ウォラートゥス その1
ティーリウスの目立たないテープカットから1時間が過ぎた。貴賓席、一般列共にエンペラードラゴンの興奮から未だに冷めていなかった。
「やっぱりブラックドラゴンとは比べ物にならないくらいでかいな!」
「いや、すごいのはあの鱗よ。光が反射して綺麗だったわ」
人々は一生に一度見ることができるかどうか、というドラゴンを目撃し、その感動を共有しあっていた。エンペラードラゴンは登場から10分程で、山岳区の一番高い山へ飛び去ってしまった。ティーリウスの言では2時間おきに登場するということだが、次の登場まで1時間近くあるにも関わらず、既に上空を見上げている人が多数いる。
そんな中、貴賓席に居る1名はなぜか下を向いていた。周りには誰もおらず、貴賓席に座っている、ということは招待された公爵家以上の身分であるはずだ。にも関わらず、その青年の周囲には護衛がいる様子がない。数は少ないものの、貴族の中には静かにゆっくり園を楽しみたいという理由で、極少数の護衛のみで来園するものもいるが、完全に1人というのは珍しかった。
その、金色の短髪の青年は、綺麗なブルーの瞳を見開きながら、何かぶつぶつとつぶやいている。その様子から、単純にゆっくり楽しむために1人で来園した、というわけではなさそうだった。
周囲はと言うと、相変わらず同伴者と感想を述べ合ったり、次のエンペラードラゴンの登場を待ちきれず上空を見上げているため、その青年の異様な様子に気付いてはいない。
『ティーリウス様。1名様子がおかしい者が居ます』
貴賓席にて唯一その様子に気付いたのは、ミコトにチェンジして来賓の対応をしていたミリティアだった。ミリティアは、ティーリウスに『念話』を使い注意を促す。
『うん。僕も気付いたよ。彼のことはこちらで様子をみるから、引き続き貴族の方をよろしく』
『そうですか。出過ぎた真似をしました。では、来賓方の対応に戻ります』
『いや、ありがとう。ガリウスは全く気付いて無かったみたいだし、注意をしてくれる人がいて助かるよ』
ティーリウスは、しっかりミコトを労い念話を終えると、今度は風魔法を使い空気の流れを歪めた。すると、青年が小さく呟く声が、はっきりと耳に届き始める。
その言葉を聞いたティーリウスは、少し眉間に皺を寄せるとワンフェイを呼び寄せると、数言何かを告げる。ワンフェイは小さく頷くと、その場を去っていった。
「お?なんかあったのか?」
ガリウスはと言うと、ワンフェイが来たことに気づき、やっと何か起きてることを知る。が、
「いや、ガリウスにはあんまり関係ない事だよ。それより、そろそろじゃない?」
と、蚊帳の外に追いやられる。当のガリウスも自分に関係無いなら良いかと興味を無くした様だった。
「おう!ついにウォラートゥスのお披露目だな!」
「気合入ってるね」
「そりゃそうだろ。なんせここ1年こればっかやってたからな」
「最後はミリィに協力してもらってやっとだもんね」
「そうなんだよなぁ…。できれば1人でなんとかして見返してやりたかったんだけどな」
「推進制御が難しかったんだっけ?」
「そうなんだよ。加速、減速は問題なかったんだけどな。加速による慣性質量の計算と、人の耐久力との関係判定が難しくてなぁ…。ミリィに重力加速度の数値化を教えてもらってやっとだぜ。重力加速度の数値化と加速度から発生する慣性質量の変化による見せかけの重力を同値に置き換えて…」
普段周囲から馬鹿にされがちなガリウスだが、実は知力は非常に高い。特に、付与魔法で付与する効果を数値化し、必要量を的確に付与する能力が高く、その1点のみに於いてはミリティアすら一目置いているほどだ。
「ガリウスって、本当に見た目と中身のギャップがすごいよね」
「そうか?どのへんが?」
『見た目はただの脳筋ですからね。まぁ、付与魔法と結界魔法以外は3才児程度の知能しかありませんが』
2人の会話にミコトが念話で参入してきた。
「誰が3才児だ!」
『念話に大声で答える様な所が3才児だと言っているのです。そろそろオープンなんで準備してください』
「ちっ。ティー!」
「はいはい。それじゃ、僕たちも準備しようか」
2人は先程テープカットした舞台の奥にある箱が並んだ場所へと歩いていった。5つ並んだ大きな箱には、小さな扉が5つ取り付けられ、そこから中に入れる様になっている。その入口の前に、列を作りやすいように柵が設けられ、順番に乗り込むことができる。入口から入るとそれぞれ2つの座席があり、座って乗る乗り物だということがわかった。
しかし、その乗り物の下には車輪はついておらず、地面に直接置かれた箱でしかない。普通なら動かない箱に乗って何があるのだ、と思うところだが、ホバーチェアのあるプロディジィウムなら、これは動くんだろうなと皆、自然に考えた。
また、一番端の箱の外に杖のような物が取り付けられた板があり、そこが操縦席であり、各箱は鎖で繋がれている為、ひと繋ぎで移動する乗り物、大型のホバーチェアーであろう、というのが貴賓席からウォラートゥスを見ていた来賓の見立てだった。
とはいえ、ただの大型ホバーチェアをこんな大々的に紹介するはずはない。きっとすごい仕掛けがあるに違いない、と、来賓達はその稼働を今か今かと待ちわびていた。
「皆様お待たせいたしました。これより、順番にウォラートゥスに乗車いただきます。本日は貴賓席の方のみの乗車となっておりますが、来賓方は全員お楽しみ頂けますので案内に従って順次ご乗車ください」
来賓達は案内に従い順番に乗車を始めた。最初に乗り込むのは王太子や王女等の王族が中心だ。一部、最初に乗車が出来なかった王族もいたが、国の大きさなどから選定された乗車順にクレームを入れる者はいなかった。
車両の先頭には、プロディジィウムから一番近いアーシクル王国の王太子とその婚約者が乗っていた。
「父上に言われて参列したが、なぜこの俺がこんな乗り物に乗らねばならんのだ」
「そんな事は仰らずに。アウグリオ様、私はそれなりに楽しみですわよ」
「ふんっ。公爵のお前はそうだろうがな!俺は庶民が楽しむようなものに心動かされたりはせんのだ」
王太子ことアウグリオ=ディス=アーシクルは、名君と名高い父親とは正反対の評価を受けている第一王子である。自分が最上と考える傲慢、全ては自分のためにあると考える強欲、些細な問題にもすぐ感情的になる憤怒、自分より優秀なものは全く認めない嫉妬心。七つの大罪のうちの半数をコンプリートしているどうしようもない人物であるが、第一王子であることと国政能力が高いため、本人の正確を置いて次期国王が確定している。
「王太子さんよ!そろそろ出発するから、前にある手すりにしっかり捕まっといてくれよ!」
「き、貴様!俺に向かってそんな口の聞き方を!」
「アウグリオ様…。こちら【盾壁主】ガリウス様です」
「なっ!そうか…」
「すまねぇな。俺は上品な言葉遣いが苦手でなぁ。一応、あらかたの国の国王からは、これでOKもらってんだが…。気にしたんならすまねぇ」
「いや…。父上から話は聞いておる。もうよい」
もういいと言うアウグリオの顔は全く納得している様子ではなかったが、今この場でガリウスの言葉遣いを追求した所で、意味がないことは理解していた。
「じゃ、そろそろ出発するぜ。今日は特別にこのウォラートゥスを開発した俺が操縦するからな。舌噛まないように気をつけな!」
ガリウスはアウグリオにそう声を掛け、後ろの車両を見て回り、全員が乗車したことを確認した後、先頭車両の前に設置された突き出した部分に立つ。目の前にある操縦桿を握り、後ろを振り返ると、『拡声』を使い乗車した王族に丁寧な言葉でアナウンスする。
「さて、お集まりの皆様。私が開発したウォラートゥスにご乗車頂きありがとうございます。これより開発者である【盾壁主】の私が、皆様を山岳区への未知の旅にお連れしたいと思います。ときより大きく揺れる事がございます。目の前にある手すりは必ず掴んだままでお願いします。また、出発前にはベルトが正しく装着されていることをご確認ください。それではウォラートゥスの出発です!」
(普通に丁寧な言葉使えるじゃねぇか!!)
アウグリオがガリウスに文句を言おうとしたその時、ウォラートゥスが高速で動き出した為、その言葉は喉の奥に戻っていってしまった。アウグリオは思わず目を瞑り、次に目を開いた時そこは地上より雲のほうが近い、山岳部の上空であった。
ガリウスの物理の話はにわか知識です・・・。矛盾などがあればご指摘お願いしますm




