりに上手くいっていたようだが、徐々に鬼を倒せるだけの人間がいなくなってきた。

 どうしたものかと考えた末、鬼の力を人間に付与すれば良いのではないかと言い出した人間がいた。鬼は人と違い不死だ。おまけにそれは人間ではない。永遠に生き、永遠に人を守り続ける鬼が実現できたのなら、これほどまでに魅力的なことはない。


 そして彼岸原の人々は残っていた陰陽師の力を総動員し、人間の見方をする鬼を八人造り、彼岸原を守らせることにした。


 目には目を歯には歯を――鬼には鬼を。


 しかし、そうして生み出された生き物は理想通りのものではなく、もっと歪なものだった。


 生み出した()()は、数十メートルを容易に飛ぶ脚力を持っていた。また、何もない空間から刀を出して見せた。どんなに複雑な骨折だって、一週間も経てば全快した。

 生み出した()()は、人間とまったく同じ容姿をしていた。そして人間と同じように、致命傷を負えば死んだ。

 幸いにも死んだ鬼の全ては、必ず鬼の力を継承した子を生んで死んでいったので、陰陽師のように血が途絶えることはなかった。


 生み出した()()は、人間でも鬼でもなかった。


 ()()()()()()()()宿()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を、人間は造り出してしまったのである。


 鬼を狩る鬼。

 人々は生み出してしまった()()()を、「鬼神(オニガミ)」と呼んだ。


 神の名を被せ、材と権力を与え祀った。中途半端につきまとう罪悪感から自分たちを切り離せればそれで良かったのだ。


 圭は鬼神の血を継ぐ、限りなく鬼に近い存在の一人だ。


 鬼については鬼神の血脈の者にのみ知らされ、人間からはとうの昔に忘れられてしまった。今では土地の者の多くがその存在を知らない。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 静まった住宅街に、空気を裂く音と金属の衝突音が木霊した。振り下ろした刃は鬼の鼻先を掠り、コンクリートの地面に打ち付けられる。


 不意打ちを躱されたと認識した瞬間、すぐさま刀を持ち替え二撃目を繰り出す。

 「ギャア」というしわがれた鬼の短い悲鳴と共に、数滴の血が地面に垂れ落ちた。鬼の腹が真一文字に斬れている。


 しかし、この程度では鬼にとって致命傷にはならない。首を斬り落とすか、心臓を突くか、短時間に大量の血を抜き取らなけらばならない。心臓は必ず人体と同じ位置にあるとは限らないし、血を抜く前に回復するから首を斬るのが一番早い。そうして鬼を殺せば、後は勝手に地獄に還る。


 腹を裂かれた鬼は、一撃を繰り出そうと右腕を大きく振りかぶった。

 圭は素早く跳躍し、鬼の開いた腕の付け根を思いきり踏みつけ、地面に押し倒した。再び苦し気な呻き声が発せられる。反撃の隙を与えず、圭は自らの刃を鬼の首に振り下ろした。

 が、鬼も反応し、左手で首もとを覆い防御する。刀身は鬼の左腕を裂き、またしても首に届かない。



「うっぜぇ!」



 想像以上のしぶとさに、思わず悪態を吐く。

 鬼は深手を負った左腕を思いっきり振り回し、圭を払い除けた。


 圭が二、三飛び退けると、鬼はよろよろと立ち上がった。既に腹の傷は跡形もなく塞がり、左腕も完治しかかっている。


 戦闘の基本は奇襲だ。鬼神側は最初から鬼の位置を知っているので、高確率で奇襲を仕掛けられる。最良で一撃、多くても五度剣を振るまでに片を付けろ、と叩き込まれる――が、まあ相手も人外なので、成功率は薬にするほど、といったところだ。


 次の攻撃に備え、刀に付着した血を払い構え直す。両者は隙を伺い合い、均衡状態となった。



「……?」



 鬼の口元が僅かに動いている。

 口の中に何かを含んでいて、それを動かしているような動き。間違いなく口内の何かを吐き出そうとしている。

 吐き出す瞬間を逃すな。絶対に隙が生じる。


 いや、それよりもまず――口から出たものなんかに絶対当たりたくない。鬼であれ何であれ論外だ。何が何でも見逃すな。


 鬼も圭が痺れを切らして攻撃に転じる瞬間を狙っている。

 数秒間の睨み合い。両者に緊張が走る。


 先に動いたのは、鬼の方だった。勢いを付けるために上半身を仰け反らせ、腹部に力を入れた。


 圭は僅かな初動を見逃さなかった。

 渾身の脚力で地面を蹴り飛ばし鬼との距離を詰める。

 前方へ移動する力をそのまま利用し、鬼の首に刀を入れ込む。

 鬼にとっては圭が移動した瞬間も、ましてや首に刃物が当たった感覚さえも認識不可能なまでの一瞬の出来事。


 今度こそ圭の振るった刃は骨を断った。

 すかさず鬼の攻撃を避けるため、後方に回り込み距離を取る。


 直後、まだ首が絶たれたと気付かない鬼は、口から大量の針を吐き出した。恐らく数百本はあるだろう。その針は何も貫くことなく、圭のいた場所に乾いた音を立て落下した。

 続いて身体から離れた首が地面に転がり落ちる。自分に起きたことに驚いているのか、目を大きく見開いている。

 間もなく鬼は切断面から灰のようにボロボロと崩れ去り、灰は跡形もなく何処かへと消えていった。


 鬼の最期はいつも決まって死体が残らない。身体ごと地獄へと還っているのだろう。


 ――よし、あまり被害を出さずに片付いて良かった。


 鬼は基本的に殺せば消えるが、鬼が破壊したものは元に戻らない。もし軽度な損壊であれば修復する術もあるが、家屋が半壊したなどとなれば地元の建設業に頭を下げに行かなければならない。

 そうなればまた白い目で見られるのは必然だ。

 今回は何も壊すような被害は――。


 圭はそこまで考えて、やたらと右脚の風通しが良いことに気が付いた。

 何やら嫌な予感がする。


 恐る恐る足元に視線を落とすと、制服のズボンがざっくりと引き裂かれているのが目に入った。

 制服ごときと思う人も多々いるだろうが、実は制服は高価だ。できれば破損したくない。昨年度は五着お釈迦にしたので、今年度はと気を付けていたのに。


 また買いに行ったら噂になるんだろうなぁ。想像するだけで頭が痛い。


 まったく、暗躍するのも楽ではない。


 取り敢えず、早退にしたのは英断だったようだ。この奇抜な格好をクラスメートに見られないだけでもマシだろう。

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