孤立無援の戦い
お守り以外の荷物は消し炭のように真っ黒だが身に着けていた物は無事だった。
ダマスカスの短剣や財布、小さなポーチは無事だ。
勝手な想像だが、強制転送の影響でカバンは消し炭になってしまったんだろう。
あそこまで行くには生半可な火力では無理だ。
かなりの高温で焼かれたような感じになっている。
それが俺にも影響していたらと思うと恐ろしくなるが、まぁそうならなかったわけだし。
お守りはその力にも耐えうる強度を持っていたんだろう。
流石世界に一つしかない二精霊の融合結晶だ。
「とはいえ、これだけあっても何もできないんだよね。」
短剣で試しに壁を傷つけてみるも到底掘って行けるような感じは無い。
キズをつけて登る事も出来そうにないし、ポーチの中もメモ帳とペンぐらいしか使える者は無かった。
あ、隠していた飴があるぞ。
とりあえず糖分補給だ。
うん、甘い。
コロコロとした丸い飴を口の中で転がしながら今後について考える。
逃げ出すのは無理だろう。
メルクリア女史のように転移魔法が使えたらすぐに飛んで戻るのだが、残念ながらその力は無い。
となると後は相手の出方に任せるしかないんだよな。
あの感じだと間違いなく戻ってきて、俺を何かに使うだろう。
大事な手駒って言っていたし手荒くつかわれることは無い・・・かな?
ならそれまで待機だ。
慌てた所で何もできない。
念の為お守りをポケットに入れて念じてみる。
が、返事は無い。
かわりに少しだけお守りが温かくなった気がした。
ふむ。
今度は取りだしてもう一度力を込めてみる。
また温かくなったが、それだけだ。
光るとかそんな様子もない。
投げて爆発とか、そんな感じにも使えそうにないな。
むしろこんな所で爆発させたら爆風でつぶれてしまうだろう。
遮蔽物とか何もないもんなぁ。
足元の魔法陣に魔石を設置してみるも反応は無い。
一回しか使えないみたいな言い方してたし、使い捨ての魔法陣なんだろうか。
っていうか転送を強制インターセプトとか荒業過ぎない?
そんなの出来るとか聞いてなかったんだけど。
と、今更文句を行った所でどうなるものでもない。
それからしばらくの間誰が来るわけでもなく、静かな時間が流れて行った。
余りの暇さに敵陣のど真ん中なのに寝てしまうっていうね。
緊張感無さすぎて自分で思わず笑ってしまった。
そんな時だった。
上の方で何か聞こえたかと思うと、中年のオッサンが覗き込んできた。
「この状況で寝るとは、随分と余裕だな。」
「することが無さすぎて寝ていただけです。それで、出してくれる気になったんですか?」
「馬鹿を言うな。大切な手駒をみすみす手放すはずないだろう。」
「そうですよね。見た感じ一回こっきりの魔法陣、それもかなりの魔石を使ったと見えます。二度目を行うほどの財力が無いのならそうなりますよね。」
「・・・ただの商人が随分詳しいじゃないか。」
「当てずっぽうだったんですけど、当たりでしたか。」
「このクソが。」
また苦虫をかみつぶしたような顔をする。
さっきは国王陛下が近くにいたから大人しかったのか、随分と口が悪いようだ。
「国王陛下が聞いたら驚く口の悪さですね。」
「うるさい、少しは黙ってろ。殺すぞ。」
「出来るならやればいい。それをやって後悔するのは私ではなく貴方だ。」
「痛めつけられたいようだな。」
「それで私がへそを曲げたら?私はそちらの切り札になる男、加えて今後戦争状態になれば大切な捕虜という事になります。捕虜と交換にお目当てのものを手に入れられるかもしれないのに、その可能性をみすみす潰すんですか?」
「戦争になればな。」
「なりますよ。こちらは一切妥協する気はありませんし、むしろ戦う事を望んでいます。今頃は国境の警備を倍増させている事でしょう。なんせこちらと違って冒険者の数も兵士の数もけた違いに多いですからね。加えてすぐ動ける精霊師が三人もいる。今頃私を取り戻そうと躍起になっているはずです。悪い事は言いません早めに講和を結んだ方が身の為です。」
相手に自分が上だと思わせなければならない。
アドバンテージは常に向こうにある。
マイナスからの戦いならば、遠慮している場合ではない。
少しでもこちらが上だと思わせることが出来てはじめて、イーブンに持っていけるだろう。
得意の口で身を亡ぼすか、それとも・・・。
「余計なお世話だ。平和ボケしているような奴らにこちらが負けるはずがない。」
「国内に蔓延る魔物も駆除できず、冒険者を好き放題させることしかできないのに?」
「駆除していないのではない。駆除しないのだ。」
「それは言い訳です。国民の生活を脅かしている魔物を放置している時点で出来ないと言っているのと同じですよ。」
「お前に何が分かる!」
ドンッと縁を叩いて大声を出すダークス。
おいおい、もっとクールに出来ないのかよ。
ってな感じで挑発するのはさすがに自殺行為なので止めておいた。
「わかるから言っているんです。」
「ならばどうする。お前ならこの状況をどうにかできるというのか?この私が5年の歳月をかけても無しえなかったというのに、来たばかりのお前にこの状況を変えられるというのか!」
五年。
確かダークスという商人が死んだのがその頃じゃなかったっけか。
まさかこいつが殺した?
そして正体を偽って活動を開始、これまでに多くの人物をこの国に運んでいた。
何のために?
「出来る・・・とはさすがに言えませんね。」
「ほら見ろ。」
「この国がどういう状況でどのような資源があってどうやって今まで過ごしていたのか。それがわからないのにどうやってできるなんて大口を叩けますか。そんな情報を与えられもしないのに出来ますという奴は大抵詐欺師ですよ。」
「ぐっ!」
鬼の首を取ったと思った所で正論をぶつけられ唇をかむダークス。
表情がころころ変わる中年もこれまた珍しいな。
典型的なやられ役って感じだ。
「いい様に言われているではないか、トーター。」
「陛下!」
「お前ともあろう者が情けない、これまでの威勢の良さはどこへ行った。」
「申し訳ありません・・・。」
「イナバとやら、トーターを余りいじめないでやってくれ。この国の事を考え、この国の為に尽力してきたのは間違いない。お前はそんな男よりも仕事が出来ると本当に思っているのか?」
「情報次第です。」
「それがあれば改善できると?」
「聞いていたと思われますが、出来るとは言いません。」
出来ると言ってできなかった時の方が怖い。
ここは強気に出つつ予防線を張るのがいいだろう。
この国の最高権力者であり、独裁者。
それがこの人への俺の印象だ。
ミハエル王子が秘密裏にこちらに来ていたのも、おそらくは国を良くしたいがため。
あの人がこの作戦に加担していることはさすがにないだろう。
知っていて止められなかった。
そうみているのだが・・・。
そうか!ミハエル王子がいるじゃないか!
孤立無援と思ったが、王子に助力を頼めばもしかすると逃げ出せるかもしれない。
問題はどうやって取り次いでもらえるかだが・・・。
「そこまで強気でいながら断言しないか。」
「出来ない事をできるというのは詐欺師です。私は出来ることをできると言いたい、その為には情報が足りません。国の状況、民の暮らし、魔物の種類、ダンジョンの発生状況、物流、食糧事情など欲しい情報はいくらでもあります。それを敵である私に与える事が出来ますか?」
「出来る。」
「悪用されるとわかっていても?」
「この状況で何が出来る。助けも頼みの精霊も呼べない男に一体何が出来るというのだ。」
その男に可能性を見出そうとしているのはどちらですか?
と喉の先まで言葉が出たがグッと飲み干した。
これ以上は殺される。
それだけは分かった。
「では情報を頂けますか。現在の問題点も一緒に提示してくだされば、半日で考えを纏めましょう。」
「半日で?」
「一緒に食料と飲み物を頂けると助かります。ちなみに、排泄ははどこで?」
「壺を用意してやる、そこで用を足せ。」
「陛下!」
「お前が五年かかった成し遂げられなかった問題だ、半日で答えなど出せるはずがない。」
言ったな。
「では、もしそれが出来た暁にはお願いを一つ叶えて頂けますか?あぁ、逃がしてくれとは言いません、もっと簡単な事です。」
「いいだろう。しかし出来なければ役に立つまでずっとそのままだ。私達にたてついた事を後悔させてやる。」
どうやらダークスは陛下のお気に入りだったようだ。
そのお気に入りを侮辱されて飛び出してきた、そんな感じなのかもしれない。
俺の予想ではダークスを手足のように使いつつも、警戒している。
そんな感じだと思っていたんだけど、予想と違うようだ。
だがまぁいい。
とりあえず何もできないという状況は脱した。
ここからが本当の戦いになる。
イナバ=シュウイチという個人の知識と知恵だけで戦うなんて、いったいいつぶりだろうか。
いつもは心のどこかに、ドリちゃん達がいるとか何とかなるっていう甘えがあったけれど、今回は一切それを期待できない。
仮にミハエル王子が来た所で状況は変わらないだろう。
俺一人で何とかしなければ。
険しい表情で出ていく陛下を慌てた様子でダークスが追いかけていく。
バタンという音と共に、再び石塔に一人取り残された。
空腹感から察するに今はちょうどお昼過ぎ。
半日後は真夜中という事になる。
ってことはあれか?
夕刻から始めて明日の朝って感じか?
また徹夜になるのか。
若くないから辛いんだよなぁ・・・とは言えない状況だ。
何としてでもやりきる。
妻と子供達の為にもね。
それからしばらく誰も来なかったが、再び寝ることは無かった。
今までで最高の集中力を発揮している。
「待たせたな。」
そしてその状況でお待ちかねの物がやってきた。
再び扉が開く音が聞こえ、ダークスが上から覗き込んでくる。
「いえ、ありがとうございます。」
「礼を言うのか?」
「持ってきてくださらない可能性もありましたから。」
「なるほど、その手があったか。」
「今更引き下げるとかはナシですよ?」
「もちろんわかっているさ。俺に出来なかったことを半日でやって見せて見ろ、そうしたらお前を認めてやる。」
「光栄です。」
それ以上の会話は無かった。
事務的に上から紐が降ろされ、その先には頼んでいた物が縛ってあった。
地図、と資料。
それと簡単な食べ物と、水、それと壺。
「半日後だ。明日の朝また来る。」
「という事は今は夕刻ですね、よろしくお願いします。」
「ったく、緊張感のない男だな。」
「そんなことありませんよ。人生で一番緊張しているかもしれません。」
「そんなやつが即座に時間を把握するかよ。」
ま、それもそうだな。
呆れたような顔をしてダークスが石塔を後にする。
半日。
それがタイムリミットだ。
まずは水に手を付ける。
毒が入っている可能性もあるが、加護持ちの俺には関係ない。
同様に食事に薬を仕込まれていても大丈夫だ。
水分と糖分を摂取すると、深呼吸を一つして集中力を高める。
半日で勝負を決める。
そう自分に言い聞かせると、用意された地図と資料に手を伸ばした。
で、問題が生じた。
「読めない。」
半分は読める。
この世界に来て三ねん、お陰様でそれなりに書いたり読んだりは出来るようになった。
でもそれは元の国の話だ。
この国は若干文法が違うようで、思うように解読が進まない。
「まいったな、こんなことになるとは思いもしなかった。」
どれだけ時間が経っただろうか。
思うように解読が進まず時間ばかりたった気がする。
外が見えないので今が真夜中なのか朝方なのかすらわからない。
焦りはある。
でも、収穫もある。
それを形に出来れば、芽はまだある。
考えろ。
地図と読み取った資料から何とか考えをめぐらす。
この国は随分と横に長い国のようだ。
南北を高い山に囲まれ、そのわずかな谷間に人が住んでいる。
東西に長い土地の東側が元居た国に接しており、その反対側、一番西に王都があるようだ。
という事は俺がいるのもそこだろう。
地図を見ると横長の国土を横断するように街道が敷かれ、その要所要所に街があるようだ。
山側にも村らしき印があるが、表示だけ見るとあまり大きい感じではない。
国土が狭いという事は食糧事情もあまりよろしくないようで、耕作に適した場所が少なく、常に他国から食料を買い付けている資料があった。
それでも国民すべてをまかなう事は出来ていない感じだな。
魔物がどれだけ出ているかは資料ではわからなかったが、攻略途中のダンジョンが五つあるのは読み取れた。
どれも野良ダンジョンで、いまだ最下層は発見されていない。
普通なら冒険者が殺到しそうなものだが、冒険者と統括するギルドが上手く機能していないようだ。
同様に物流なんかも個人単位で行っているのか、効率的に動いていないような数字になっている。
想像以上に状況はよくないらしい。
なるほどなぁ。
なんでダークスが有力な商人なんかを攫っていたのか、なんとなくわかってきた気がする。
もし俺の想像が間違いでないのなら、一発逆転はあり得るかもしれない。
とりあえずこの線で詰めていくとしよう。
眠たい目をこすり、頬をパンパンと叩くと気合を入れなおして資料を読み解くのだった。
一人っきりの戦い。
それでも決して悲観せず前向きに取り組むのが彼のいい所ですね。
今できることをする。
やれることをする。
今までは自分の為でしたが、今の彼には帰る場所そして守るべき人たちがいます。
一人の戦いでも決して一人じゃない。
だからこそ強いのかもしれませんね。
果たして戦いの結末は。
それはまた次回ということで。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
また次回もよろしく願いいたします。




