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魔物園の魔物達は園主と共に今日も自由に生きている  作者: 海夜 淳
第三章 ドライアド
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ドラゴンの木細工

「これが、例のドラゴンの木細工かい?」


 ゲストに混じり商業区を散歩するティーリウスの手には、木で作られた精巧なドラゴンの置物があった。その横をミリティアが並んで歩いている。さらに反対にはガリウスも居た。

 3人共そこまで顔が知られているわけではないが、有名人ではあるため『变化(へんげ)』の魔法を使い、平民の姿をしている。

 秘書としてのリールの畏まった態度では、主従の様に見えてしまい、ゲスト達の中では少し浮いてしまう為、園内を散策する際はミリティアとして同行することにしていた。


「すげぇ精巧にできてんじゃねぇか。やっぱドラゴンかっこいいな!」


「今更だけど、今日はなんでガリウスも着いてきたんだい?」


「いや、暇だったし、今日はなんか起きそうな雰囲気だったじゃねえか。俺もちょっと噛ませろよ」


「遊びじゃないんだから、いつもみたいに執務室で寝てなさいよ」


 暇つぶし扱いのガリウスに対し、ミリティアは真剣な表情でガリウスを諌める。ティーリウスとミリティアは定期的に仕事として園内を散策していた。主に、キャストの働きぶりの確認や、改善すべき点が無いか見回るためなのだが、今日は手に持っているドラゴンが問題の様子だ。


「姿はとても精巧だけど、こんなドラゴンいないよね?ブラックドラゴンみたいに見えるけど、羽はワイバーンに近くて皮膜がちょっと薄いかな。目も瞳まで綺麗に作られているけど、ちょっとリザードマンに寄ってるなぁ。せっかく高い技術があるのに、こんなのを売られたらドラゴンのイメージ狂っちゃうよね」


「問題はそこじゃないわよ。大体、ティーみたいな魔物オタクじゃないとそんな違いなんて気付かないわよ」


「そんな事ないと思うけどなぁ。これが偽物のドラゴンって以外に問題なんてある?」


「これが園の近くで売られ始めてから、園内のお土産の売り上げが下がったのよ」


「下がったって言ってもちょっとだけだよね?うちで売られてるドラゴンの木細工だって、同じくらいの仕上がりだし、うちのほうが圧倒的に正確なドラゴンだしね」


「確かに精密さはそれほど変わらないわね。正確かどうかなんて、素人目には大差は無いし。問題は値段よ」


「値段の何が問題だってんだよ。そんなに変わらねぇだろ?…で、うちっていくらで売ってたっけ?ティー覚えてるか?」


「当たり前だよ。ガリウスはもう少し園の経営にも興味を示してくれると嬉しいんだけどな」


「丁度、お土産屋さんがあるから見ていく?」


 2人は入園門近くにある、プロディジィウムオリジナルの土産物が販売されている店舗へと入っていった。プロディジィウムの土産物店は大きく、貴族専用の店舗と平民用の店舗の2種類に分かれている。

 貴族専用も平民用も、販売されている商品自体に大きな差は無いが、購入方法が異なる。貴族専用店舗は全て個室に分かれており、カタログを眺めながら希望の商品があればキャストが持って来て、気に入ればその場で購入する。その代わり価格にサービス料が上乗せされている。

 対する平民用は、購入する商品をカウンターへ持っていき、代金を支払う仕組みである。


「あった。これだよこれ。ブラックドラゴンはこうでなくっちゃ」


「やっぱドラゴンってかっこいいよな!丁度あれも試験段階に入ったし、久しぶりに山岳区行ってみるかな」


 ティーリウスとガリウスは、ブラックドラゴンの木細工を手に取り、子供の様に喜ぶ。ドラゴンの木細工はプロディジィウム一番の人気商品であり、日に数千個は販売されている。サイズも大・中・小と3種類あり、大で幅50センチほど、小で手乗りサイズとなっている。


「この、小さいのが偽物と同じぐらいの大きさかな。で、値段は…」


 小サイズのドラゴンの前には、5000シルと書かれた木札が置かれていた。


「中で1万シル、大で5万シルかよ…。ちょっと高くねぇか?」


「そんな事ないわよ。同じレベルの木細工を園の外で買えば、倍じゃ済まないわよ。普通なら木工師が1ヶ月ぐらいかけて掘り上げるレベルの精密さなんだから。どちらかと言うと小さい方が技術的に難しいから、5000シルは破格よ」


「でも、うちのってトレントに作らせてんだろ?原価ゼロじゃねぇかよ」


「作らせてるって人聞きが悪いなぁ。働かざるもの食うべからず、だよ。その分トレント達には高級な腐葉土を遠方から取り寄せてるんだし」


「他にもゴブリン達は衣料品製造、オーク達は牧畜、リザードマンは農業みたいに魔物もみんな働いてるわよ。寝てばっかりのガリウスと違ってね」


「俺だって寝てばかりじゃねぇって。あれも試作段階に入ったって言っただろ?」


「それだって、私が相当手伝ったじゃないの」


「まぁまぁ、二人共それくらいで…」


 いつものやり取りは始まってしまい、話が進まなくなってきたのでティーリウスが仲裁する。3人揃うとよく見られる光景である。


「チッ。で、値段がどうしたって?うちだって破格なレベルで安いんだろ?」


「ふんっ。この外で売られてる木細工、いくらか知ったら腰抜かすわよ」


「いくらだよ」


「50シル」


「はぁ!!!???」


「ちょ・・・声でかい」


「す、すまん」


「注目浴びちゃったわね…。これ以上ここで話す話でもないし、場所を移しましょ」


 3人は土産物店を出ると、建物の影で『变化』を解き、貴族専用の防音設備の整った個室があるレストランへ入っていった。もちろんキャストは【園主】達3人の顔を知っているため、何も確認せずに個室に案内する。

 落ち着いた調度品の部屋の中心にあるテーブルに着くと、先程の驚愕を残したまま、ガリウスが口火を切る。


「で、50シルって。タダで配ってる様なもんじゃねぇか」


「だから困ってるのよ。流石に貴族はうちで買ってくけど、平民用の店は小さいのが売れ残り始めたわね…」


「どれくらい減収したんだい?」


「小サイズは日に800個平民用に、1200個貴族用に卸してるんだけど、大体午前中には売り切れてたわ。それが、夜になっても300前後は売れ残ってるわね。これが昨日からだから、実質の損失は150万シルかしら。まぁ在庫になっただけで、捌ければ問題ないんだけど…」


「このドラゴンが売られ続けたら、うちのは売れなくなるだろうね」


「まずいじゃねぇか。小で1日の売上が、800個に5000シルだから…。40万シルぐらい?」


「桁が1つ足りないわよ。400万シルね。実際は全く売れなくなるってことも無いだろうし、日に200万前後減収ってところかしら」


 日に200万ということは、月6千万、年間にして7億シルほどの減収である。年間の総売上が5000億を超えるプロディジィウムにとっては、0.2%以下の減収。誤差範囲と言えなくもない。


「経営上のインパクトはそこまでじゃないか…。ということはミリティアが問題だと思ってるのは、別のことじゃない?」


 これが、リールであれば、0.2%の誤差しかも利益額ではなく売上の誤差となれば、大問題として早急に手を打とうとしたであろうが、数字にそこまで強くないミリティアは、別のことを問題視していた。


「正解。これだけの木細工を50シルで販売、しかもうちの商品が売れ残る程の数を作るなんて、人間には不可能よ」


「裏に魔物がいるね。トレントの姿じゃ物は売れない。となると魔物と人間が絡んでるか…」


「ドライアドでしょうね」


「だね。人間が絡んでるなら50シルなんて値段で売るはずがない。もしプロディジィウムへの嫌がらせだとしても、うちの10分の1の500シルで十分なはずだよ」


「売ってた人物の人相も確認したんだけど、間違いないわよ。緑髪に緑の瞳の美しい親子だって」


「間違いないね。でも、森の守護者がなんでこんな所で…」


「ちょ、ちょっと待てよ。ドライアドって希少魔物だろ?トレントみたいな姿って話じゃなかったのかよ」


「違うよ。ドライアドは髪と瞳が綺麗な緑色の人と変わらない姿をしてる種族だよ。一応、人とは違う種族だから、魔物といえば魔物だね」


「まじかよ。てか、なんでお前らは知ってるんだよ」


「これでも魔物園の【園主】と秘書だよ?知らないはず無いじゃないか。彼女たちは滅多に人と関わる事が無いから、間違った情報が多くて判断は難しいけどね」


「人と関わることが無かったから、適正価格もわからなかった、ってことか?」


「どうだろう?他に意図があるかもしれないし、ただお金が欲しかっただけかもしれない」


「どちらにしろ、本人に聞くしか無いわね」


「そうだね。で、居場所は掴めてる?」


「一応、昨日販売されてた場所は突き止めてるわ」


「よし、じゃ早速行ってみようか」


 3人はその場で『転移』を使い、プロディジィウム近くの広場へ移動した。昨日親子が木細工を販売していたというそこには、かなりの人だかりができていたが、当の親子の姿は見当たらなかった。


 夕刻過ぎまで待っていた3人だが、ドライアドと思われる親子は現れず、場所を移したと判断しその日は引き上げる事にした。




 その日以降、彼女たちの姿が目撃される事は無く、偽物の木細工(50シル)が販売されることも無かった。ティーリウスたちに謎だけを残し、彼女たちは姿を消した。それがまさかあの様な形で出会うことになるとは、まして、あんな目的の為に動いていたとは、この時の3人は全く予想もしていなかった。

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