色々な足音がする
「エミリア!」
朝と同じように玄関のドアを開けてエミリアの名前を叫ぶ。
それに驚いたエミリアとシルビア様が驚いた顔で俺の方を振り向いていた。
まるで朝の再現だな。
ってそうじゃない!
「こ、こ、子供が出来たって本当ですか!?」
「え、子供?」
「何の話だ?」
「だって、ニケさんとジルさんが今回の体調不良はおそらくそうだろうって・・・。」
あれ?
ちょっとまて?
断定していいのか?
あくまで推測であってお医者さんは過労だって・・・。
キョトンとした顔で俺を見てくる二人。
自分だけが舞い上がってしまったようでみるみるうちに顔が赤くなっていくのがわかる。
ニケさん達が言ったのはあくまでの可能性の話で絶対ではない。
それをあたかもそうであるように言うだなんて、まるでデマに踊らされる市民のようだ。
そんな俺を何も言わずにジッと見つめる二人。
もうやめて!俺のライフはもうゼロよ!
「あぁ!」「そうですね!」
と、今度は二人が大きな声を出して驚いている。
「えっと?」
「シュウイチの言う通りだ!その可能性をすっかりと忘れていたぞ。」
「私もです、そういえばそろそろでしたね。」
「過労という事だったが、その可能性を伝えるべきだったな。明日もう一度診てもらうとしよう。」
「ですが迷惑では?」
「もしそうならば余計安静にしていなければならんぞ、絶対安静だ。」
「そんな大げさですよ。」
「いいや、大げさなものか。私は特にそのような異変を感じないのだが・・・今回は授からなかったという事だろうか。」
なんだか二人で盛り上がってしまい会話の中に入っていけない。
あの日、俺が王都に行く前の日に二人と愛し合った結果が今こうして目の前にある。
その事実に一度無くなった実感が再び膨れ上がってきた。
「シュウイチさん?」
「どうしたそんな顔をして。」
話に入って来ない俺に気づいた二人が再び俺の方を見る。
「・・・嬉しくて。」
それしか言えなかった。
沢山かけてあげたい言葉がある。
でも、それは全てがわかってからだ。
「明日セレンさんの所にお医者様が来られるそうです、その時にシルビア様も一緒に診てもらいましょう。」
「だが私は・・・。」
「そんなの診てもらわないとわからないじゃないですか。」
不安そうに自分のお腹を触るシルビア様。
その肩に優しく触れながら自分のお腹を触るエミリア。
この光景だけでお腹いっぱいなんですけど・・・。
尊いとはまさにこの事。
「ただいま戻りました。」
と、その時いつものようにユーリがダンジョンの整備を終えて戻ってきた。
朝戻ってきた時はもういなかったので、顔を見るのは久々だ。
「おかえりなさいユーリ、ご苦労様でした。」
「ご主人様もご苦労様です。おや、奥様方は何を?」
「もしもの可能性に期待と不安でいっぱいのようです。」
「そしてそれを見てご主人様は何を?」
「いや、尊いなと・・・。」
俺達を交互に見てやれやれと言った感じで首を横に振るユーリ。
そんな態度をとるなんて珍しいな。
「どうかしましたか?」
「旦那様は本当に女心というものがわかっておられないのですね。」
「急に何ですか?」
「そういう時は何も言わず奥様方の傍にいればいいのです。そんな離れていては他人のようですよ?」
余りの尊さに思わず拝みそうになっていたが、もとはと言えば俺も当事者じゃないか。
っていうか俺がまいた種?
それなのに俺だけ蚊帳の外というのはおかしな話だと、ユーリは言っているのだ。
俺の心の声が聞こえるからこそ、呆れているんだろうな。
「確かにその通りです。」
「ほら、シュウイチも触ってやれ。」
「シルビア様まだわかりませんよ?」
「いいやわかる。エミリアの中には間違いなくシュウイチの子供がいるだろう。」
「それならシルビア様のお腹にもいますよ。ね、シュウイチさん。」
「えぇ、二人のお腹にいます。絶対にいます。」
二人に促されて右手でエミリアのお腹に、左手でシルビア様のお腹に優しく触れる。
温かく上下するお腹に触れながら、まだ感じるはずの無い脈動を感じた・・・ような気がした。
その様子を嬉しそうに見守るユーリ。
もしかするとユーリにはもうわかっているんじゃないだろうか。
「さぁそれはどうでしょうか。」
「教えてくれないんですか?」
「明日お医者様に診てもらうとの事ですので、私はそれまで何も申しません。今日は私の食事当番ですので奥様方はどうぞのんびりお待ちください。ご主人様はお風呂掃除をお願いします。」
「喜んで。」
「ついでに薪割と水くみと洗濯物の片づけとそれから・・・。」
えっと、仕事増えてませんかね。
いや、いいんだけどね?
今までいなかったしそれをするのも俺の仕事だから。
「ユーリ、それなら私が・・・。」
「シア奥様も大人しくしていてください。」
「そうです、無理をしたら大変ですから。これは私の仕事です。」
「さすがご主人様、そう言って下さると思っていました。」
のせられている感じはするが別に嫌じゃない。
シルビアも大事を取って安静にするべきなのだ。
「ただいま戻りましたってあれ?イナバ様?」
「ニケさんはユーリの手伝いをお願いします、私はお風呂掃除に行きますので。」
「それでしたら私が・・・。」
「ニケ様、ご主人様にお任せしてください。珍しくやる気満々ですから。」
珍しくはひどいんじゃないかなぁ。
とか何とか思いつつも、どんどんとこみあげてくる嬉しさを隠しきれず、鼻歌を歌いながらすべての仕事を喜んで終わらせたのだった。
そして翌朝。
ニッカさんに今回の件について説明する用事もあったので開店前に皆で村に向かった。
早朝の風は気持ちいいが、だんだんと気温が高くなっているのがわかる。
今日も暑くなるだろう。
「気持ちいいですね。」
「そうだな。」
「シュウイチさんとのんびり歩くのは久々かもしれません。」
「ご主人様はいつもお忙しいですから。ですがこれからはこういう時間をしっかりと持って頂きたいものです。」
「はい、気を付けます。」
早速朝からユーリに怒られてしまった。
二人のお腹に子供が出来ているかも、となってからずっとだ。
別に嫌じゃないから構わないんだけど、これからずっと続くと思うとちょっとね。
「ちょっとなんでしょうか?」
「なんでもありません。」
「まぁまぁユーリ様、イナバ様がお忙しいのは今に始まった事ではありませんから。それに、これからはエミリア様の分まで頑張って頂かないといけないんです、外出は減ると思いますよ?」
「私もそうありたいと思っています。」
俺が思っていても世間がそれを許さ・・・いえ、なんでもありませんのでそんな目で睨まないでくださいユーリさん。
皆の笑い声が朝の森に響く。
出来ればこんな日々がずっと、これら何十年もずっと続きますように。
そんな風に思う朝だった。
「では私はニッカさんの所に。」
「私達はセレンさんの所へ行ってます。」
「すまんが父上の方は任せるぞ。」
「お任せください。」
女性陣はそのままセレンさんの家に行き先生の診察を受けるそうだ。
ほんじゃまサクッと終わらせて結果を聞きに行きましょうかね。
ルンルン気分で村の中を行きながら、すれ違う村の人達と挨拶を交わす。
皆元気そうで何よりだ。
男衆は農具をもって畑に行き、女衆は集まって洗濯をしている。
水路が出来て水が簡単に手に入るようになったので仕事がはかどると喜んでいたっけ。
ってあれ?
いつもなら村中の女性陣で賑わっている洗濯場が今日は閑散としている。
ちょっと声をかけておくか。
「おはようございます。」
「あ、イナバ様おはようございます!」
「ウェリスさん戻って来たんですね、セレンさんが大喜びしていましたよ。」
「ご心配をおかけしましたが、無事に戻ってきました。今日は皆さんだけですか?」
「そうなんです。季節の変わり目か体調を崩している人も多くて・・・。あ、私達は大丈夫です!元気だけが取り柄なので!」
そう言いながら力こぶを見せて笑うのは比較的若い女衆の皆さんだ。
移住でこの村に来てそろそろ半年、もうこの村の住民として根付いてくれている。
有難い話だねぇ。
でもあれ?
よく見ると古参の皆さんの姿が無いな。
「風邪ですかね。」
「どうでしょう。うちの旦那とか息子は元気ですし・・・。」
「皆さんも気を付けてくださいね。もし調子が悪ければお医者様が来ていますから診てもらうよう調子の悪い方にも伝えておいてください。」
「わかりました!」
伝言を頼み今度こそ村長の家に向かう。
コンコンとノックをすると、今日はすぐに返事が返ってきた。
よかったよかった。
「失礼します。」
「おはようございますイナバ様、今回も大変でしたね。」
「あはは、今回も何とかなりました。ご心配をおかけして申し訳ありません。」
「いえ、無事に戻ってきてくれただけで十分です。せっかく新しい命が産まれたというのに片親がいなくなるのは寂しいですからな。」
「そうですね。」
話し方はいつもと変わらず、顔色もよさそうだ。
村では風邪が流行っている感じだったけどニッカさんはそうじゃないようだな。
この前の件もあるし、出来るだけ気を付けてもらわないと。
「ひとまず二三日は騎士団に残ってもらい、安全が確認出来次第戻ってもらう予定です。ウェリスにもその間は大人しくしてもらいましょう。」
「それがいいでしょうな、夫婦子供水入らずの時間も大切です。」
「畑の方は順調ですか?」
「お陰様で発育も良くこのままいけば昨年以上の収穫が見込めるかと。」
「男衆の皆さんも張り切っていますね。」
「えぇ、女衆もそれをしっかりと支えてくれています。」
おや?
風邪が蔓延していることをまだ知らないのだろうか。
という事は昨日までは問題なかったんだろう。
「その件ですが、女衆の中で風邪が流行っているようです。若い方々は元気ですが、それ以外の方は洗濯を休んでおられました。」
「なんですと?」
急に村長の目が厳しくなる。
なんだなんだ?
何事だ?
「どうかしましたか?」
「いえ、男衆は問題ないのですか?」
「と、言っていましたね。実際皆さん元気そうに畑に行かれてましたし。」
もちろん全員に確認したわけではないけれど、ぱっと見元気そうだった。
「うーむ・・・。」
「何か気がかりな事でも?」
「昔、このぐらいの時期に流行病が蔓延しましてな。幸い大事には至りませんでしたが、唯一体の弱かった妻が犠牲になったのです。」
「え!?」
「もう20年以上前の話です。ですが、その時も男衆では無く女衆ばかりが罹りまして・・・。」
「ちなみにどんな症状だったんですか?」
思わずごくりと生唾を飲んでしまった。
そんな偶然早々起きるはずがない。
実際お医者様にも見てもらって過労って話になっているんだし。
今も別件で診てもらっている。
もしその時に何か異常があればわかるだろう。
「軽い眩暈や貧血から始まり、だるさがどんどんと増して最後は動けなくなるのです。幸い熱などが出るわけではないので、しっかりと栄養を摂って休めば大抵は元気になったのですが、体の弱い者は食事を摂るのもままならなくなります。」
眩暈や貧血・・・。
昨日のエミリアに当てはまる。
もちろんありふれた症状だし風邪をひいても似たような感じになるから絶対じゃない。
でもタイミングが良すぎないか?
「ちなみに特効薬などはあるんですか?」
「珍しい薬草を煎じて飲めばたちどころに治る病気です。ですがそれが手に入りにくく且つかなり高価でしてな、病状の良くない村人の分は何とかかき集めましたが、妻の分までは間に合いませんでした。本人が最後まで拒んだのもありますが、今となれば無理やりにでも飲ませるべきでした・・・。」
「そうでしたか。ちなみにどれぐらい高価なんですか?」
「当時の値段で一人金貨1枚、税を待ってもらい何とか5人分準備しました。」
「金貨1枚・・・。」
薬草一つで百万円。
ぼったくりか!と言いたくなるが、それで人一人の命が助かると思えば安いものだろう。
実際それを飲めばたちどころに治るんだから。
問題は数だよな。
珍しいってことは手に入りにくいともいえるだろう。
過去にはやっているという事はある程度備蓄しているかもしれないが、もし仮にサンサトローズでも流行ったとしたら村の分を手配できない可能性もある。
情報を集めるべきだが、でもそれはそうだった時の話だ。
もちろんただの風邪って線も十分にあり得るし、慎重に行動するべきだろう。
良い事と悪い事が同時に起き過ぎてもう何が何やらわからなくなるな。
「今セレンさんの所にお医者様が来ておられます、一度見てもらうべきでしょうか。」
「だいぶ昔の病ですからご存じないかもしれませんよ?」
「それについては私から説明してみます。女性しか罹患しない事を考えると、ただの偶然とは思えません。特に今は大事をとるべき人が多いですから。」
「・・・そうですな。お願い出来ますか?」
「わかりました急ぎお願いしてきます。それと・・・。」
「もしその病であれば私がかかる心配はありません。幸いあれから発作は収まっております、どうかご安心を。」
「わかりました。」
善は急げだ。
常に最悪を想定しておけば、そうでなかったときに笑い話で済む。
でも、最悪を想定していなかったら。
笑える日が遠退いてしまう。
そうならない為に、俺はニッカさんの家を飛び出した。
幸せの足音は小さく、不幸の足音は大きいそうです。
ですから二つ同時に来た時に人は不幸しか見えないと何かの本で読んだ記憶があります。
こうと不幸は紙一重の違いしかありません。
ですが、不幸の方が大きく見えてしまうのだとか。
果たして今回はどちらなんでしょう。
悪い事ばかりではないようですが、果たして・・・。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
また次回もよろしくお願い致します。




