第四章~母親の話~
ハムスターを見終えて、時間的に昼食時間ということもあり光人さんと来たのは動物園内のレストラン。
と言っても何件ものレストランがあって、どれか選ばなきゃいけない。
「んー、カレーも捨てがたいし……ハンバーグも捨てがたいなぁ」
そんなに食べる方じゃないから、どれか一件に絞らなくちゃいけないんだけど……
どれも美味しそうで選べないよぉ!
「どうしよう、光人さん……って、あれ?」
助けを求めようと光人さんの方を見てみると、そこに光人さんの姿はなかった。
も、もしかして私この年で迷子?
うぅ。光人さんの携帯番号くらい聞いておけは良かった。
こういう時に下手に歩いちゃダメなやつだよね。
待っていれば、光人さん来てくれるのかなぁ。
そう思いしゃがみ込んだ瞬間、光人さんがハンバーグ店から出てきた。
あそこのお店、私が迷っていたお店だ。
「桃果。ここ、桃果が好きなメニューがあるんだよ。入ってみないか?」
私の好きなメニュー?
どうして、光人さんが私の好きなもの知っているの? 言ったことないのに。
不思議に思いながらも、光人さんとハンバーグ店に入った。
光人さんは店員さんと親しげに話している。
知り合い、なのかな?
私の分もいつの間にか頼んでいたみたいで、店員さんは光人さんの頭を少し下げて厨房
へと姿を消した。
「あの、光人さん。私の好きなメニュー、どうして知っているんですか?」
どうしても気になったから聞いてみた。
だってやっぱりどう考えてもおかしいもん。
「俺、何の仕事しているんだっけ?」
「え? お医者さん、でしょ?」
どうして今そんな当たり前のことを聞いてくるの?
「そう。だから、患者のプロフィールは覚えなくちゃいけないわけ」
「え、でも好きな食べ物なんて書いていないよ?」
ますます分からないよ。
頭が混乱してきた。
「今後の治療のために、聞いたんだよ。桃果のお母さんから」
「え、そうなの!?」
お母さんってば、私のことなんだから私の許可を取ってから教えてよね。
というか、光人さんも私に聞いて来れば良いのに。
「うん。だから、知っていたんだよ。ごめんな、勝手に調べるみたいなことして」
うっ。
その顔は反則だよ、光人さん。
そんな捨て犬みたいな顔されたら……
「べ、別に良いけど」
って言わざるをえなくなるじゃないか。
「あ、もしかして照れている?」
ドキッ
だから、耳打ちもダメだってばぁ!
「わっ!」
思わず、光人さんを突き飛ばしてしまった。
光人さんは私に突き飛ばされた勢いで尻餅をついて痛そうにしている。
「あ、ご、ごめんなさい!」
慌てて光人さんに駆け寄った。
照れ隠しとはいえ、強く突き飛ばしすぎたかな。
「お前、本当に病人か?」
でも、光人さんは怒るでも痛がって泣くわけでもなく笑っていた。
まるでお笑いの番組を見ている時みたいに。
「たく。こんな力の強い患者は初めてだよ」
光人さんは何事もなかったかのように、明るく笑って立ち上がった。
本当に何ともないの?
「あ、あの、痛くないの?」
「んー、まぁ痛いかなぁ。けど、桃果が元気なことが分かったから痛さなんてあんまり感じない」
ドキッ
どうしてこの人はいつもいつも……。
「もうすぐ頼んだメニュー来るよ。席座ろうぜ」
「う、うん……」
この心臓の高鳴りも、病気のせいってことにできないかな。
緊張しながら、私は光人さんと食事をしたのだった。