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魔物園の魔物達は園主と共に今日も自由に生きている  作者: 海夜 淳
第二章 セイレーンとマーメイド
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序曲『サルウェーテ』・次曲『ルードゥス』

 舞台にある岩場の上、4頭のセイレーンが並んでいた。両腕が白鳥の翼の様になっており、下半身は羽毛に覆われているが、腕以外の上半身は人のそれと差異は無く、会場の人々を魅了する美貌を備えていた。


『ようこそ未知なる世界へ♪ ようこそ新たな喜びへ♪


 今宵奏でる歌声は♪ 全てが輝く魔法の歌声♪


 サルウェーテ♪ サルウェーテ♪


 今宵の全ての一時が♪ 至上の記憶となりますように♪


 サルウェーテ♪ サルウェーテ♪』


 その歌声は、甘美な夢のような、脳の奥まで響き渡る素晴らしいものだった。透き通る様な声に乗せられた旋律が、風魔法によって会場にいる全ての人達の耳元まで届けられる。少し早めのテンポで始まった曲は、徐々にゆったりとした流れに変わり、ショーを楽しみに逸っていた気持ちが曲に合わせて落ち着いていく。

 セイレーン達は、歌を奏でながら翼をはためかせる。そのまま上空に飛び上がり、会場を旋回し始めた。純白の羽がちらほら翼から離れ落ち、それがいくつかのテーブルの上に舞い降りていく。その羽根に光が反射し、さながら星がゆるりと地上に注がれているかのうような幻想的な風景となって、会場の全ての人々を魅了する。

 リックたちのテーブルにも1枚の羽が静かに降りてきた。ジェシカはその羽根を手に取ると「綺麗…」と小さくつぶやいた。リックは「君のほうが綺麗だよ」と、普段なら絶対に言わないようなセリフを口に出してしまいそうになったが、すんでの所で飲み込む。どうやら、父親が言っていた5割増しという言葉や、セイレーンの歌にある「全てが輝く魔法の歌声」というのは間違いではなかった様だ。


 二人が羽を見つめていると、いつの間にかセイレーン達は元の岩場に戻り、歌も聞こえなくなっていた。


「序曲『サルウェーテ』。お楽しみ頂けましたか?セイレーンの羽には人を幸せにする力がある、という伝説があります。羽を手に入れられたお客様は、幸せを掴むことができるでしょう。では、これより料理をお運びさせていただきます。しばしお食事をお楽しみください」


 ゴンドラに乗っていた司会の男性がそう告げると、先程注文した料理がテーブルに準備され始めた。リック達のテーブルにも、先程注文したサラダ・スープ・ステーキが並べられる。どれも、王都の食堂で出てくるものとそれほど差があるものではないが、二人にはそれが最高級レストランで出されるフルコース料理の様に見えていた。


「すごい。こんな綺麗な料理みたことないわ」


「ただのステーキのハズなのに、光って見えるね…」


 これが、セイレーンの歌の効果。自然では自身への魅了に使われている魔力を、周囲のへの微弱な魅了へ変化させている。魅了の効果が微弱なため、何に魅了されるかは人それぞれであるが、大抵は料理や一緒に食事する相手の事が魅力的に見える。薄暗い照明により、それ以外があまり見えないようにしているのも、魅了の対象を絞る為の演出の一つである。


 ジェシカはサラダを一口分フォークですくい上げ、口に運ぶと目を見開いた。


「美味しい!こんな瑞々しくて歯ざわりの良いサラダ、食べたことない!かかってるドレッシングも、いつも食べてる味と変わらないはずなのに、甘くて酸っぱくて少し苦味もあって、色んな味が…不思議…」


 あまりの美味しさに、料理の味を饒舌に説明し始めたジェシカに苦笑いするリックも、同じ様にサラダを口に運んだ。ジェシカの態度も然もあらんと言った様子で、リックも目を見張った。


「確かに…」


 美味しいという言葉さえ勿体無いと、言葉を止める。それから二人は夢中で食事を続けた。普段どおりであれば、食事の合間にも他愛ない会話を交わすのだが、今日は無言で料理を口に運び続けた。


 テーブルの上の皿が空になり、人心地つくと再び司会の男性の声が聞こえてきた。


「お食事は如何でしたでしょうか?普段のお食事より少し美味しく感じて頂けたのであれば幸いです。続きまして、マーメイドによる次曲『ルードゥス』をお楽しみください」


 スポットライトが当たったゴンドラが上昇すると、舞台にある海岸を模した砂浜がスクリーンに映し出された。砂浜にはセイレーンと同じく4頭のマーメイドが並んでいる。

 その姿は、お伽噺に登場する、人魚のお姫様の様で、セイレーンと勝るとも劣らない美しさだ。


『今日の私は♪ 世界で一番不幸な存在♪


 ありえぬはずの♪ 楽しさを知って♪


 これから先に♪ これ以上の楽しさは無い♪


 至高の喜びは♪ 今際の喜び♪


 だけどあなたといれば♪ 今際は永世へ♪


 一人では今際♪ 二人なら永世♪


 あなたといれば♪ 楽しさはいつまでも♪』


 満腹の心に染み渡る、柔らかなメロディーを奏でながら、マーメイド達は水中を泳ぎ始める。スクリーンは、海中で泳ぐ4頭のマーメイドを活き活きと映し、海中だと言うのにその歌声は一層大きく耳に届く。泳ぐ姿は、まるで海中を飛んでいる様で、彼女たちの表情はとても楽しそうだ。

 その姿や表情を見ている観客も、少しずつ笑顔になっていく。ある人は、曲に合わせて体を動かし、ある人は繰り返されるメロディーを口ずさんでいる。


 最後に、マーメイド達がイルカのように交互に水中からのジャンプを繰り返し、曲が終わった。


「次曲『ルードゥス』でした。この後、食後のお飲み物をお持ちし、終曲『ワレーテ』をご覧いただきます。しばしご歓談ください」


 余計な言葉は不要、とばかりに、司会の男性が残りの予定のみを告げると、笑顔あふれる観客達は、各々先程の曲が如何に楽しかったかを語り始めた。


 少しざわつき始めた会場で、先程の曲に思うところがあったリックは、静かに決意を新たにした。

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