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■■に捧げるメルヘン  作者: 伊和春賀
4/5

4: Stagnant black water was heavy like mud, and a girl was sinking as if she sank in starch syrup.

 黒く淀んだ水は泥のように重く、まるで水飴の中を進むように少女は沈んでいました。

 少女はここがどこだか知りません。目を覚ました時にはもう、この陰気な空間をひたすら沈んでいたのです。一体どれほどの時間、どれだけの距離を沈んでいたのか、分かりえる物は有りません。そこには少女以外、何もありませんでした。

 少女の口からこぼれる泡は名残惜しそうに少女から離れては、ゆらりとその場に漂うのです。その小さな泡の一粒一粒が軌跡となり、見えもしない水面に向かって無限に続いていました。

 ゆっくりと、ゆっくりと、果てなき底へ少女は沈んでいくのです。

「これが死後の世界なのね」

 少女はそう思いました。

 読む本もなければ、美味しい食事もない。

 帰るべき家もなければ、迎えてくれる親もいない。

 ここは音も色も匂いもない、虚ろな世界です。

 叫びたくても、叫べない。

 涙を流したくても、涙は流れない。

 死にたくなくても、もう死んでいる。

 それが少女のいる世界の全てでした。

「ああ、パパ、ママ、私、私……。死んじゃった……。死ん……じゃった……」

 そんな少女の声も泡となって少しの間、その場に留まるだけです。

「どうして、どうして、助けに来てくれなかったの……? 私、お家に帰りたい……」

 少女の悲痛な声は音になることはありません。

「私、もっといい子になるから。魔法が使えなくたって、できることを精一杯やるから。自分の事だって、ちゃんと自分でやるから。だから、だから、だから、だから、私を……、助けてよ……」

 少女の目に涙が浮かぶことはありませんでした。なぜなら、涙はすぐに周りの水へと消えていったからです。

 少女はもう、声を上げることも涙を流すことも許されなかったのです。


 長い時間が経ちました。日が沈み、太陽が昇り、それがまた沈むくらいの時間が経っていたはずです。

 それでも少女はまだ沈み続けていました。孤独な少女はただただ水底に沈んでいくのです。

 一体どれくらい沈み続ければいいのだろう。少女は自らが沈んできた軌跡を眺めながら考えていました。そして、そんな考えを抱くことが無駄であることも分かっていました。しかし、それ以外にすることなど無かったのです。

「こんなことだったら、一人遊びをもっとたくさん知っておくんだった」

 そんな後悔も泡となって消えていきます。

 その折、少女の肩にこつんと当たるものがありました。少女はすぐにそれを手に取りました。

 それは一冊の小さな本でした。

 表紙はかすれに掠れ、作者の名前どころか題名さえわかりません。肝心の内容は破れていたり、文字が滲んでいたり、黒く塗りつぶされたりしていて、とても読めたものではありませんでした。

「なにこれ?」

 少女は一通り本をめくり、読める部分がないことを知ると、それを捨てようとしました。けれども、すぐにその考えを改めました。

「これだって、きっと何かに使うことができるわ」

 そう思い、しばらくの間、少女はパラパラと意味のない本をめくったり閉じたりしていました。そうしていると屋根裏部屋で読んだ本の内容が思い返せるような気がしたからです。

 でも、それはすぐに終わりました。

 少女が本で遊ぶのに飽きたからではありません。突然、本がバラバラに砕け散ってしまったからです。少女は本の欠片を拾おうと必死に手を伸ばしましたが、それよりも早く本は消えてなくなってしまいました。

「あ……」

 少女の指先は紙片の一つに触れることさえできませんでした。

 少女は再び、虚無の世界に戻ってしまいました。ゆらりゆらりと漂う水泡と、ふわりふわりと沈んでいく少女だけの世界に戻りました。

「ああ、本を捨てようなんて、悪い考えをしたからに……」

 少女は後悔していました。ほんのちょっとの些細なことかもしれませんが、それでも少女は自分を責め続けました。

「なんて私は悪い子なの……。ああ、ダメな子。私なんて……、私なんて……、消えてなくなってしまえば……」

 そんな陰鬱いんうつな考えが少女の脳裏に浮かびました。そして、何度も何度もこの言葉を繰り返し続けました。

 すると少女は指先が小さな紙片になっていくのに気付きました。指先は飴が水に溶けるようにふんわりと散っていきました。

「今度は私の番……」

 指、手、腕、肩――、と、次第に少女はバラバラになっていきます。

「………………」

 少女は眠るように目を閉じました。それは一つの諦めだったのかもしれません。少女は端から細かな断片となり、骨と肉を残すことなくその全てが、そっと水に溶けてしまいました。

 ハートの形をした風船だけが少女のいたところにしばらく残っていました。それもちょっとの間、拍動を続けるとパチンと弾けてしまいました。



最近、アクセスが伸びてとっても嬉しいです。

皆さんはどこから私の作品を知ってくれたのですか?

それがちょっと気になっている、今日この頃です。

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