プロローグ
「いつになったら決心するんだ?店を継ぐ気が無いんだったら、これ以上うちに置いておくわけにはいかないってことぐらいわかってるんだろ?」
王都にある日用雑貨店。若い男性と年配の男性が、ランプの薄明かりの元向かい合っていた。
「親父の言っていることはわかっている。だけど、俺にも考えがあって…」
「考えって何だ?話してみろ」
「いや、それは…」
「話せないようなことなら、大したことじゃないんだろ?早々に身を固めて店を継いでくれないか」
何十回と繰り返されてきた問答。ここ数ヶ月、二人は同じ会話を続けていた。いつも通りであれば、答えが出ないままお開きとなるのだが、この日は違った。若い男性、日用雑貨店の息子リックは、何かを少し考えた後、渋々といった表情で父親の問いに答える。
「わかった。ジェシカには今週末にプロポーズするよ。多分OKもらえると思うけど、万が一の時は諦めてくれよ」
「そうか!やっとか」
リックの回答に満足したのか、父親は先程とは違い柔らかな表情を浮かべ、2枚の木の記章と1つの指輪を後ろの棚から取り出した。
「そういうことなら、これをやろう」
「これって、プロディジィウムの入園章じゃないか」
「プロポーズをするなら、それなりの場所がいいだろ?セイレーンとマーメイドのディナーショーを一緒に聞いた二人は永遠に結ばれる、なんてジンクスがあるらしいからな。これで成功間違いなしだ」
「プロディジィウム…か…」
意を決したはずだというのに、リックの表情は優れない。プロポーズを控えている、というより、諦めのうちに人生の墓場に踏み込む事になってしまった、という表情だ。
リックのそんな様子に気付かないのか、気付いていてあえて触れていないのかはわからないが、彼の父親は上機嫌でプロディジィウムが如何に素晴らしい場所かを語り続けた。
「2年ぐらい前に母さんと見たが、あれは良いもんだ。あの歌声を聞いていると、母さんの姿が2割、いや5割り増しで綺麗に見えてな。お前だって、ジェシカちゃんの事が更に綺麗に見えるぞ。成功すればお前たちも幸せ、店も安泰、良いこと尽くめだ。プロディジィウム様々だな」
朗らかな表情と陰鬱な表情。対象的な二人の思いは交わること無く、夜は更けていった。