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第三章~初めてのデート~

それから、私はデートに向けて必死にリハビリを続けた。


 病院以外でも、家や学校で誰も見ていない所で必死にリハビリをした。


「最近頑張っているね、桃果ちゃん」


 久しぶりの診察の日。病気を申告してくれた中条先生 が言った。


「ありがとうございます。私、これからも頑張ります」


「心強いなぁ。桃果ちゃんを見ていたら、自分もやらなければって気になるよ」


「えへへ」


 中条先生のやる気の源になっているんだ。


 自分のやったことが知らないうちに、誰かを励ましているんだと思うと嬉しい。


 もっともっと、頑張ろうって気持ちになる。


 そして、夏休みのデート当日。


「新崎先生!」


 動物園の前で待っていると、黒の半袖を着て紺色のジーパンを履いた新崎先生が走って来た。


「ここでは先生はやめろよ」


「じゃあ何て呼べば良い?」


「うーん。光人、とか?」


「え、無理だよ!」


 いきなり呼び捨てなんて、そんな大それたことできないよ!


 それに、人生で初めてのデートなのに!


「じゃあ、今日のデートは中止かなぁ」


「え、嫌!」


「じゃあ、名前」


「う……」


 ずるい。年上だからって、からかうなんて。


「あ、あき、と……さん」


 うう、恥ずかしい。新崎先生の顔見られないよ。


「何? 桃果」


「っ!」


 耳元で囁く新崎先生の声に、顔は真っ赤。


 何で、この人はこんな恥ずかしいことを平気でできるの?


「じゃ、行くか」


 差し出された新崎先生の手を握って、一緒に歩き出す。


 今日は、楽しめるかな?


「見たい動物とかある?」


「うーん……」


 動物園なんて小学校の時以来だから、久しぶりすぎて何から見ていたのか忘れてしまった。


「じゃあ、俺の見たいやつからで良い?」


「あ、うん!」


 新崎……光人さんが連れて来てくれたのは、小動物と触れ合える体験広場だった。


小さい子どももたくさんいたけど、私と同じくらいの年齢のカップルもいた。


「俺さ、中学の頃にハムスター飼っていて滅茶苦茶可愛がっていたから、死んじゃった時すげぇショック受けてさ」


「今でも夢でそのハムスターが出てくるんだよ」


「へぇ。なんか光人さんがハムスター飼っているの想像できないなぁ」


 光人さんって、小動物好きだったんだ。


 なんか意外というか、可愛い。


「うるせぇよ」


「ふふ」


 光人さん、顔真っ赤だ。


「良いのかよ。触って来なくて」


「あ、触る!」


 慌てて広場の中へ入る。


 でも、小動物が驚いてしまうので走らないでください、と係員の人に怒られてしまった。


「そんな慌てなくても」


 恥ずかしいから光人さんに返事をしないまま、ハムスターにそっと近寄った。


 少し疲れているのか、係員の人が連れて来てくれたハムスターはとても眠そうだった。


 でも、可愛い。


「可愛いだろ、ハムスター」


「うん!」


 私の横まで歩いてきた光人さんに、満面の笑顔で頷く。


「知っているか? ハムスターって、ほとんど目が見えないんだ」


 光人さんは私の隣に座って、私の足の上にいるハムスターを見ながら言った。


「そうなの?」


「ああ。ハムスターの視界はたった20センチ。世界が2Dで見えている」


 光人さんがハムスターを見ながら説明してくれた。


 周りの女子みたいに可愛い! と言って見ているんじゃんくて、ただまっすぐにその小動物を透き通った瞳で捉えていた。


 昔飼っていたハムスターのこと、思い出しているのかな。


 そんな中で生きているんだ。


 こんな小さな体で、目も悪くて。大きな動物にだって狙われるだろうし。


 それでも頑張って生きているんだ。自分が幸せになれるって信じて。


「光人さん、私頑張るよ」


「え?」


 病気だろうと何だろうと、私が生きていることに変わりはない。


 ここで立ち止まってはいけないのだということを、この小さな命が教えてくれたのだ。


「病気になったことは凄く悲しいけど、頑張って生きていかないとね」


「病人の私にも、できることがあると思うから」


 そう言うと、光人さんは私の頭を撫でてくれた。


「強いな、桃果は。お前見てたら、俺も元気出てきた」


 光人さんがそこで笑った。


 でもそれは、いつも他の患者さんに見せている軽い感じの笑みじゃない。


 その瞳には、意志の光が宿っていた。


「桃果。俺も……仕事頑張るよ」


「う、うん」


 なんか光人さん、様子がおかしい。


 何かを決意したような、何かを捨てて新しい道に踏み出そうとしているようなそんな表情。


 ……私、もしかしたら光人さんのこと何も知らないのかも。



 ハムスターを見終えて、時間的に昼食時間ということもあり光人さんと来たのは動物園内のレストラン。


 と言っても何件ものレストランがあって、どれか選ばなきゃいけない。


「んー、カレーも捨てがたいし……ハンバーグも捨てがたいなぁ」


 そんなに食べる方じゃないから、どれか一件に絞らなくちゃいけないんだけど……


 どれも美味しそうで選べないよぉ!


「どうしよう、光人さん……って、あれ?」


 助けを求めようと光人さんの方を見てみると、そこに光人さんの姿はなかった。


 も、もしかして私この年で迷子?


 うぅ。光人さんの携帯番号くらい聞いておけは良かった。


 こういう時に下手に歩いちゃダメなやつだよね。


 待っていれば、光人さん来てくれるのかなぁ。


そう思いしゃがみ込んだ瞬間、光人さんがハンバーグ店から出てきた。


 あそこのお店、私が迷っていたお店だ。


「桃果。ここ、桃果が好きなメニューがあるんだよ。入ってみないか?」


 私の好きなメニュー?


 どうして、光人さんが私の好きなもの知っているの? 言ったことないのに。



 不思議に思いながらも、光人さんとハンバーグ店に入った。


 光人さんは店員さんと親しげに話している。


 知り合い、なのかな?


 私の分もいつの間にか頼んでいたみたいで、店員さんは光人さんの頭を少し下げて厨房

へと姿を消した。


「あの、光人さん。私の好きなメニュー、どうして知っているんですか?」


どうしても気になったから聞いてみた。


 だってやっぱりどう考えてもおかしいもん。


「俺、何の仕事しているんだっけ?」


「え? お医者さん、でしょ?」


 どうして今そんな当たり前のことを聞いてくるの?


「そう。だから、患者のプロフィールは覚えなくちゃいけないわけ」


「え、でも好きな食べ物なんて書いていないよ?」


 ますます分からないよ。


 頭が混乱してきた。


「今後の治療のために、聞いたんだよ。桃果のお母さんから」


「え、そうなの!?」


 お母さんってば、私のことなんだから私の許可を取ってから教えてよね。


 というか、光人さんも私に聞いて来れば良いのに。


「うん。だから、知っていたんだよ。ごめんな、勝手に調べるみたいなことして」


 うっ。


 その顔は反則だよ、光人さん。


 そんな捨て犬みたいな顔されたら……


「べ、別に良いけど」


 って言わざるをえなくなるじゃないか。


「あ、もしかして照れている?」


 ドキッ


 だから、耳打ちもダメだってばぁ!


「わっ!」


 思わず、光人さんを突き飛ばしてしまった。


 光人さんは私に突き飛ばされた勢いで尻餅をついて痛そうにしている。


「あ、ご、ごめんなさい!」


 慌てて光人さんに駆け寄った。


 照れ隠しとはいえ、強く突き飛ばしすぎたかな。


「お前、本当に病人か?」


 でも、光人さんは怒るでも痛がって泣くわけでもなく笑っていた。


 まるでお笑いの番組を見ている時みたいに。


「たく。こんな力の強い患者は初めてだよ」


 光人さんは何事もなかったかのように、明るく笑って立ち上がった。


 本当に何ともないの?


「あ、あの、痛くないの?」


「んー、まぁ痛いかなぁ。けど、桃果が元気なことが分かったから痛さなんてあんまり感じない」


 ドキッ


 どうしてこの人はいつもいつも……。


「もうすぐ頼んだメニュー来るよ。席座ろうぜ」


「う、うん……」


 この心臓の高鳴りも、病気のせいってことにできないかな。


 緊張しながら、私は光人さんと食事をしたのだった。



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