2: The breakfast at that morning was slightly more extravagant.
その朝の食事はいつもよりは少しだけ豪華でした。ですが、少女はきっと何かを良い値段で売ることができたのだと思い、あまり気にしませんでした。
いつものように会話のない食卓をいち早く終えると、少女はすぐに屋根裏部屋に帰ろうとしました。しかし、両親は珍しく少女を呼び止めたのです。
「どうしたの?」
少女は椅子に座り直しました。
「大事な話がある」
父親はそう言うと、母親とともに次のような話をしました。
この村では15になると、儀式をする必要がある。その儀式がこれからあるので準備をしなければならない、と。
「嫌よ。私は外になんか出たくないわ」
そう言って少女は屋根裏部屋に帰ろうとしました。それを見た母親はたしなめました。
「いいこと。これは村に伝わる大切な儀式なの。これを怠ればどんな災いが訪れるのか、分かったものではないのよ。これはあなたの為だけではなくて、私たちにとっても大事なことなの。お前がどんなに嫌でも、しなければならないのよ」
「嫌なものは嫌なの。ママだって知っているでしょう、私が魔法を使えないことくらい。どうせ皆、私を馬鹿にするに決まっているのだわ」
少女はぷいとそっぽを向きました。
「ああ、お前が魔法を使えないことくらい知っているとも。しかし、今日のはとても大切な儀式なんだ」
母親に続けて、父親も説得に回ります。
「儀式といっても、子供が参加するんだ。そんな厳格にはやらないさ。それに、その儀式は魔法を使うことはないそうだよ。村の長老が言ってたから間違いないさ」
「でも……」
「それに、参加してくれないとこっちだって困るんだ。もうすでに金をもら――」
「あなた!」
母親は父親をたしなめました。父親は咳ばらいをし、話を続けます。
「ごほん。とにかく、村の長老には参加すると言ってある。これを破るわけにはいかないだろう? 母さんを困らせたいのか?」
「それでも嫌なものは嫌なの。分かってよ、ねえ。パパ! ママ!」
少女は父親の隣で無表情に座る母親にも訴えかけました。しかし、返ってきたのは冷たい返事だけなのでした。
「これ以上口答えするなら、もうお前の世話をやらないよ。これからは自分でどうにかするんだね」
少女はそれ以上反論することができなくなりました。母親の世話にならないで、どうして魔法を使わずに生活ができるものでしょうか。
少女は諦めたように返事をしました。
「分かったわ。今回だけよ」
「そうか。分かってくれたか。よし、じゃあ準備をして待っていてくれ。父さんは村のみんなに伝えに行くから」
そう言うと、父親はすぐに外に出かけていきました。少女はその間に儀式に赴く準備をすることとなりました。
少女は水浴びを済ませ、母親が用意しておいた純白の服に着替えました。そして、化粧を施されたのです。
雪のように白い頬は更に白く美しく、血のように紅い唇はより鮮やかになりました。それは、鏡の向こうの妃でさえも嫉妬するほどでありました。毒林檎を食べていなくとも、きっと、数多の王子が求婚していくことでしょう。
しかし、いくら美しき少女とはいえ、所詮は魔法の使えない欠陥品でしかないのです。こんな不用品を娶る風変わりな者は、それでこそお伽話にしか出てこない王子だけなのです。
大分長いこと待っていると、父親が帰ってきました。父親は美しく化粧が施された娘を見て、準備が済んだことを知りました。そして、そのまま娘の手を引いて村の中心へと向かっていきました。
少女は父親とともに家を出るとき、一度だけ振り返りましたが、母親は少女を見ることなく玄関の扉を閉めました。
やがて少女の視界から家は見えなくなりました。代わりに村の集会場の三角屋根が見えてきたのです。
村の中心では大人たちが待っていました。村の大人たちは奇妙な刺繍の施された白い皮の服で全身をすっぽりと覆い、煌びやかな装飾の施された仮面を身に着けていたのです。
少女はその珍奇な様子に呆気に取られながら、父親に導かれるままにその集団の先頭に立ちました。そうして父親は、皆を困らせないようにと言うと、仮面の大人たちの中に紛れ込んでしまいました。
それからは難解な呪文や複雑怪奇な祈祷が延々と繰り返されるだけでした。少女は今すぐにでも帰りたい気持ちを抑えながら、儀式の終わりを今か今かと待っていました。
さて、太陽が一日で一番遠いところを少し過ぎた頃、仮面たちの祈祷と呪文は終わりを迎えました。
少女はその間、ずっと立ちっぱなしでしたからひどく疲れていました。しかし、仮面たちの誰一人、立ち去ることはないので、少女もそのままその場に立っていました。儀式はまだ続いていたのです。
しばらくすると、一人の男が台にグラスを載せて現れました。グラスには赤ワインが注がれていました。
少女はグラスを受け取りました。そのまま立ち尽くしていると、男は飲むような仕草をしましたので、少女はグラスのワインをひといきに飲み込みました。
おそらくこれで儀式は終わりなのだろう。少女はそう思いました。これでやっと家に帰れる。これでまた、穏やかに本を読んで暮らせる、と考えていました。
少女はグラスを男の持っている台に返しました。男は一礼すると、そのまま仮面の集団の中に帰っていきました。
少女はしばらくぼうっと立っていました。何だか気が抜けて頭が回らないのです。家に帰りたいということも忘れてしまっているようでした。そうこうしているうちに、少女の視界はぐるぐると回り始めました。飲んだワインに何か仕込まれていたと気付いた時にはもう、少女は地面に倒れてしまいました。
仮面の人々はそんな少女を介抱することなく、乱暴に少女を担ぎ上げました。
乾いた地面は割れています。草は風に吹かれるたびに土煙と一緒に宙を舞います。それがすぐに地面に落ちては、人々に踏みつぶされていきました。その足跡は森の奥へと続いて行ったのです。