第五章~光人の過去~
「あーヤバい、食いすぎたかも」
「あんなに大きいハンバーグ、二個も食べたんだからそりゃお腹いっぱいにもなるよ」
光人さんは自分の分のハンバーグを食べた後、私が残したハンバーグも食べた。
かなり大きかったんだよね、あの店のハンバーグ
「実質は一個半だよ」
「それでも、一個以上食べてることに変わりはありません」
変なところ細かいんだから。
「桃果、病気になってからちゃんとご飯食べてるか?」
「え?」
さっきまでお腹を抑えて苦しそうにしていた光人さんは、真剣な眼差しで私を見ていた。
“光人さん”じゃない。今は“新崎先生”なんだ。
「食べて、ますよ。お母さんが毎日ご馳走作ってくれるんです」
「ふぅん。なら良いけど」
答えたのに、とても薄い反応だった。
何よ、心配してくれたのかと思って少し期待したのに。
「病気になった人も、健康な人も、ホームレスも、みんな同じ人間なんだ」
光人さんは、私じゃなくて小動物を見ながら笑う子どもたちを見ながらゆっくりと語り始めた。
“光人さん”に戻ったみたい。
「あんな風に笑う子どもたちも、それを見守る親も、動物園に来られないくらいお金がない人も、自由に生活できない人も……みんな同じ人間なのに、どうして差別なんて言葉があるんだろうな」
「光人さん……」
過去に、何かあったのかな。
光人さん、とても辛そうな顔してる。
「俺がどうして医者になったのか、桃果分かる?」
私は首を横に振った。
大体の予想はついた。
でも、適当なことを言ったりしたら失礼だと思ったんだ。
「俺、小学校四年生の時に親亡くしてるんだ」
「え!?」
まさかの打ち明け話に、思わず大きな声を出してしまった。
だって、光人さん親を亡くしたようには見えないから。
「丁度桃果と同じ病気だった。段々体が動かせなくなっていって、もがく母さんを見てるのが辛くて、家にあまり帰らなかった」
「それでも、母さんはたまにしか帰らない俺を怒らずに怖い思いさせてごめんねって謝ったんだ」
「それで、俺初めて分かった。本当に辛いのは病気になった本人なんだって」
ゆっくりと話してくれる光人さんから目を離すことができなかった。
今は空を見上げていて、その横顔はまるで亡くなったお母さんを青空に映しているようで。
私も同じように空を見上げた。
「母さん、本当に一歩も歩けなくなるまで、自分の足で歩いていたんだ。だから、車椅子生活になる直前は歩くのがめっちゃゆっくりで、何をするにも時間がかかった」
「けど、みんなと同じことがしたいって言いながら、一人で出かけたりしてた。周りにジロジロ見られても、笑ってたんだ」
私、そんなに強くなれないよ。
今は自由に動かせる体も一年後には動かなくなっていくかもしれないんでしょ?
そうなったら……そうなったら私……。
「母さん、よく言ってた。健康な人も病気の人も同じ人間、同じ世界に生きてるんだって。色んな人がいて世界は成り立っている」
「自分と同じ病気の人の役に立ちたいって言っていた。だから、40歳近いのに人の役に立つ仕事がしたいっていう夢を持ってさ。叶わなかったけど」
そっか。だから、光人はお医者さんになったんだ。
人の役に立つ仕事がしたいっていう、お母さんの夢を叶えるために。
「ごめんね、デート中にこんな話しちゃって」
「あ、ううん。大丈夫。一度、聞いて見たかったから」
急に“光人さん”に戻るから、着いて行くのが大変。
「へぇ。俺の過去に興味あるんだ?」
「そ、そういうことじゃなくて……!」
そして、急にからかってくる!
本当に大人なのかなって、思ってしまう。
「じゃなくて……何?」
「だ、だからその……どうしてお医者さんになろうと思ったのか、気になっていただけで、別に光人さんの過去に興味があるわけじゃ……」
なんか言い訳っぽくなってきたよ。
「ま、それで良いや。じゃ、最後にあれ乗ろうか」
光人さんは私の様子を見兼ねたのか、話を逸らしてくれた。
そして、光人さんが指を刺したのは
「観覧車?」
結構大きな観覧車だった。
「動物園とか遊園地デートの最後は観覧車でしょ?」
いやいや! そんなの聞いたことないし!
そもそも動物園に観覧車なんてある!? 普通!
「何慌ててるの? あ、もしかして密室に二人きりとかで緊張してる?」
「ち、違う……!」
高い所が苦手だからそれで……って、え? 二人きり……?
「ああ!」
そ、そっか! 観覧車の乗るってことはゴンドラに光人さんと二人で密室に……。
ど、どうしよう。想像したら、急に恥ずかしくなってきた。
「急に大きな声出すなよ。ビックリするだろ」
「ご、ごめんなさい」
「さ、乗るよ」
「あ、うん……」
断る理由も見つからなくて光人さんに着いて行くしかなかった。
観覧車って乗車時間は大体長くても十分くらいだよね?
だ、大丈夫。十分くらい我慢できるよ。