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鉄道省、免許交付せず

皇紀2584年(1924年)9月8日 帝都東京 鉄道省仮庁舎


 一年前に関東大震災に見舞われた帝都東京は復興の槌音高く至る所が建設現場となっている。陳情のために上京した能義郡鉄道建設陳情団は前回の鉄道免許申請のために上京した折に見た光景と見違える帝都の光景に驚きの色を隠せなかった。


 丸の内地区の崩壊した建造物はその殆どが撤去され、プレハブという仮設建築物が更地になった土地に乱立し、そのすぐ隣では関東大震災で証明された耐震工法を採用した鉄筋コンクリート造の新しいビルが建設中であった。


 その一角には後に鉄道省新庁舎ビルが建設されている。だが、この新庁舎ビルは史実では35年始に着工し37年末に完工し、国鉄本社ビルとなりJR東日本本社ビルへと継承され97年まで使われたはずだが、史実よりも10年も早く着工している。


 鉄道建設陳情団はこの日、新庁舎ビルに隣接する仮設庁舎にて申請に対する鉄道省の回答を得るために上京したのだが、半ば帝都見物も兼ねているものであり、一行は申請は受理され免許は交付される前提であった。そのため彼らは物見遊山気分であったのだ。


「町長、帝都の復興は聞えちょったより早えなぁ。どげしたらこげ早う復興出来ーものだらー」


 今回初めて上京した役場の職員が陳情団長である広瀬町長に話し掛ける。


「そげなこと決まっちょー。陸軍のブルドーザーとえう機械が活躍したすこだわ」


 彼らの遠慮のない出雲弁の会話に東京駅ですれ違う人々はクスっと笑って生暖かい視線を向けて過ぎ去っていく。


 改札を抜けた一団は鉄道省から差し向けられた官僚の出迎えに挨拶をし、彼に従い仮庁舎へ向かった。


 仮庁舎の会議室へ通された一行はそれから暫く待たされた後に担当の官僚と接見した。


「さて、今回の陳情……鉄道免許の申請ですが、鉄道省としては鉄道の永続的経営に疑念が生じますゆえ、却下とさせていただくこととなりました……。陳情団の皆様方には申し訳ありませんが、改めて検討されるか、辞退されることをお勧めします」


 官僚からの回答を聞いた一行は皆一様に青ざめた表情となった。つい先程までの物見遊山気分が一気に吹っ飛び、お通夜ムードである。


「経営上の疑念とはどげなことかね……いえ、どういうことでしょうか? 以前、申請した時は免許は交付されるであろうという話でしたが」


 町長はあまりのことに標準語ではなく出雲弁で話し掛け、それに気付き標準語で改めて確認を取る。


 前回の上京時には同じ官僚から確約に近い言質を得ていたにも関わらず、今回の鉄道省の結論に納得が出来なかった。状況の変化がある余地はなかったからだ。


「落ち着いてください。状況が変化したのです。前回の時点では確かに交付をお約束出来ておりましたが、仙谷鉄道大臣からの命で急遽交付撤回となりました」


 官僚は交付撤回の理由を説明する。


「大臣は、米国企業を誘致することになり、それへの旅客、貨物両面の輸送に適正とは言えない現行の計画では輸送力が不足する以上認めるわけにはいかない。鉄道省は適正な水準の鉄道へ指導し、それに応えられないのであれば免許交付はあり得ない……と申しておりまして……」


「それは経営環境とは……」


 町長は反論しようとしたが、官僚は手でそれを制した。


「ええ、これは経営環境ではありません。が、大臣と大臣諮問の有坂総一郎氏は、近い将来の自動車社会の到来を考えると中途半端な営業距離で、将来に渡って輸送人員も期待出来ない状況では建設しても廃線はやむを得ないだろう……と申されまして……そうなりますと、我ら官僚としても予測を立てる必要がありまして、その結果を改めて出しましたところ……残念ながら50年以内に廃線の可能性ありと……」


 官僚は町長以下の陳情団にガリ版刷りの資料を配布し閲覧させた。


 その資料に記された数字を見た彼らは自分たちの予測した数字との乖離に驚き、同時に未来の暗さにある種の絶望を感じていた。


「以上の理由により、鉄道省としても不採算が確実で短距離な路線の認可は出来ぬと……そういうこととなります。では、私からは以上です……ご苦労様でした」


 官僚はそう言うとそそくさと会議室を出て行った。


 官僚の居なくなった会議室に残された陳情団一行は恐慌状態に陥って茫然自失であった。


「こぎゃんことではじげに戻れない。どげにかして申請を認めてもらわな!」


 陳情団を率いてきた広瀬町長は鉄道省仮庁舎の会議室で意気消沈している面々に檄を飛ばした。


「だども、どげす~か?」


「そげそげ、条件を受けえても、地権者が黙っちょらんで」


 彼らは地元を背負って上京しているだけに手ぶらで申請が通りませんでしたと帰ることは許されない。だが、地元の意向も確認しないまま二つ返事で条件を呑むわけにもいかない。


「え~から電報を打つだわ。今からなら夜行急行に間に合~けん。主だった者を上京させて協議す~しかね! どげにかして鉄道省を納得させ~手を考えな! じきがなかいに宿に戻~ぞ!」


 町長の一喝で陳情団はそれぞれの役割を思い出し動き出した。

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