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始まりの広野

「…………ついた、ここが王都か」


赤いマフラーをなびかせながら、青年は呟いた。


それと同時にものすごい倦怠感に襲われ、背筋をぐっと伸ばす。すると青年の背丈ほどある大剣が、カチャカチャと音を鳴らした。


「まったく……ここに入るだけなのに、思ったより時間を使っちゃいましたね」


アクビをしながら体を動かす青年の横で、世間一般的に「子供」と言われるほどの見た目をしている少年が言った。鼻の先についた絆創膏と、手の全体を覆い隠すほどの包帯。そして幼い見た目からは想像も出来ない風格が、今までの生活の壮絶さを物語っている。


「まあしょうがないだろ……王直々に呼ばれたとはいえ見た目は不審者だし、今はここもピリピリしてるだろうからな」


お昼時ということもあって、王都のなかは特に賑わいを見せていた。大人たちは食事所に向かい、その間を少年少女が走り抜ける。遠くでは大道芸でもやっているのだろうか、鳥の声に混じり歓声が聞こえた。


こんな平和を具現化したような場所で、ボロボロの服を纏い武器を携える青年たちは場違いのように思えた。しかし、それはあながち間違いでもない。町の人々は武器を持つ必要なんてないし、そもそも……持ったところで意味がないのだ。


「それにしたってやりすぎじゃないですか?最初にこれ見せても信じてくれなかったじゃないですか」


そう言って少年は、虚空に向かって指を突き出した。その瞬間そこには透明な画面が映し出され、二種類の文字が並ぶ。この世界で自分の身分とその熟練度を示す数値、すなわち「役職」と「レベル」だ。その他にも細かなステータスを表示したり自分の持っているスキルなども確認出来る。なぜこんなものが表示されるのか。確かまだ邪神族と天使族が戦争中になんだらかんたらと子供のときに教わったが、あいにく興味がなかったため覚えていない。


「まあまあ、結果として中に入れたんだからよかったじゃないか。約束の時間まではまだあるし、なんなら観光でもしていこうか?」


「なんでそんなにお気楽なんですか……王さまとの謁見ですよ?もうちょっと緊張感を持ってくださいよまったく……」


「はは、武道家は相変わらず固いなぁ」


「あなたが緩すぎるんですよ。まだ幼いとはいえ一国の王との謁見なんです。くれぐれも失礼のないようにしてくださいよ?………勇者さん」


勇者、その名は少年のことを指し、この世界で伝説とまでうたわれる「天職」の中のひとつだ。

この世界の人間が必ず一つ持っている「役職」。それは生まれながらにして与えられ、特有のアクションを行うことで熟練度があがっていく。例えば商人なら道具の流通を整備し、知識と持ち金を増やしたり、逆に戦闘職なら、モンスターを討伐することで熟練度が上がっていくというシステムだ。

そしてもう一つ、熟練度をあげていくことによって、役職が上位職に変化することがあるのだ。例えば隣の武道家だって格闘家の上位職だし、遺伝子的に産まれる「勇者」や「王族」と違い、誰だって明確な「生きる理由を見つけること」が出来ていた。


…………そう、つい100年ほど前までは。


俺の祖父さん………世界で初めて「勇者」となったその人は、奇しくも魔王の誕生と共に産まれた。先代の王から魔王討伐を任された祖父は4人の仲間と共に世界各地を渡り歩き、数多の敵を倒していった。世界で初めての勇者。頼れる歴戦の仲間たち。その力を合わせ、ちょうど100年前に魔王は封印された。


………そしてその瞬間、人々は生きる価値を失った。


魔王が封印される直前世界に広がった黒い光は人類全員に降り注ぎ、その役職を固定されてしまう呪いをかけられた。身分の低い下位職の人は、どれだけレベルが上がっても上位職になれず、上位職のものも転職を行えず、産まれたときから、まるで未来が決められているようなものだ。


「…………よし、じゃあ少し休憩しよっか。ずっと歩きっぱなしだったわけだしな」


そう言って勇者たちは、近くのカフェに向かった。綺麗なレンガで作られたおしゃれな外見と、普通はお目にかかれないような装飾品の数々。だがそんなことには目もくれず、勇者は壁に掛けられたメニューを凝視していた。


「………なあ、やっぱこのレットってやつ、意味不明すぎやしないか?」


ミルクやらクッキーやら、この店で作られているであろう商品の下に書かれている数字に勇者は首をかしげる。


「つい最近ここらへん導入されたシステムですからね……まあ王様が考えたことですし、意味はあるんでしょうけど」


そう言いながら、武道家は小さくて茶色い袋を取り出した。紐をほどくと、中から顔を覗かせたのは手のひらに何個も乗るような青色の結晶。それを二つ取り出すと、向かいでミルクを注いでいた店員に手渡した。


「どうやらこれで商品と交換できるっていう事らしいですね。僕たちがいた村で行われていた物々交換と同じですよ」


「っつったって、これ自信には価値もないし、誰もが持てるって訳じゃないだろ?…………モンスターの落とす結晶なん

て」


レット………最近この町で導入された「貨幣」と呼ばれているものを眺めながら勇者は呟いた。


「俺たちの村は商人と技術職のやつらが協力してただろ?そもそも農業とかも盛んだったし。こんなのが無くたってなぁ」


実は勇者は、小さい頃からその結晶をよく集めていた。自分がモンスターを倒した証拠に、その神秘的な輝きに、 一種のコレクションのような感じでずっと持っていたのだ。………ちなみに、あとあと全部数えたらこの町で一生生きていけるような金額だった。


「お待たせいたしました。モーギュラのミルクです」


話を続ける二人の前に、コトンと湯気のたったミルクが置かれる。モーギュラと言えば狂暴で一般人には手に終えないモンスターのはずだが、まさか店先で誰もが飲むことが出来るとは。


「あぁ~……うまいぃぃ……」


ほどよい甘さと滑らかなのど越し。自分で討伐して作るのよりも上品な味に頬が緩んだ。


「(………あの店員…すました顔してそうとうなやり手だな……!)」


そう思い、興味本意でスキルを発動する。目の色が赤みを帯び、集中力が研ぎ澄まされた瞬間、店員である少女の回りに様々な数値が出現した。

勇者が取得することの出来るスキルのうちの一つ、『洞極』。一目見ただけで、対象のステータスを見ることができる能力だ。自分よりレベルの低いもののみ、という欠点はあるが、残念ながらこの世界に勇者を越えるレベルのものはそうそういないだろう。勇者は幼い頃からの修行の末、すでに50レベルを越えていた。


「(レベル27………王直属の料理人になれるほどじゃないか…!)」


料理人や武器職人といった技術職の人たちは、レベルをあげるのが圧倒的に難しいと言われている。ただ同じものを作り続けるのではなく、新しい発見をし、知識や技術を身につける。しかしそのために必要な素材を、彼ら自信が集めることは不可能なのだ。………人々を傷つけるモンスターのお陰で生活がなりたつ人がいる。皮肉な世の中だと思ったが、その恩恵を一番受けている勇者たちはなにも言えない。


「(………ん?まさか……!?)」


突然テーブルに手を付き、前傾姿勢のような格好を取る。何事かと驚く武道家に見向きもせず、勇者は目を見開いた。

スキルレベル7、手先の器用さ92、賢さ88。技術職なら誰もが憧れるであろうステータスと実力。だがそんな数値に埋もれて隠れていたあるものを、勇者は見つけていた。


「(バスト75!?見た目からは想像も出来ない……着やせしてるとでもいうの……!)」


ドゴォォン!!


激しい衝撃ともに、頑丈なレンガ造りの店が揺れた。一瞬何が起こったのか分からないほどの出来事のなかで唯一見えたのは、テーブルに顔を埋め込む勇者の姿だった。


「神聖なるスキルを何て言うことに使ってるんですか!」


「ず……ずびばせん……!」


高い防御力を誇る勇者の体を持ってしても、先程の衝撃にHPが持っていかれる。自分の体の耐久度、生命の維持を確認するための数値として適用されているそれは、ダメージがあったときしか表示されないため中々見ることはなかったのだが、まさかこんな町中でやられるとは。


「お前……すげぇ力持ってんな……」


「仮にも武道家ですから……もうそんなことしないでくださいね」


二回りも体格の違う少年に、テーブルにめり込まされる勇者。ただでさえ武器を持って入店し注目を集めていたのだ。周りの視線が痛いほど集まる。


「……はぁ、お前も相当な人生送ってんだな……その年で今レベルなんだよ?」


「……つい先程、41になりました」


「味方殴ってレベルアップすんじゃねぇよ……てかだいたい武道家って」


「………おい、兄ちゃんちょっといいか?」


突然、勇者の後ろから屈強な男が声をかけてきた。さっきまでこそこそと何かを言うだけだったのが、注目を集めて鬱陶しかったのだろう。勇者の細腕とは比べ物にならない筋肉を見せつけながら、ニマニマと二人に近づく。


「ちょっと話が聞こえたんだがよぉ……お前らここにくるの初めてか?」


「あー……そうなんだよ!ちょっと田舎から来たもんでさ~」


勇者は口ぶりを変えることなく、頭の後ろに手を当てながら言った。どうやら男はこの辺りでも有名な暴れん坊のようで、店にいた客がざわめきはじめる。


「俺はこの町にすんで長いから、よかったら色々教えてやるぜ?」


「お、まじ!?いや~さんきゅ助かるよ」


「あぁ……まず……」


男がそう言うと、テーブルに置いてあったコップが吹き飛んで壁に激突した。破片がそこらじゅうに散らばり、甲高い破壊音と驚きの声があがる。


「俺をイライラさせんな。うるせぇんだよガキ」

男は二人を睨みながら言う。勇者の軽い態度に一層腹を立てたのだろう。その眉間には漫画とかでよくある怒りマークが付いていた。

まだ中身入ってたのに……そう思いながら肩を沈める勇者を、男は怯えていると思ったのだろう。わざとらしく肩を組み、勇者に顔を近づけた。


「それに勇者って呼ばれてたが………この町は平和なんだ。お前のような見かけ倒しの救世主なんていらねぇんだよ。まあ、いっちょまえに剣を持ってるだけで、その細腕じゃ使いこなせないだろうがな!」


「…………触るな」


「へ……?」


瞬間、男が先程のコップと同じように壁に激突した。パンッーーと手を払い、何が起こったか分かっていない男を見下す。


「この剣はお前が触っていいもんじゃないんだよ。それ、片付けとけよ…………そろそろ時間だし、行くぞ武道家」


そう言った勇者の目は、酷く冷たく、悲しそうだった。あっけに取られている男に見向きもせず、二人はそのまま店を出ていく。店の壁に掛けられた古作りの時計が、休憩の終わりを告げた。


・・・


「それでは、ここで少しお待ち下さい」


道なりにならぶ店の間をすり抜け、噴水のある広場を右へ。門を挟むようにして立つ兵士たちに許可を貰い、長い階段を上っていく。この街に住む以上どこにいても見えるような高い崖の上に、勇者たちが目指す城があった。そこの前にたち、再度そこを警備する兵士に事情を話す。

どうやら町の入り口にいる兵士は位が低かったようで、勇者が王に呼ばれたと言う話すら聞かされていなかったらしい。思っていたよりも簡単に、城の中まで入ることができた。


「………勇者さん」


「ん?なんだ?」


「…………僕たちが呼ばれた理由って、何なんですかね?」


王様の準備が整っていないということで、案内された部屋でくつろぎながら待つ。フカフカの椅子や豪勢に並べられたお菓子を目の前に、だが武道家の目は曇りついていた。


「そもそも僕は、勇者さんに『お前も付いてこい』って言われただけですし、本当に来てよかったんですかね?」


「ああ、それなら問題ないよ。むしろお前じゃなきゃダメだし、理由ももうすぐ分かるから」


クッキーを指先で回転させながら勇者は笑う。勇者と同じ村で育った武道家だったが、それだけで内心まで読み取ることはできなかった。


「で、でも……」


不安が混じったような武道家の声は、ノックの音でかき消された。振り向くと背丈の倍はありそうな扉の奥に、髭の立派な執事が立っている。


「王の準備が整いました。こちらへどうぞ」


「………遅かったな、行くぞ武道家。なあに俺がちゃんとお前も連れてこいって言われたから、怒られたりはしねぇよ」


「え、それって……てかいつの間に!?」


顔馴染みしかいないような小さな村で、隠し事なんて不可能に近い。それなのに王から連絡があったことも、勇者が王都に行ったと言う話もない。最近遠出したのは……そこまで考えて、武道家は思い出すことをやめた。無言のまま歩き続け、より豪華な扉の前に立つ。勇者が一息つき両手でそれを開くと、強い光が二人を包み込んだ。


「…………よく来たな、勇者たちよ」


城の外見に見劣りしない装飾のついた服。王族のみがつけられると言う王冠と一糸乱れずに並ぶ兵士たちが、まるで一枚の絵のような風格を示す。


「………はじめまして、王様」


勇者は含みのある笑顔で、王を見返した。この国で一番偉い存在なのに、ふてぶてしい態度は変わらない。その横では武道家も同様に、ただ呆然と立ち尽くしていた。


「………この人が………王様……?」


茶色い髪は首もとまで伸び、細身の体はマントのようなもので隠れている。頭のてっぺんから足の先まで綻びのない服装は、だが……


「…………子供?」


小さすぎる身長のせいで、全てが台無しになっていた。

よくみると靴は厚底になっていて、それでも足りずにマントを引きずっている。齢13歳の武道家から見ても子供と言えるほど、目の前に立つ王は幼かった。



「…………まずは先日のモンスター討伐、ご苦労だった」


年齢の事を気にしているのか、王は気まずそうに咳払いをひとつして言った。最近モンスターが村を襲って被害が出ていること、勇者が防衛に呼ばれ、その時王に呼ばれこと。何も知らない武道家はいつの間に……と勇者のほうを見るが、当の本人はただ笑うだけだった。


「被害と言うのも、何も畑が荒らされたり金品を奪われたりという物ではない。………死人だって確認されている」


王は目を細目ながら、下を向いて言った。幼いといっても、ちゃんとした王族なのだ。その表情は悲しみに染まっていた。


「………私は、それが魔王復活のせいだと考えている」


その言葉に、部屋に警備として集まっていた兵士たちがざわついた。みんな初耳だったのか、武道家はおろか、勇者でさえも目を見開く。


「100年前に封印されたという魔王……あいつのもつ魔力がモンスターを生み出しているという研究結果も出ている」


道理で、どれだけモンスターを倒しても被害が減らないわけだ。それにしても、研究内容といい、レットという新システムの導入といい、王がとても優秀であることにも驚く。魔王復活というのも、間違いではなさそうだ。


「…………勇者よ、ぜひ魔王を倒し、世界の平穏を守ってはくれないか?」


一国の王として、一人の人間として。その声にはどんな言葉よりも力がこもっていた。兵士や大臣、王や武道家の視線は勇者に集まり沈黙が生まれる。ヘラヘラと笑っていた勇者も口に手を当てながら、ゆっくりと、答えた。


「え?………嫌だよめんどくさい」


「「………はぁ!?」」


まるでせき止めた水が流れるように、城内にざわめきが広がる。

兵士たちは耳を疑い、王はさっきまでの2倍ほどに目を見開く。大臣に至っては……もはや表現のしようもない。


「ちょ、ちょっと勇者さん、何いってるんですか!?」


「いやだってめんどくさいし……モンスターなら俺らが討伐すればいつも通りだし?」


自分のことしか考えていない言葉を並べる勇者に、武道家は驚きを越えて殺意を感じた。相変わらずヘラヘラと、さも当然のように言うから、たちが悪い。


「そ、そんなことを本当に思っているのか!?大勢の市民が、すでに犠牲になっているのだぞ!?」


「そんなの俺に関係ないしなぁ……」


目に涙を浮かべて頼み込む王様を、だが勇者は冷たく一蹴する。言葉を重ねることに、二人を取り巻くざわめきは大きくなっていった。


「それに、100年前の勇者……俺のじいちゃんでさえ【封印】しか出来なかったんだろ?俺らなんかが頑張ったって討伐なんか出来るわけないだろ」


勇者の言葉が、残酷なほどに心に突き刺さる。何かの間違いであってほしかった。いつものように、冗談を言っているだけであってほしかった。そう思って耐えていた武道家の手には、強く握りしめたせいで血が流れていた。


「……勇者さん、それ本気で言ってるんですか?」


「ん?本気も本気だぞ?お前だって、人生全てを殺し合いで終わらせたくないだろ?」


「……ふざけるな!」


気がつくと、武道家は勇者の胸ぐらを掴んでいた。身長差のせいでバランスを崩してしまうが、今なら確実に、勇者のことを殴れる距離だ。


「アンタは、傷ついてる人を助けたいと思わないのか!?困ってる人を、安心させたいとは思わないのか!?勇者なんだろ!?」


「思わねぇよ、だって…」



「…………赤の他人なんだから」


何かが、壊れる音がした。


それが城の頑丈な壁で、武道家の理性で、それに気がつかないまま瓦礫に埋もれる勇者を見下ろす。その目には、温もりなど感じなかった。


………見損なった…!


拳を握りながら、一歩一歩勇者に近づく。勇者は目をつぶりながら、少しも動こうとはしなかった。

王も兵士も、誰も止めようとはしない。目の前で起こっていること、起こっていたことが、いまだに信じられないから。


「……………なにか、弁明は?」


その問いにたいしても、勇者は無言を貫いた。それが答えだと受け取った武道家は、もう一度大きく腕を上げて、勇者のもとへ降り下ろそうとした。


「ーーーやめんか」


突如、武道家の腕が残り数センチのところで止まる。その言葉に失いかけていた理性を取り戻したのかのように。はたまた、止める気は無かったが、「体が動かなくなった」かのように。


「いつまでそうして駄々をこねる気じゃ?のう………クレハ」


クレハと呼ばれた青年……勇者はガレキを押し退けて、平然と立ち上がった。その人の生命力を、体の状態を表示する体力ゲージも平常のままだ。コキコキと首の骨を鳴らしながら、クレハは声のするほうへ歩いていく。まだ充分に体が動かない武道家は、しかしそれを目だけで必死に追った。よく見ると、王の後ろにいつの間にか人影がある事に気づく。


「ほ、星見術師さま!」


誰かが大声をあげた途端、そこにいた兵士全員が膝をついた。王よりも、誰よりもこの人を敵に回してはいけないことを、この国の誰しもが知っているからだ。

【星見術師】ーーー下級職である占い師と、そのじ上級職である預言者を極限まで極めたものが稀に習得することが出来るという「幻職」という部類のものだ。

運命を巡り、世界を見て回ることが出来るという星見術師は汎用性に長け、勇者と共に伝説として語り継がれてきた「5人の幻職者」の中の一人としても数えられている。


だがそんなことを知ってか知らないでかクレハの足は止まることなく動き続け、やがて術師の目の前まで近づいた 。普段は目にしないだろう役職同士の対峙に、自然と辺りに緊張が走る。


「お久しぶりです。………お婆様」


「そんなにかしこまらくてもよい。それより、先程の発言は聞き捨てならんな」


兵士と同じように膝をつくクレハは、とても神妙な顔をしていた。双方の言葉にどれほどの意味が籠っているかは分からないが、想像をはるかに越えるほどのものだとは誰もが分かる。


「すいません、ですが他人のために自分を犠牲に、という考えは私には…」


「誰もそんなこと言っておらんじゃろう。魔王の復活、化け物共の暴走……お主の身にも関係のある話じゃろ?」


「確かにそうですが……」


「…………まだ、人間のことを恨んでいるのか?」


ブンッーー!

と、不気味な風がクレハの頬をなぞった瞬間、辺りから人の気配が消えた。気がつくと部屋を埋めるほどの兵士の姿は消え、武道家とクレハだけが、一年ぶんの真っ白な空間に佇んでいた。


「…………どうゆうことですか?勇者さん」


ようやく自由になった体を動かし、武道家はクレハに近づいた。神妙そうな、それでいて何かを堪えているような。複雑な表情のクレハは、何も答えようとはしない。


「お主の身に起こったことは全て知っている。そんな感情を抱くのも無理はないだろう…」


何もない空間から、星見術師の声が聞こえる。伝説とまで唱われる幻職の手にかかれば、こんなことまで可能なのか。


「全て知ってるなら、なんでこんなことを強要するんですか!俺は別に、他人を助けたいなんて思ってない!」


「この……!」


「人類を見捨てる」……そう言い張ったクレハに、ふたたび武道家は怒りを感じた。まだヒリヒリと痛む拳に、いっそう力が入る。


「…………そうか。それもお前の考えじゃ、否定はしない。だが……」


目の前にどこからか光が集まり、人の形が作られていく。



「…………お前の父親は、最後までその「他人」を信じていただろう?」


「……………ッ!!」


クレハの父親………前勇者の話はあまり世間では知られていない。なぜならその人が生きている間は、………あまりにも平和過ぎたから。


「もう一度言う。お前は別に、他人を助け無くていい。ただ自分のために………お前に全てを託した父親のために。魔王を倒しておくれ」


クレハの父親は、とても心の優しい人間だった。勇者の血が役に立たなくても、持ち前の筋力や体力で人の役に立ちつづけた。その父親が、常日頃から言っている言葉が、………例え病気で床に伏せていても唱えつづけた言葉があった。


「…………自分の手が届く、全てが幸せに」


自分の言葉と、あのときの父親の言葉が、クレハの頭のなかで重なった。

背中に携えていた剣に手をかけ、思いきり振り回す。勇者の力を込めた一撃は全てを一閃し、揺らいだ空間の奥には先程までいた王室が見える。やがてその二人を包んでいた空間は消え、再び王様と、星見術師の姿が見えた。


「…………やってやるよ、魔王討伐を」


そう呟いた青年の目は黒く、だが決意の念に溢れていた。その言葉を待ってたと言わんばかりに、兵士たちから歓声があがる。


「よく言ったな、クレハ………いずれ世界を救う、勇者の誕生じゃ」


どこか懐かしむような表情をしながら、星見術師は優しそうな笑みを浮かべる。大きくなったクレハを見るその目の裏には、かつて同じように魔王討伐へ向かった友人の姿があった。


「…………して、お主はどうするのじゃ?」


「へっーー!?」


突然声をかけられて、武道家は間抜けな声をあげた。今までいないような扱いをされていたのでお年寄りの星見術師には見えていないのではと思っていたがそうではないらしい。………複雑だ。


「僕は…………」


クレハを一見して、武道家は大きく息を吸った。

……本当に、この言葉を信じていいのだろうか。

もしかしたらこの場から離れるために、嘘をついたのではないのだろうか。そんな疑念が、頭にこびりついて離れない。………だがーー


「もちろん付いていきます。勇者さんを監視するためにも。………世界を守りためにも」


危険な旅になるということはわかっている。それでもそう思えたのは、きっとどこかで勇者をまだ信用しているからだろう。自分だけ指をくわえて、事の終わりを待つなんて出来なかった。


「….じゃあこれが、勇者一行の旅の始まりじゃの」


その言葉を合図に、王室では宴が開かれた。豪華な食事に輝いて見える出し物の数々。クレハたちの住んでいた小さな村では話にも聞くことさえ出来ない催しは、日が落ちて夜が明けるまで続けられた。










































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