フォード・ジャパン誘致へ
皇紀2584年9月9日 帝都東京
地元の次代を担う若い男女を中心とした数名が早朝の列車に飛び乗り帝都へ到着したのは9日の夜のことであった。
彼らの到着とともに陳情団は再び討議を始めた。
鉄道省の認可が下りなかった理由は以下の通りだった。
1、営業キロが中途半端
2、輸送人員予測が40年代をピークに下降線
3、貨物取り扱いの需要が40年代をピークにゼロ同然になる
4、沿線地区への道路整備予測
5、産業そのものが希薄
結果、不要不急路線であると判定されたのだ。この予測資料に地元から駆け付けた追加人員も納得せざるを得なかった。
「宇山さん、この予測では銀行はどげに判断するかね?」
町長である大和孝一郎は、地元銀行の代理人である宇山沙織に尋ねる。彼女は頭取である父親の代理として出向いている手前、ある程度の権限を委ねられている。
「町長、まずは落ち着いてください。あなたが狼狽えていては鉄道省と再度掛け合っても話を通すことが出来ないでしょう? 少し待ってください。この資料を精査し直しますから」
彼女は鉄道省謹製の資料を精査する。どこか鉄道省の決定を覆す材料がないか洗いなおす。
さすが鉄道官僚の仕事らしく、具体的な路線計画にまで文句を付けている。彼女は鉄道の専門家ではない為それについては口を挟める要素がなかった。
彼女が押し黙って資料を見直し始めてから一時間……。ある一行に光明を見出すことが出来たのだ。
「これは使えるわ……いえ、これしかないわね」
彼女の発した言葉に町長の息子である大和誠一郎は資料をのぞき込む。
「どれ?」
「誠一郎、顔が近い」
顔を赤らめて苦情を言う沙織だった。
「そうかい? たまに可愛いこと言うよね」
ニヤリと笑みを浮かべ揶揄う誠一郎の横っ腹に重い一撃が見舞われた。
「馬鹿……」
「ひどくないか? ……それでどれ?」
脂汗を流しつつも真面目な表情となった誠一郎は確認する。彼の表情が引き締まったことで本題に入れると認識した沙織は改めて問題の個所を指し示す。
「ここ……米国のフォード社が工場建設予定地として能義郡内を検討している……って書いてあるでしょう? これよ。これに賭けるしかないと思うわ」
「フォード……自動車のフォードか……あぁ、これなら確かに貨物輸送の需要が出てくるだろうね。無論雇用も確保出来る……」
うんうんと頷く誠一郎であったが、彼の父である孝一郎は難しい表情を浮かべている。
「二人とも……そげな広大な土地がどこにあーと思っちょる?」
孝一郎の言葉に陳情団の面々は頷く。
計画された沿線にはフォードの工場を設置出来るような広大な土地は存在しない。いや、あるにはあるが、そこは田圃や畑があり、そもそもその地主は鉄道建設反対派の元締めである。
この時、誰もが一つの場所に注目していたのだが、同時に反対派の巣窟と化している集落であることもあって実現性がないと考えていたのだ。
「恐らく皆が考えている通りでしょうけれど、西松井以外に適地はないわ。ここに工場誘致を進める方向で纏めましょう」
沙織がそう言うと賛成派の地主が意見を挟む。
「銀行さんの提案は正しいと思うがね、あの連中は頑固だけん……説得しても無駄だねか?」
「そげだわ。ちょっこし手狭になーかもしれんが、植田や西赤江でどげかね? 植田だったら距離があーけん貨物運賃を稼げるじゃろ?」
「いけん、いけん! 工場なんぞ温泉に近いとこに持ってくるなんて駄目だわ!」
まさに迷惑施設の押し付け合いの様相を呈してきた状況に沙織は口を開きかけていたが……。
「まぁ、皆さん、今ここで工場の誘致場所を確定させなくても良いでしょう。今やるべきことは工場誘致を引き受けてその貨物収入、旅客収入を算出して鉄道建設の許可を得ることですよ。そうでしょう親父殿?」
誠一郎が口を開いたことで沙織は黙った。
「誠一郎はずるい……いつもそうだ……」
沙織は何とも言えない表情で誠一郎を睨んだ。