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就職内定

 にこやかに笑う獅子。


 いや、獅子ではなく鬼かもしれない。


「もちろん、その時にはこの首差し上げますのでお好きになさってください。」


「その言葉努々忘れませんよう。」


 そう言うと鬼は資料を手に持ち立ち上がった。


「あの、メルクリア様どちらへ。」


「話は終わりました。期日や条件に関しては改めて貴女を通じて彼に伝えてくれれば結構です。それでは、次にお会いする時には首桶を持参させて頂きますわ。」


「こちらこそ、綺麗に洗っていつでも差し出させるようにしておきましょう。もちろん、そのつもりはありませんが。」


 売り言葉に買い言葉。


 こちらの言葉に返事をすることも無く笑みを浮かべながら鬼は去っていった。


 これで逆転満塁ホームランはひとまず成功したといえるだろう。


 人事部長の許可が下りたわけだ。


 後は話をつめて書類に判を押せば無事採用成立ということだろう。


 鬼の笑顔と引き換えに得たものは非常に大きい。


 鬼が言うように命を懸けてこそ出てくる才能もある。


 へたれサラリーマンの首1つでどこまで出来るかわからないが、やるといった以上はやらせてもらおう。


「そ、それでは改めてお話を進めさせていただきます。メルクリア様の許可が下りたということで、とりあえずはイナバ様の提案の通りになるかと思います。だいぶ話は飛んでしまいましたが、採用おめでとうございます。」


「エミリアさんにはご迷惑をおかけしました。そして、なりゆきでしたがありがとうございます。ひとつ、質問してもいいでしょうか。」


「私でわかることでしたら何なりと。」


「先ほどの、メルクリアさんはもしかすると高貴な家もしくは実力のある家の出だったりしますか。」


 あの感じだと貴族や豪商の出だとは踏んでいる。


 下手にプライドが高くて自信満々で、裏を返せば負けず嫌いの神経質。


 ちょっと噛み付いてみただけであの反応って事は、普段からあまり反抗されることの無いような身分だと考えられる。逆らったら殺されるというやつだ。


「こちらの世界では五本の指に入る商家であり、また元老三家の一つでもありますメルクリア家の長女であらせられます。メルクリア家は代々女性が長を勤めておりますので現当主様亡き後お家をお継ぎになるのがフィフティーヌ様となっております。」


 逆らったら殺されるどころか秘密裏に抹殺されるレベルの家だった。


 これは非常にまずいところに喧嘩を売ってしまったようだ。


 大丈夫かなぁ、大丈夫じゃないよなぁ。


 まぁいきなり抹殺してくるようでは向こうの面目も立たないわけだし。


 これはある意味向こうのトップに近いと所とパイプが繋がったと思えばいいのではないか。


 ポジティブにいこう。


 ネガティブは良くない。


 ちょっと怖い人に喧嘩を売っただけだ。



 そう、思わないとやっていけない。


「つまりは、大層なお家の方だったということですね。」


「そうですね、正直に言いまして非常に怖かったです。メルクリア様相手にあのような啖呵を切るような方はいらっしゃいませんので。普通に言っても不採用。悪くなれば不敬罪で即時投獄と罪状によっては死刑も考えられます。元老三家メルクリア家次期当主様になりますので、国家反逆罪なんかももれなくついてくるかもしれません。」


「要は非常に怖い方であると。」


「はい、とっても。しかしながら、イナバ様はあのメルクリア様が認めたお方ですから自信を持ってください。あんなに楽しそうにしているお姿はあまり見たことはございません。」


「つまりは、多少は好印象を持って頂いたということですね。少しだけ安心しました。」


 あれで楽しそうだったのか。ご機嫌斜めのときは何かにつけていつでも投獄もしくは処刑できる身分でありながらあえてそれをしなかったということなのだろう。


「お仕事のときでなければ非常にお優しい方なのですよ。可愛い物もお好きですし、甘いものにも目がありません。お家柄厳しいお立場におられますが、実際には私とそんなに変わらない普通の女性です。ちょっと、怖いだけです。」


 やっぱり怖いようだ。


 あれだな、この二人は意外に仲がいいのかもしれない。高貴な身分である以上あまり親しくなりすぎるのはご法度なのだろうが、そこはまた年の近い女性同士ということなのであろう。


 けど、エルフって若く見えるから何歳かわからない。


 しかも幼女の見た目で近い年って。


 年齢、聞けるときが来たら聞いてみよう。


「採用内定ということですが、改めてイナバ様のご意思を確認させて頂きます。当商店連合への採用に際しまして同意いただける場合はこちらの書類に署名を。労働条件、給与体系、福利厚生に関しましては別途ご説明させて頂きます。」


 エルフ娘が差し出した書類にざっと目を通す。


 1.当商店連合への採用に合意した後は、その身を商店連合の預かりとし勝手に他の連合への転職を禁じます。


 2.目的達成まで貸し与える資本、資材、人員に関しましては等しく商店連合の物となりますので私的に使用する場合は別途専用用紙に記入後すみやかに担当職員もしくは担当部署に提出をお願いいたします。


 3.目標未達成の場合は速やかにその身を以って責任を取ることとなります。


 4.目標条件ならびに達成時期に関しましてはメルクリア・フィフティーヌ様に決定権を与えるものとします。


 5.その他、詳細に関して担当職員として、エミリアを派遣し監督とします。


 つまりは、雇われた以上勝手に引き抜かれたり、横領したりするなよということか。


 貸し与えた物は最後まであなたの物じゃない。なるほど。


 自分で集めたりした場合はどうなるのだろうか。


 その辺りは別紙で説明があるのかもしれない。


 失敗したらすぐに首を飛ばすぞと。


 そしてその権限はあの鬼が握っているわけだ。


 生殺与奪権を握られるのは非常に辛いなぁ。


 ブラック企業にいるのも無いような物だけど、本物の首は飛んでいかないからなぁ。


 そして、このエルフ娘が今後監督官として配属されると。


 監督官って事は、監視する役目だよな。


 監視するって事は、俺が悪いことをしないか常に見ておかないといけないということだよな。


 食事中も、入浴中も、睡眠中も。


 ムフフなときも。


 つまりはそういうことだよな。


 そうに違いない。


 いや、そうあるべきだ。


 エルフ娘と仲良くイチャコラしても問題ないわけだ。


 うん。


 最高じゃないか。


 でも、セクハラされた!とか言れたらどうなるんだろうか。


 いきなり終了で首チョンパとかありえるかもしれない。


 だって、プライベートでは仲が良いと言っていた訳だし。


 セクハラはだめだよな、やっぱり。


 うん、セクハラダメ、絶対。


 落ち着け自分、落ち着け息子よ。


 お前が輝くのはまだ先になる。


 今はまだ自重し、機会をうかがうのだ。


「サインいたしました、これからどうぞよろしくお願いしますねエミリアさん。」


「こちらこそ、よろしくお願いいたしますイナバ様。光栄です、イナバ様のように実力のある方の担当になれるなんて。」


「いえいえ、力不足の部分が多いと思いますのでご迷惑を多々おかけするかと思います。懲りずにお付き合いください。」


 書類を提出し、社交辞令の挨拶を済ませると改めてエルフ娘の姿をまじまじと確認してしまう。


 耳、だよなぁやっぱり。


 人間ではありえないあのとがった耳。


 動物の物とでもない、透き通るような肌の白さと同じ色。


 ダークエルフとかもいるんだろうか、やっぱり。


「イナバ様も、やはりこの耳が気になりますか。」


「そうですね、空想世界の中でした見たことがありませんので。私が知っている単語ですと、エルフという種族はみなこのような耳の形をしています。エミリアさんのように綺麗な人も多いとなっていますね。」


 少しほめてみる。


「そんな、綺麗だなんて。私なんてお姉さま方に比べたらまだまだです。」


 あ、照れた。


 俯いてなにやらクネクネしている。


 可愛いなぁ。


 それに姉もいるのか。


 さぞ綺麗なのだろう。


「あと、エルフというのも間違いではありません。呼び名などは多少違いますがイナバ様がおられた世界でファンタジーと呼ばれる世界観とほぼ同じようになっております。おそらくはこちらの世界に様々な理由で召喚された方々が、お戻りになられた後に広められたのだと思います。」


「ということは、この世界には私以外にも多くの人たちが召喚されているということですか。」


 ハワイみたいに、現地に着いたら日本人ばかりだったとか言うこともありえるかもしれない。


 いやだなぁ。


「多くはございません。魔王と自称する猛者が現れて世が乱れたときには、勇者様を召喚したことはございますがそれも300年ほど前になります。ただ、モグリの召喚士の方々がお呼びになった方々までは把握できませんので出会わないことも無いという感じになると思います。」


 異世界に召喚されるのにもいろいろあるようだ。


 そういう意味では、昨今の異世界召喚・転生ネタが多いのも案外作者が本当にこちらに来た後だったりするのかもしれない。


「よろしければ、こちらの世界についてご説明させて頂きますがいかがでしょうか。今お茶をお入れしますね。」


 エルフ娘はニコリと笑うと鬼と同じく何も無い壁の奥消えていった。


 笑うと可愛いなぁ。


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