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第一章~病魔~

鼻に刺す消毒液の匂いで私は、目を覚ました。


「桃果! 気が付いたのね!」


 目を開けると同時に、お母さんのホッとしたような声が耳に入った。


 ここ、病院?


 そうだ。私、確か学校の階段で落ちたんだ。


 「点滴打ったら今日は帰れるそうよ」


 “今日”は? どういう意味?


「今日はって?」


 私がそう聞くと、お母さんは悲しそうな顔をしていた。


「高校生にはよくあることなんだけどね、自律神経のバランスが崩れているんだって。だからリハビリをするために、これから週に一回病院に通うの」


 じゃあ、今まで足が思うように動かなかったのは、それが理由??


「治るの?」


「もちろんよ。ちゃんとリハビリして薬も飲めば、すぐに治るわよ」


 良かった、なんて言えなかった。


だってお母さんは、そう言いながら涙を堪えていたから。


 でも、証拠もないのに私は重い病気なんでしょ、なんて言える勇気もなかった。


「そっか。私頑張るね」


「うん。頑張ろうね」


 お母さんにこれ以上何も聞くことが出来ず、お母さんに笑顔を向けた。それが逆にお母さんを苦しめていたのかな。


 次の日から早速私はリハビリを始めた。


「桃果ちゃん。リハビリって言っても、難しく考えなくて良いよ。体育とかでも最初にストレッチとかするよね。あんな感じでやってくれて良いから」


 私のリハビリを担当してくれる小池先生が言った。


「はい。あの、よろしくお願いします」


「桃果ちゃんは礼儀正しいね。よろしく」


 小池先生は昔ラグビーをやっていたらしく、体がごつい。握手をした右手も、ごつくて男の人って感じだ。


 リハビリは本当に小池先生が言っていた通り、体育の最初にするストレッチみたいなもので、全然苦痛じゃなかった。体育は得意だから。


「よし。じゃあ、今日はここまで。次は来週の木曜日だけど来られるかな?」


「はい。大丈夫です」


「よし。じゃあ、また来週ね」


「はい。ありがとうございました」


 小池先生にお礼を言って、私は荷物を持ってリハビリをしていた部屋を出た。


「新崎先生。今日もカッコイイ!」


「私の主治医になって!」


 部屋を出ると、この病院の入院患者が騒いでいた。病人なのに、元気だなぁ。


「静かに。ここ、病院だから」


 患者に騒がれていた白衣を着たお医者さんが、彼女たちに言った。


「キャー!」


 静かにって言われているのに、より一層うるさくなる彼女たち。本当に病人?


「ああ。彼は新崎光人あきと。この病院のアイドルみたいな奴だよ」


 小池先生が、部屋の入口に佇む私に言った。


「あ、アイドル?」


 病院でアイドルなんて言葉を聞くとは思っていなかった。


 でも確かにアイドル並みの騒がれ方だよね。


「女性患者と看護師からしたら、あのクールな感じがたまらないらしい。俺はまったく分からないけどね」


 小池先生が、少し悔しそうに言った。


「そ、そうなんですか」


 私は話について行けず、ただ女性患者に騒がれる医者を見つめるばかり。


「桃果ちゃんはイケメンとか興味ないの?」


「興味がないわけではないんですけど……」


 カッコイイとは思う。でも、好きとは違う気がする。


「そっか。桃果ちゃんみたいなタイプ、ここでは珍しいな。みんな光人目当てだからなぁ。桃果ちゃん。リハビリ頑張ろうね!」


「はい」


 小池先生は笑顔で、私にそう言ってくれた。


 でも、私はこの時まだ気づいていなかった。この笑顔に隠された本当の小池先生の気持ちを。


 翌日。学校に行くと、恵と友が私の所に走って来た。


「桃! 大丈夫!? 昨日休んでいたし」


 あ、そういえば連絡しなきゃいけないことを忘れていた。朝急に、リハビリって言われたから。


「うん、大丈夫。ごめんね、心配かけて」


「そんな! 私たちのことは良いの!」


 友だち想いで優しい恵には、いつも頭があがらないなぁ。


「桃果。寂しかったよ!」


 友も私のことを心配してくれていたらしく、眩しい笑顔で私を抱きしめた。


「ありがとう、友」


 最高の友だちを持ったなぁ。私、ここから離れたくない。


 あれ? 何でこんなことを思っているんだろう?


「あ、そうだ。昨日のノート桃の分を取っておいたから、渡すね!」


「あ、私も!」


 恵と友がそう言って、自分の席の机の中からノートを取り出し、私に教えてくれた。


 私、本当に幸せ者だね。


 恵と友のおかげで、授業が分からないということはなかった。まぁ、昨日は授業の初日だし、これからの予定とかが大半だったのかもしれない。


「一昨日行けなかった喫茶店行くよ!」


 恵が私と友に言った。


 そういえば、そんな約束をしていたなぁ。それで私が階段から落ちて、行けなくなっちゃったんだよね。何だか申し訳ない。


「ごめんね」


「へ? 何が?」


 私がそう言うと、恵は不思議そうな顔をしていた。


「桃果は気にしすぎだよ。私たち、そんなに心狭くないから」


 友が少し怒りながら言った。


「ああ、そういうことか! 気にするな! 友だちは心配するのが普通なんだから!」


 恵は友の言ったことで、私が謝った理由が分かったのか、笑顔でそう言ってくれた。


 本当に良いの?


「そんな暗い顔をして喫茶店に行ったら、美味しいケーキも不味くなるよ」


「そう、だよね! ありがとう、二人とも!」


 友だちに心配はかけたくない。そういう気持ちは私の間違いだったみたい。

恵と友には、体のことも話せそうな気がする。


 今日は無事に喫茶店に着いて、ホッとする。またこけたら、どうしようかと思った。


「これ! このお店で一番美味しいケーキだよ!」


 恵は嬉しそうに言った。恵は甘いものに弱い。私もだけど。


「へぇ。美味しそう」


 友は甘いものとか食べるのかな? 私の勝手なイメージだけど食べなさそう。


 私たちはお店に入って、恵のオススメのショートケーキを注文した。


 しばらくして、三つのショートケーキが運ばれて来て、それぞれ口に入れた。


「ん、うま、これ」


「でしょ!」


 友の小さく呟いた感想に、恵は過剰に反応した。


 本当に甘いもの好きなんだなぁ。


「桃は? 美味しい?」


「うん。美味しいよ!」


「だよね、だよね!」


 私がそう言うと、恵はもっと喜んだ。何だか可愛い。


「ケーキも食べ終わったし、そろそろ出ようか」


 友の一言で、私たちは喫茶店を出ることにした。


 ……あれ? 鞄が……。


「桃果。どうかした?」


「あ、ううん。何でもない」


 今、鞄を持てなかった。鞄までの距離感が掴めなかった。


 同じだ。あのドラマと。症状が似ているどころか、まったく同じだ。


 私は急な恐怖感に襲われた。


「今からカラオケ行かない? なんか歌いたくなってきた」


 喫茶店を出ると、友が言い出した。


「お。良いねぇ」


「ごめん。私、用事があるから、もう帰るね」


 賛成する恵に反して、私は申し訳なく言った。


 家に帰って、お母さんに聞くことにした。


 お母さんの言っていることが本当じゃない気がして。


「ただいま。あの、お母さん」


「あ、桃果お帰り。どうしたの?」


 台所で洗い物をしているお母さんに、本当のことを聞こうと大きく息を吸い込む。


「その……」


 言えない。お母さんの隠していることが、私にとって良くないことかもしれないと思うと、声が出ない。


「ごめん。やっぱり何でもない」


 お母さんにそう言って、部屋に入った。


 お母さんに聞くより、お医者さんに聞いた方が良いのかもしれない。


 明日、病院に行ってお医者さんに聞いてみよう。


 その翌日。倒れた時に運ばれた病院に行って、最初に私を診てくれたお医者さんを探した。


しばらく探していると、廊下で昨日患者さんに騒がれていた光人さんと話している先生を見つけた。


 もちろんその周りには女性の患者さんがたくさん、群がっていた。


 よく、あんな状況で話が出来るな。


「あ、桃果ちゃん。今日は診察の日でもリハビリの日でもないけど、どうしたの?」


 私に気付いた先生が、声をかけてくれた。


 その瞬間に刺さる女性患者さんたちの鋭い視線。どうやら、先生も人気があるようだ。


「ここじゃちょっと話しにくいかな。診察室行こうか。今丁度開いているんだ」


「あ、はい」


 助かった。睨まれている中でまともな話なんて出来ないし、それにこんな大勢の前で私の体の話はしたくない。


「俺も着いて行って良いですか?」


「え、光人くんも?」


 診察室に向かおうとしたら、光人さんが後ろからそう言ってきた。


「ええー。光人くんが行くなら私もー」


「私も行くー!」


 さっきまで私を睨んでいた女性患者さんたちは、光人さんに向けて真っ赤な顔をしている。


 気持ちの切り替えの早さに着いていけない。


「君たちはダメ。内緒の話だからね」


 前と同じように、光人さんが口の前で人差し指を立てると、女性患者さんたちはまた騒ぐ。


 この人たちは一体何の病気なのだろう。


「えっと、光人勝手に話進めてるけど桃果ちゃん、良い?」


 先生が遠慮がちに言ってきた。


 こういうタイプの人は、断っても色んな手段を使って着いてくるに違いない。


 断るだけ野暮ってやつだ。


「口外しないのなら良いですよ」


「分かった。光人、行くぞ」


 でもどうして着いてくるなんて言ったんだろう。


 話したことも目が合ったこともない私のことなんて、どうして光人さんは気にするんだろう。


「おう。じゃあ、またね」


「キャー!」


 本当にうるさいなぁ。


 診察室に着いて、私は丸椅子に座って、先生はその前の丸椅子へ、光人さんはその二つの丸椅子の横にあるベッドに座った。


「で、どうしたのかな。桃果ちゃん」


「はい。あの……」


 これ以上、なかなか言えない。


 聞いてしまったら、もう後には戻れない気がして。


 自分の身に何が起きてるのか聞くためにここへ来たのに、これじゃあ来た意味がないよ。


「私って……」


 握った拳をじっと見つめる。先生の顔が見られない。


「私の病気って……」


 大丈夫。大したことないよ。


 お母さんの言ってた通り、ただ自律神経のバランスが崩れているだけだよ。


 だから、大丈夫。


「桃果ちゃん。明日診察の日だよね。その時に伝えたいことがあるんだ。お母さんにも了承は取ってある。だから、その時に聞きたいことを聞いてくれるかな」


 先生が私の握った拳を優しく掴んでくれた。先生の瞳はとても真剣で、まるで……重い病気を患者に伝える時みたいな顔をしていた。



「……はい」


 怖いけど、聞かなきゃ。私のことだもん。


 診察室を出て、光人さんと一緒に廊下を歩いた。


 何故こうなったのかと言うと、先生が光人さんに私を送って欲しいと頼んだから。


 別に一人で帰れるのに。


「桃果ちゃん、だっけ? 自分から病名聞こうとする患者なんて初めて見たぞ」


 病院の最寄り駅に着いた頃、光人さんが突然そんなことを言った。


「そうなんですか」


 この人、少し苦手かも。というか、人気がある人って、昔から苦手だ。


「やっぱ、覚えてないか」


「は?」


 光人さんの突然の言葉に、私は疑問符を頭の中で浮かべる。


「何でもないさ。ここまで来たし、家まで送ろうか?」


「結構です」


 私はきっぱりと断って、改札を抜けた。


 光人さんが苦手なのもあるけど、今は一人になりたい。


 家に帰って、既に出来ていた夕飯を食べる。


「今日、遅かったけどどこか行ってたの?」


 ギクッ


 お母さんにそう言われて、思わず体が小さく跳ねる。


「う、うん。友たちとカフェに行ってたの」


「そう。明日は診察の日だから、早く帰ってくるのよ?」


「うん……分かってるよ」


 先生はお母さんの了承はもう取ってあるって言ってたけど、本当なのかな。


 いつもと変わらないから、そう思っちゃうよ。


 翌日。学校までお母さんがタクシーで迎えに来てくれて、直接病院に向かった。病院に着くまでの車内は、とても静かだった。


 診察室に着き、昨日と同じように丸椅子に座り、お母さんもその横に座る。


「桃果ちゃん。今日は君に、伝えたいことがあるんだ」


 先生が昨日と同じように、真剣な瞳で言った。


 私が昨日ここへ来たことは、お母さんに内緒にして欲しいって言ったのを、先生は守ってくれているみたい。


「桃果ちゃんの本当の病気は……脊髄小脳変性症だ」


 涙なんて出なかった。


 現実を受け入れられないとかじゃなくて、予想通りだったから。


「桃果ちゃん。この病気はね……」


「先生」


 先生の言葉を遮って、私は言った。


「私……将来、寝たきり、とかになっちゃうんですか?」


「まだ初期症状だけだからまだ先だけど、なると思うよ」


「っ……」


 歩けなくなって、食べられなくなって、話せなくなって。


 私の体は動かなくなる。


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