東条邸の怪 第二幕
興味を持って下さった方、ありがとうございます。
初投稿作品の二話目です。
翌日、僕は待ち合わせ場所である白浜駅の噴水広場に来ていた。
白浜駅は僕たちの住む夕霧市の中で最も大きな駅で、県外から来る人たちへの窓口のような役割を果たしている。
特に夏になると海水浴客で賑わうこの場所は、まさにシーズン真っ盛りのいま人でごった返しているのだった。
はしゃぐ子ども、幸せそうなカップル、騒ぐ野郎達、流れる人混みの中にしかし一人として知った顔は無い。
地元の人間であればわざわざ混雑するこの場所に集合したりはしないものなのだが、先輩の家が白浜の近くだからという理由で半ば強制的に決まってしまったのである。
それにしてもその肝心の先輩が遅刻し、あろうことか月島まで寝坊するとは…すでに帰りたい気持ちを押さえつつ僕は再び人混みを見つめるのだった。
結局、二人がやって来たのは約束の時間から30分も後のことだった。
「ホンッットにごめん!弥生のことが気になって遅くまで電話してたら寝坊しちゃって…」
「あーん!東雲くんごめんねぇ〜、日焼け止め忘れちゃってぇ〜、ちょっと遅れちゃったっ☆」
「先輩…僕もう死にそうなので帰ってもいいですか…。」
この日の気温は30度を軽く超えていて、僕は朦朧とする意識の中、ノリノリの先輩に手を引かれて電車に引きずり込まれていった。
電車を何度か乗り換えながら2時間ほど走ったところで小さな駅に停まった。
気分が悪くてほとんど車内の記憶はないのだが、はしゃぐ先輩の声だけが頭に響いていた。
そこは白浜の活気からはほど遠い寂れた無人駅で、ホームに人の姿はなく、駅の周りには人が住んでいるとも分からないような民家が一件あるだけだった。
時おり風にあおられた柳がその長い枝をしならせている。避暑地というだけあって暑さはあまり感じないものの、生暖かい風が肌を撫でるようでかえって気味が悪かった。
「なんかぁ、想像してたとことちがうんだけどぉ…美優、せっかくオシャレしてきたのにしょんぼり〜」
「確かになんだか薄気味悪いとこですね人も見かけないし、月島、ここで本当に合ってるのか?」
「ここで間違いないよ。一度遊びに来たことがあるから、けどこの前とちょっと雰囲気が違う…。東雲、あんた何か分かる?」
「あぁ、たくさん居るよ、僕らに纏わり付いてる。敵意がある訳じゃないけど、人のそばに居るだけで害になる類のものだ。」
「東雲くん、あたしが祓ったほうがいいかなぁ?」
「いえ、むしろ刺激せずに離れた方が良さそうです。東条の迎えが来るまでの間なら大丈夫だと思います。」
「りょーかぁーい、にしても〜東雲くんの
何でも見えちゃうってゆーのもぉ便利なだけじゃなさそうだよねぇ」
「トイレしててもテスト中でもナニカが見えてますからね、まぁ17年も見てたら慣れますよ。」
「ごはんの時にも見えるんだよね、想像するだけでゾッとするわドンマーイ東雲。」
そう、僕、東雲悠太は怪異を見ることができるのだ。実際そこら中に怪異は存在していて、存在が薄かったりなりそこないのような魍魎の類いでも見ることができる。
実はこれはとても珍しいことらしく、普通は怪異の側から接触されて初めて認識できるかどうか、らしい。
要するに僕はとんでもなく霊感が強いのだ。本人は生まれた時から見えていて怪異の存在は当たり前だった。
それが特別なことだと知ったのは4歳のとき、海へ一緒に遊びに行った近所の友だちが怪異によって事故にあったときだった。
僕は必死で危険を訴えたが、誰も信じてはくれなかった。
そうして初めて、自身の異質さを知った。それからこの夕霧学園で星奈先輩に出会うまで、僕は誰にもこのことを打ち明けなかった。
初めてこのことを話したとき彼女は泣きながら「東雲くん、君のその力はすごいんだよ!悪いやつらに対していつも先回りできるんだからねっ、これからはこの美優ちゃんがついてるから2度と無力な思いなんてさせないよ〜!」
こう言った。それまで見えていても何も出来なかった僕と、怪異に対する力を持ちながらもいつも後手に回ってきた彼女はまさしく運命的な出会いを果たしたのだ。
「早く迎え来てよぉ〜こんなとこにいたらぁ美優ちゃんのせっかくのきゅーとさが台無しだよぉ〜。」
うん、まぁやっぱり前言撤回しておこう。
「お待たせしました、弥生お嬢様のご友人の皆様ですね、わざわざご足労いただきありがとうございます。わたくし、お嬢様の執事をしております松野と申します。」
白のリムジンから降りて来た綺麗な顔立ちで若い女性はそう名乗った。
「お久しぶりです松野さん!わたしのこと覚えてますか?」
「はい、もちろんです!お嬢様はいつも真奈美様のお話を聞かせてくださるんですよ。」そうにこやかに話す松野さんはしかしどこか疲れているよにも見えた。
「さぁ、お嬢様が首を長くして待っていることですし、出発いたしましょう。」
駅から離れるにつれて道の傍には木々が生い茂り、白いリムジンは鬱蒼とした緑の中を走っていった。
そこら中の木々の間からは黒い靄のような何かが顔を覗かせていた。しかしそれも東条邸に近づく頃には姿を見せなくなり、僕は窓に映る不安そうな月島の顔を見つめていたのだった。
それから10分も走るとだんだん道が開け、それに伴って夕陽が車内に差し込んだ。暗かった車内が一気に赤に染まり僕は眩しさに目を閉じた。
そうして次に目を開いた瞬間に、僕の目に飛び込んだは窓にへばりついたヒトのカゲだった。
そのカゲの頭の部分はおぞましい数のヒトミで覆われ、一つ一つが僕の顔を見つめている。
「うああぁぁっ!!!」あまりの醜悪さに叫んでしまったのが悪かった。
「ケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタ」カゲは声なのかも分からない音を発しながら震えはじめた。
「どうしたの?!」月島が叫んだ。
まずい、明らかにソレからは殺意を感じる、しかしそのあまりの衝撃に思考が止まってしまった。
瞬間、僕の頬に月島の平手が飛んだ。バチンッ!というものすごい音と共に痛みが走る。
痛みでようやく正気に戻った。まさにカゲが松野さんのいる運転席に手を伸ばそうとしていた。
「先輩!デカいやつがへばりついてます!運転席に手が伸びてる!」
「ん!そんなことはさせないよぉ〜!はああっ!」先輩はお札を取り出すと念を込める。先輩の内側から青い光が巻き起こり車内を満たしていく。そして光を一気にお札に収束させた。さっきまで白いただの紙切れだったものは青く光る刃に変わった。
「先輩!すぐ側の窓に頭があります!」
「任せて!悪い子はおしおき!」
青い刃を頭に突き立てられたカゲは刃に触れた部分から溶け落ち、ヒトミは白目を剥いて痙攣している。
「イイイイイイイイギギギギギギギギギ」再びカゲは叫び声をあげると今度は先輩に手を伸ばす、が、「もう見えてんのよ、あんた」
月島が作り出したのは結界、みるみる車を包みこんだ結界はカゲの進入を許さなかった。
カゲが車に触れている部分から稲妻が走る。その金色の雷電は瞬く間にカゲの手足を焼き尽くした。
グパァという音を立ててカゲの顔に口が開く。ヒトミに覆われた頭に大きく裂けた口。
これまでにいくつもの怪異と遭遇してきたが、ここまで酷い見た目をしたものには出会ったことがない。
いよいよ結界がカゲを焼き尽くし、動かなくなったカゲの頭を先輩の刃が切り落としたのだった。
「助かったよぉ〜まなみん!怖がっだぁぁ!」
「いやさっきまで先輩ノリノリで切りまくってたじゃないですか!ひっつかないで下さい!結界はりますよ!」
「やだなぁ〜、ほんとはぁか弱い美少女だから守ってほしいのぉ〜。」
具体的にどの辺がか弱いのだろうか、この人も黙っていれば美少女ではあるのだが…。
「そんなことより、さっきのやつ見たことないタイプでした、あぁいうのが東条邸に居るのなら気を引き締めていかないと。」
「そ、そんなことって東雲くんヒドいよぉ〜、まぁでもバカンス気分じゃいられないよねぇ〜、しょぼぼ〜ん…」
「そうだね、もうすぐ着くし、弥生のためにも頑張らないと!」
こうして僕たちを乗せたリムジンは夕陽に照らされた大きな門に行き着いたのだった。
門には大きく東条と表札が掲げられている。
東条邸は森を切り開いた場所にあり、左手には崖が広がっている。振り返ってみると駅のあった場所から緩やかな坂をかなり登ってきていたようで、意外にも麓の方には街が見え、遠くの方には海が見えた。
この日の夕陽は今でも鮮明に覚えている。
それは空を真っ赤に染め上げていた。
沈みかけた太陽は血をこぼしたような赤色で、それでいてなぜかとても冷たい印象を与えた。
不吉。恐怖。凶。何かがここにはいる。
僕はそんな確信をもって、そんな恐怖を抱いて、門をくぐるのだった。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
次回は東条邸の異変の核心に迫ります。