受付とチケット購入
王都の一流ホテルをイメージしたロビーには、カウンターが200ほど。
そのどれもが、元魔王領の100年杉に一流の家具職人が趣向を凝らしたものとなっており、ひと目で高級なものとわかる。
ティーリウス自身には、そういった高級志向はなかったのだが、ここを訪れる王族・貴族のためにそうするべきだ、という秘書の言葉により、来園者向けの施設は一通り高級なもので取り揃えられることとなったのだ。
カウンターには今日も、入園を心待ちにする人々が、チケットを購入するために長蛇の列に並んでいた。
「貴族4枚、大人15枚」
「貴族4枚、大人15枚ですね。貴族様の爵位をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
列の先頭で、燕尾服を着た初老の男性が告げると、向かいのカウンターの女性が笑顔で答える。
想定していた回答と違ったためか、男性はみるみる不機嫌となり
「見てわからんか!サラグリア王国、王弟のご子息シャルル・ド・サラグリア公爵様の事を知らぬとは!」
と怒鳴り散らしながら、自分の襟を引っ張り襟章をアピールし始めた。
それは、確かにサラグリア王国の親族とその配下を表す紋章が刻まれていたが、世の中に1万近くある紋章を全て覚えておけ、というのは無理な話である。
対する女性は、こういったことには慣れているのか
「申し訳ございません。王弟のご子息、シャルル公爵様でございますね。王族のご親族の方とのことですが、爵位をお持ちのようですので、公爵様としての価格となります。伯爵以上の方4名で80万シル、平民大人15名で30万シル、合計110万シルです」
と満面の営業スマイルで答える。
初老の男性は満足したのか、フンと鼻を鳴らすと価格確認のため受付上部にある看板に目線を向けた。
価格表(3日間フリーパス券)
王族 :時価(必ず事前にご連絡ください)
貴族(伯爵以上) :20万シル
貴族(伯爵未満) :10万シル
平民大人 :2万シル
平民子供(3歳~12歳):1万シル
※3歳未満 無料
この価格に落ち着くまで色々とあったのだが、全て一律料金だった頃に「平民と同じサービスなどありえん」との某国の貴族様の言葉があり、それ以来明確に貴族と平民で価格が分かれることになった。
王族が時価なのは、いきなり王族に来られて問題を起こされても困るためだ。
ちなみに、シルは全世界で使われている通貨であり、1家庭の平均収入が30万シルほどなので、平民の入園料は3日間フルに遊べるテーマパークとしては妥当な金額になっている。
男性は、金額に問題が無いことを確認し、大金貨(10万シル)を11枚受付に渡し、木でできた入園章(もちろん平民と貴族で異なる意匠のもの)を19枚と、特殊な刻印が施された指輪を1つ受け取った。
入園章には、魔法陣が刻まれており、万が一のトラブルに備えて軽い防護障壁の効果が付与されている。
「こちらの指輪は、園の情報が刻まれた指輪となります。貴重なもののため、1グループ1つお渡しして、退園時に回収させていただいております。指にはめた状態で『インフォ』と唱えていただきますと、園内の情報がご覧頂けるようになっております。また、貴族の方には従業員であるキャストが1名案内員として随伴させていただきます。ご不明な点がございましたら、キャストにご相談ください」
一通り説明を受けた初老の男性、執事長のセドリックは案内員の女性を連れて主人の元へ戻っていった。
セドリックは、受付のある建物から外へ出ると、貴族専用待合室へ向かった。この、貴族専用待合室も「貴族が列に並ぶことはできん」との声から増設された、リビングとお茶を淹れるためのキッチンがある部屋が50ほど用意された建物だ。
貴族のものとわかる馬車が園内に入ると、専用のキャストが誘導し用意された部屋へ案内する事になっている。なら、その場でチケットを買えるようにしろと思うが、ティーリウスが「チケットは並んで買うもの!」という謎の園主権限を発動し、代表者1名がチケットを買いに行くシステムになっている。貴族たちも、自ら並ぶ必要が無いのであれば、とこれに関しては特にクレームは出ていない。
セドリックと案内員が、「シャルル・ド・サラグリア様御一行」と書かれた部屋に入ると、40代ほどの丸々とした男性、今にも「オホホホ」と言いそうな派手な扇子を持った女性、父親に瓜二つの10歳ほどの男の子と、それらの誰とも似ていない可愛らしい女の子が、リビングテーブルでお茶を飲んでいた。
この男性が王弟のご子息こと、シャルル・ド・サラグリアであり、その妻フリールと息子のマルコル、娘のリリシアだ。シャルルはセドリックを見るなり
「遅かったではないか。どれだけ待たせるのだ。魔物なんぞを見るために、そんなに時間をかけねばならないのか?全く、英雄だかなんだか知らんが、所詮平民が作った娯楽施設だろうが。何故わしをこんなに待たせるんだ」
と不満気に、いや、不満全開でぼやき始めた。
セドリックは即座に膝を曲げ、配下の姿勢を取り謝罪を述べる。セドリックに非は無くとも、反論するわけにはいかない。
「申し訳ございません。無事チケットを購入し、専用の案内人を連れてまいりました」
セドリックに促され案内人の女性も配下の姿勢を取る。別に配下になったわけではないが、接客業のプロとして相手を見た結果、そうすべきだと考えたからだ。
「お初にお目にかかります。私、魔物園『プロディジィウム』にて貴族様専用の案内人をさせていただいております、ミコトと申します。僭越ながら、これより3日間、サラグリア様がプロディジィウムを楽しんで頂けるよう、助力させていただきます」
黒髪ショートカットのタキシード姿のミコトは、立ち上がると優雅に礼をした。
「フン。どれほどのもんかは知らんが、すぐにでも園には入れるんだろうな?」
「はい、それはもちろん。ここから、10分ほどの場所に入園門がございますので、そちらまで案内させていただきます」
「なんと!歩くのか!?馬車ではないのか?」
「馬車となると魔物たちが騒ぎ出す恐れがありますので、馬車での入園はお断りしております。そのかわりと言ってはなんですが、園内には専用の乗り物をご用意させていただいておりますので、園内散策については、徒歩ということはございません」
「うむ。。。仕方のない」
「父上!早く行きましょう!ボク早く魔物が見たいです!ドラゴン!ドラゴン!」
と、二人のやり取りを見ていた、マルコルに促され一家は入園門へと向かっていった。