不安な時は手を動かせ
慌てて駆け寄り肩を揺らすも反応はない。
何度声をかけても同様だ。
どうする。
どうすればいい。
落ち着け。
考えろ。
そうだ!脈だ!
うつぶせになったニッカさんの首元に人差し指と中指を慌てて押し付ける。
自分の心臓の音が大きく上手く脈を感じる事が出来ないが、じっと耐えているとかすかだが自分とは違う脈を感じた。
生きていた。
それだけでホッと胸をなでおろすも、状況はまだよくない。
先生の話では血栓はないとのことだったが、何時大きな発作が出て命を失うかはわからないという話だった。
とりあえず両脇の下に腕を突っ込んで引きずるようにしてベッドへと移す。
途中呻き声が聞こえたので呼吸もしているようだ。
何とかベッドに横たえて横の椅子に腰かけると同時に誰かが家に入って来た。
「とりあえず三人の様子は問題な・・・おいニッカさん!どこだ!」
聞こえてきたのはオッサンの声。
中に入ったものの姿が見えないので俺同様に慌ててこっちの部屋まで駆け込んできた。
「静かにしてください。」
「なんだ、兄ちゃんか。なにがあった。」
「私も先ほど家に来たんですが、その時にはもう意識を失って机に突っ伏していました。」
「生きてるんだよな。」
「呼吸と脈は確認しています。ですが危険な状況かどうかはなんとも・・・。」
二人してニッカさんの顔を見つめる。
顔に血の気はなく、呼吸も浅く早い。
寝ているとはいいがたいな、これは。
「くそ、何とかならねぇのかよ。」
「先程ボログベアの発見報告がありガンドさん達がダンジョンに潜っています。上手くいけば探していた胆を持ち帰ってくれると思うのですが・・・。」
「それまでニッカさんが持つかどうか、だな。」
「えぇ。ひとまず私は先生を呼びに行くつもりです。胆さえ手に入ればその場で治療できるかもしれません。」
「それなら俺が行く。お前は店に戻って手に入り次第ここに来てくれ。」
「ですがそれでは。」
「ニッカさんの件は村の連中ももう知ってる。他のやつに見てもらっておくからお前はさっさと帰れ。」
そうか、村の皆にはもう知らせたのか。
その方がいいよな、いきなり倒れましたとかただでさえ緊迫した状況なのにダメージが大きすぎる。
「でしたらこれを、流行り病の特効薬です。」
「マジか三人分揃ったんだな!」
「えぇ、予備も含めて計四つ。急ぎ飲ませてあげてください。」
「後はニッカさんの分だけだ。この調子ならすぐに手に入る、そうだよな?」
「そうである事を祈るばかりです。」
薬草をオッサンに手渡し再びニッカさんの方を見る。
この世界に来てすぐ、俺が村に迎え入れられたのはニッカさんがいてくれたからだ。
オッサンなんて敵意むき出しで今にも殴り掛かりそうな感じだったもんな。
その後も良き仕事仲間として、さらには義理の父親として俺の事を心配してくれた。
この人がいなかったら今この場に俺はいなかっただろう。
それどころかもっと早く脱落していたに違いない。
そうならなかったのは、ニッカさんが俺と村の人をしっかりとつなぎ合わせてくれていたからだ。
俺にとって残された最後の父親。
義理とは言えそれは紛れもない事実だ。
何としてでもこの人に孫を抱かせてあげたい。
だからこんな所で死んでもらうわけにはいかないんだ。
「絶対に耐え抜いてくださいよ、ニッカさん。」
肩に手を置き少し強く力を込める。
すると、さっきまで苦しそうにしていた表情が少しだけ和らいだように見えた。
「なんだよ、こんな状況なのに笑ってやがる。」
「やっぱりそうですよね。」
「義理の息子が立派に役目を果たして喜んでいるんじゃねぇか?」
「まだまだ役目なんて果たせていませんよ。」
「だが仕込むもん仕込んだんだろ?」
「えぇ、まぁ。」
「じゃあ後はこの人が根性で戻って来るだけの話だ。行くぞ、俺達の親父を死なせるわけにはいかねぇ。」
「はい!」
そうだ。
おれにとってもオッサンにとっても、いやこの村の人すべての父親でもあるニッカさんを死なせるわけにはいかない。
その為に今できる事をするんだ。
オッサンと力強く頷きあって立ち上がる。
待っていてくださいよ、ニッカさん。
オッサンはひとまず女衆に薬草を届けに行き、それから馬に乗ってサンサトローズへと向かった。
村の人たちはというと、皆でニッカさんの家を囲むようにして静かに見つめている。
皆も信じているんだ。
この人がこんな所で死ぬはずがないって。
全員の強い気持ちを背中に浴びながら、俺は店へと戻る。
と、その途中。
シャルちゃんのお店の前に来た所で扉が勢いよく開き、小さな何かが突っ込んできた。
「イナバ様!」
「ティオ君どうしたの?」
「ニッカ様死なないよね?」
突っ込んできたのはウサミミの少年。
その瞳は大粒の涙でいっぱいだった。
大好きだったセレンさん達がいなくなり姉弟二人になったこともあって不安でいっぱいなんだろう。
ってことは・・・。
「シャルちゃんは?」
「奥・・・。」
ティオ君の頭をクシャクシャと撫でてやり開けっ放しの扉から中に入る。
店は真っ暗だったが奥の住居部には明かりが見えた。
「シャルちゃん。」
「あ、え、イナバ様?え?」
突然現れた俺に目を丸くするウサミミ少女。
その目はティオ君同様に真っ赤に充血していた。
「ニッカさんの件を聞いたんだね。」
「どうしよう、皆いなくなって、お父さんお母さんみたいにみんな・・・。」
見る見るうちに涙があふれ、堰を切ったように一気に零れる。
大声で泣き始めた姉につられて俺の足をぎゅっと掴んでいた弟まで泣き出してしまった。
二人の泣き声が家中に反響し俺まで泣きそうになる。
だがこんな所で泣いてたまるか。
何が何でもニッカさんを助けるんだ。
泣くのはうれし涙だけで十分、それこそニッカさんに孫を抱かせた時と決めている。
それにだ、もしニッカさんが死んでしまったとシルビアが聞いたら、どうなってしまうか想像したくもない。
だから大丈夫だ。
絶対にそうはならない。
神様になんて祈らなくても俺がそうならない様にするんだから。
あ、俺じゃなくてガンドさん達か。
「大丈夫、みんな元気になるって信じているから。ニッカさんがその気持ちを裏切るはずがないよ。そうでしょ?」
「本当に?」
「あれ、嘘ついたことあったっけ?」
「ううん・・・ない。」
「セレンさん達も病気が収まったらすぐに戻って来るよ。夏にはまたいつもみたいに笑っていられるようになるから、だから大丈夫。それに、シャルちゃんのポーション飲んだらニッカさんもすぐに元気になるよ。」
「姉ちゃんのポーションは世界一だもん。」
「そうそう、ティオ君の言う通りだよ。王都でも大人気のポーションなんだから。」
すこしずつ二人に元気が戻って来る。
急に二人っきりになってしまったものだから、余計に怖かったんだろう。
どれ、そんな時は大人の出番だ。
「さぁ火を消して、寝間着に着替えて。」
「何処か行くの?」
「寂しい時は皆と一緒にいるのが一番だからね、だからうちにおいで。」
「イナバ様のお家?」
「というかお店、かな?部屋は開いているし今日はガンドさん達の帰りを待つためにみんなそこにいるから。ニケさんとユーリもいたらさみしくないでしょ?」
「うん・・・。」
「じゃあ決まり。さ、準備準備!」
パンパンと手を叩くと涙でいっぱいの目を袖で拭いて二人がゆっくりと準備を始めた。
俺が表の鍵を閉めたり火を消したりしているうちに準備が終わったらしく、可愛らしい寝間着に着替えた二人が裏口で俺を待っていた。
「お待たせ、忘れ物はない?」
「無いです。」
「大丈夫!」
シャルちゃんはまだ不安そうだが、ティオ君は元気が戻ってきたようだ。
うんうん、元気があってよろしい。
っていうか、シャルちゃんは枕までもっていくのね。
枕が変わると寝れないタイプなのか。
「それじゃあ行こうか。」
二人と手をつないで満天の星に照らされながら店へと戻る。
その後店に到着した俺達を見てニケさんとユーリが一瞬驚いた顔をしたが、すぐにいつもの笑顔で二人を迎え入れてくれた。
ニケさんが二人をテーブルまで案内して、ユーリは宿の台所に向かい何かを作り出した。
ホットミルクのような甘い良い匂いがこちらまで香って来る。
「お待たせしました。」
「「うわぁ~!!」」
二人の歓声が宿中に響き渡る。
でも大丈夫、今日は他にお客さんいないし。
「これを飲んだらお部屋に行きましょう。」
「え、僕起きてるよ!」
「いけません。シルビア様のように強くなりたいのであればよく寝る事です。」
「でも、皆が起きてるのに・・・。」
「大丈夫、何かあったらすぐ起こしてあげるから。その為に来てもらったんだから、ね?」
また寂しくなるのを恐れてティオ君が錬るのを拒むが、何度かホットミルクを口に運ぶにつれ瞼がだんだんと降りて来た。
そしてついに机に突っ伏して寝てしまう。
「シャルちゃんはどうする?」
「本当は起きていたいですけど・・・、ジルさんに怒られるので寝ます。」
「あはは、シャルちゃんでもジルさんは怖いんだ。」
「怖いんじゃないです!」
「冗談だよ、ジルさんに心配かけたくないんだよね。」
「はい・・・。」
冒険者には厳しいが子供には優しいジルさん。
そんな人を怖がるはずがないよな。
「ティオ君にも言ったように戻ってきたらちゃんと起こしてあげるから。だから先に休んでいてね。」
「・・・はい。」
よく言えました。
ティオ君を抱き上げてシャルちゃんと共に部屋へと向かう。
2人部屋が開いていて助かった。
ティオ君をベッドに寝かせて毛布を首までかける。
シャルちゃんも自分でベッドに潜ったようだ。
「ドアは開けておくから、そしたら戻って来たのもわかるよね。」
「イナバ様、おやすみなさい。」
「おやすみなさい。」
わずかに見える頭をポンポン撫でると、ウサミミが小さく左右に揺れた。
約束通りドアを少し開けて下に戻る。
下では先ほどとは違い不安そうな顔をした二人が俺を見ていた。
「イナバ様・・・。」
「お気づきかと思いますがニッカさんが倒れました。幸いにも一命はとりとめましたが、予断を許さない状況です。今ドリスに先生を呼びに行ってもらっています。後はニッカさんの体力が持つかどうか。そこにかかっています。」
「そんなにひどい状況なのですね。」
「前回の診察では血栓はないとのお話でしたが・・・。詳しくはまた見ていただかないと何とも言えません。」
今やっとサンサトローズに着いた頃だろう。
それから先生の所に行き準備をしてもらってそれからこっちにやって来る。
到着は夜更けどころか日の出前になるかもしれない。
それまでニッカさんが持つかどうか・・・。
いや、そんなことはない。
絶対に間に合う。
さっきそう信じたじゃないか。
「では後はガンド様達が胆を持って帰るだけですか。」
「それがいつになるのか、それ次第でしょう。」
「罠は全て解除してあります。魔物を停止させることはできませんが、召喚は行っておりません。」
「それで十分です。後は信じるだけ、ですね。」
「長い夜になるでしょう。御主人様もお休みになられますか?」
「いえ、私も待ちます。それぐらいしかできませんから。」
皆が誇ったような顔で戻って来てくれた時に、主役がいないんじゃ話にならない。
待つぐらい皆の苦労に比べれば全然マシだ。
「では今お茶を入れましょう。ニケ様は軽い食事をお願いできますか?」
「お任せください。」
「むしろ二人も休んでいいんですよ?今日一日大変だったはずですし。」
俺はサンサトローズを往復していただけだが、二人はずっとこの店お廻し続けてくれた。
冒険者が少なくなったとはいえかなり忙しかったはずだ。
ありがたい事に流行り病とわかっても彼らはダンジョンに来ることをためらわなかった。
むしろ応援の意味も込めてわざわざ買い物や買取をしに来てくれるぐらいだ。
『シュリアン商店が困っているのなら俺達に出来る事は何だってする』
そんな強い意志を感じた。
「ではお言葉に甘えて御主人様に淹れていただきましょうか。」
「でも・・・。」
「ご本人がそう仰っているのです、遠慮はいりません。」
「それでしたらお願いします。」
「なんでしたら食事を作ってくださっても構いませんよ?」
お茶だけでなく食事まで所望するとは、うちのダンジョン妖精と来たらなかなか強欲だな。
「強欲ではありません御主人様を立てているだけです。」
「そういう事にしておきましょう。」
「あの、やっぱり私も手伝います。」
「ニケさんはそこで待っていてください。最近食事当番もサボり気味でしたから、今日ぐらい頑張らせていただきます。」
なんなら戻ってきたガンドさん達の分も作っておいてもいいだろう。
そうなると何人分必要なんだ?
シャルちゃん達の分も入れて10人分?
いや、それ以上か。
頑張らせていただきますと言った手前手伝ってくださいとも言えないし・・・。
仕方ない覚悟を決めるか。
それに手を動かしていると言い気晴らしになる。
まだかまだかとずっと思っているよりかは、幾分かましだろう。
俺は腕まくりをして宿の台所へと向かう。
今思えばここの台所を使うのは初めてだな。
今まではセレンさんの聖域だったし。
どれ、いっちょやったりますか!
いまだ意識は戻らず、ただ不安な時間だけが過ぎていく。
そんな時は手を動かすんです。
何かをしていれば気がまぎれます。
さて、残すところ後二話ほどとなりました。
果たして間に合うのか。
次回もよろしくお願い致します。




