人は生まれそしていつかは・・・
「「「「可愛い~!」」」」
今日何度目かの歓声が女性陣から上がる。
もちろんその中心にいるのはつい先日生まれたばかりのセリスちゃんだ。
齢0歳にしてこの魅了度、将来が怖いな。
因みに男性陣は初日から完堕ちしております。
「おい、大声出すなよセリスが起きるだろ。」
「おっと、怖い父親が来たぞ。」
「ウェリス様、そんなに怖い顔をしているとセリス様に泣かれますよ。」
「うるせぇ、俺の顔が怖いのは昔からだ。」
「でも、この子の前ではとても優しい顔をするんですよ。」
へぇ、あのウェリスがねぇ。
子供が産まれると人が変わるっていうのは本当のようだ。
セリスちゃんが生まれた夜は陽が登るまでお祭り騒ぎだった。
もちろんおもてなしの儀式を兼ねているんだけど、久方ぶりに生まれた子供に村中が大喜びしたからでもある。
村の子供は皆の子供。
元の世界でも昔はそんな考えがあったらしいけど、今はだいぶ希薄になってるからなぁ。
でも他所は他所、うちはうちだ。
沢山の大人に囲まれて、セレスちゃんは健やかに育ってくれるに違いない。
「おい、セレンそれ以上は・・・。」
「いいえ、今株を上げておかないで何時上げるんですか。母乳の後はげっぷさせてくれますし、おむつ替えもすぐにしてくれます。セリスが一声でも泣けば夜中でも飛び起きてくれるんですよ。」
「すごいではないか、見直したぞウェリス。」
「男性でそこまでしてくれる方はなかなかいませんよ、セレン様良い旦那様を見つけられましたね。」
「御主人様にも是非この雄姿を覚えていただき、ご自分の時にも同じようにしていただきたい所です。」
おっと、恥ずかしすぎて無言になったウェリスから標的がこちらに移ったらしい。
長居は無用、さっさとずらかるとしよう。
「シュウイチさんどこに?」
「ちょっとニッカさんの所に打ち合わせへ・・・。」
「逃げたな。」
「逃げましたね。」
そんな声を背中で聞きながらウェリスの家を後にする。
出産から今日で三日目。
聖日の朝から押しかけてしまいなんだか申し訳ないが、どうしても顔を見に行くと言ってみんな聞かなかったんだ。
てっきりサンサトローズに行くものだと思っていたけれど、どうやらそうではないらしい。
「よぉ、朝から大変だな。」
「オッサンも聖日なのに畑か?」
「畑には休みなんて関係ないからな。まぁ、暇つぶしみたいなもんだ。」
「働き過ぎは体に毒だぞ?」
「お前に言われたくねぇよ。」
確かに昔はブラック企業の社畜として名を馳せた俺だが、この世界に来てからは比較的ホワイトな生活を心がけている。
つもりだ。
「さすがの俺も今日ぐらいは休むさ。」
「そう言いながらニッカさんの所に行くんだろ?」
「明日からまた忙しくなりそうだし、耳に入れておきたいこともあるからな。」
「今は特に何もしていないはずだ、でも早めに行けよあの人も休まないからな。」
「わかった、行ってみる。」
畑に向かうドリスのオッサンと別れてニッカさんの家に行く。
コンコンとノックをしたが返事がない。
いつもならすぐに返事が帰って来るんだけど・・・。
「イナバです、ニッカさん入りますよ。」
もう一度ノックをしてから中に入る。
中はシンと静まり返り、人の気配が感じられない。
もう出かけたんだろうか。
だが定位置である机の上にはカップが置かれたままで、暖炉にもわずかだが火が残っている。
まるでこの間のシャルちゃんの家のようだ。
そんな事を思いながら中に入ったその時、何かの呻き声のような音が聞こえて来た。
え!?
慌てて音の方に駆け寄ると、いつもの席から崩れ落ちるようにして床に倒れているニッカさんがいた。
「大丈夫ですか!」
駆け寄り体を起こすも返事はない。
とりあえず呼吸はしているようだが、浅くそして早い。
顔色は真っ青で苦しそうに胸を掴んでいた。
「待っていてくださいすぐにお医者さんを!」
テンパってしまい一瞬どうすればいいかわからなくなったが、すぐに119番を思い出した。
でもここは異世界だ、緊急通報なんか出来るわけがないので自分で医者を呼びに行かねばならない。
ニッカさんを少し荒く床に降ろし走り出そうとしたのだが、背中の裾を何かに引っ張られた。
振り返ると苦悶の表情を浮かべるニッカさんが胸を掴む反対の手で服の裾を握りしめていた。
「苦しいんですか?痛いんですか?」
「どう・・・か、このままで。」
「でも!」
「おねがい、します。」
苦しそうな顔をしながらも強い力で俺を逃がすまいとするニッカさん。
うっすらと開いた瞼から力強い目が覗いている。
呼吸の荒さは若干マシになっただろうか。
本来であればすぐにシルビアたちを呼んでくるところなのだけど、ニッカさんのその態度に仕方なくその場で待機する事にした。
代わりに上半身を起こし、背中を何度もさする。
すると少しずつだが呼吸が戻り始め、顔にも血の気が戻って来る。
「お騒がせしてしまいましたね。」
そして、それだけ言い切ると大きな息を吐き出した。
「大丈夫・・・ではなさそうですね。」
「前々から何度か発作的にこのような事が起きるのですが、今日のは特に大きくて椅子から落ちてしまいました。でももう大丈夫です。」
「胸が痛むんですか?」
「えぇ、まるで心臓を握りつぶされるような強い痛みが・・・。」
それどう考えてもアカン奴やないか!
心臓発作とかその辺何だろうか。
医者じゃないから詳しくないけれど、おそらくそんな感じだろう。
歳が歳だけにというと怒られてしまうが、ニッカさんも若くはない。
そう言った持病があってもおかしくないよな。
「お医者様には見てもらっているんですよね?」
「一応は、ですが年のせいでしょうという返答でしたな。はっはっは。」
「笑い事じゃないですよ。シルビアは知っているんですよね?」
「いえ、知りません。教えておりませんから。」
「何故!」
「言えば心配事が増えるでしょう。騎士団にいる時ならまだしもこんなに近くにいればあの子は私の側から離れなくなります。それはよくありません。」
「それならば余計に言うべきです。安心させるためにも、今の状況はきちんと伝えないと。」
「もちろんそれは分かっております。ですがどうか今は黙っていてくださいませんか、時が来れば私の口からあの子に伝えますので。」
そう言うとフラフラと立ち上がりいつもの席に腰掛ける。
再び大きく息を吐き、カップの中に入っていた香茶を少しだけ飲んだ。
「本当に大丈夫なんですね?」
「新しい命が産まれ少しはしゃいでしまっただけです、ご心配には及びません。」
「・・・わかりました今回だけは黙っています。ですが次に同じような事が起きればすぐに報告させてもらいます。」
「優しい義理の息子がいて私は幸せ者ですね。」
「茶化さないでください、その義理の息子が心配しているんです。肉親の死はもう経験したくありませんよ。」
零れるようにして漏れた本音にニッカさんが優しい顔をする。
「人はいずれ死ぬものです。」
「わかっています。」
「ですから私の時はどうぞ悲しまないでください。」
「いや、さすがにそれは無理ですよ。」
「いいえ、村の皆で悲しまず笑って送り出してほしいのです。それだけは覚えておいてくださいね。」
笑って送り出してくれだなんて、どう考えても無理だろう。
そんなに親しくない間柄ならできるかもしれないけれど、ここまで深く知り合ってしまったらそれは難しい。
いっただろ、オッサンになったら涙もろいんだって。
子供が無事に生まれたと聞いただけで瞳が潤むんだぞ?
「せっかく来ていただきましたが、これ以上イナバ様に心配をかけれませんので今日は大人しく横になっておきます。」
「そうしてください。絶対に仕事をしないでくださいね。」
「働く事しか楽しみがない私に無茶をいいなさる・・・、でも今日は義息子の為にそう致しましょう。」
『むすこ』と呼んでくれるのか。
人はいつか死ぬ。
それはもちろんわかっている。
それが自然の摂理というものだ。
ユーリのようにその摂理から外れた者もいるが、我々はそうじゃない。
生まれてくる命があるように散りゆく命もある。
だから生は美しいのだと、どこかの誰かが言っていたような気がする。
先程よりもしっかりとした足取りで寝室へと向かったニッカさんを見送り、俺もニッカさんと同じように大きく息を吐いた。
マジで勘弁してください。
セリスちゃんが生まれたこのタイミングで!と最悪の事態を想像してしまったが、何とかそれは避けられたようだ。
だが予断は許さない。
今以上にニッカさんの健康についても気にしておく必要があるだろう。
本来であればすぐにシルビアに報告したい所だが・・・。
ニッカさんの願いもあるし今回だけは報告しない。
でも、次回はそうじゃない。
もちろんドリスにも内緒にしておくべきだろう。
よりによって立場の弱い俺が見つけることになるとはなぁ。
ニッカさんにとってはそれが救いだったかもしれないな。
「遅かったな。」
「少し話が長引きまして。」
「お二人共折角の聖日なんですからゆっくりすればいいのに。」
「あはは、ドリスにも同じことを言われましたよ。」
皆の所に戻るとちょうどお茶をしている所だった。
セリスちゃんはどうやら眠ってしまったらしい。
あれ、ウェリスの姿が見えないが・・・。
「ウェリスなら馬に乗って街に向かったぞ。」
「え、一人でですか?」
「犯罪奴隷だから一人で出てはいけないという決まりはないからな。」
「消毒用のアルコールを切らしてしまいまして、一緒に教会の聖水を貰ってきてくださるようにおねがいしました。」
「ジルさんのは出産のときに使い切ってしまったんでしたね。」
さすがに聖水は取り扱っていないからなぁ。
あれは聖職者の専売特許、その領分を犯すことは許されない。
「夕刻までには戻ってくるとおもいます。」
「可愛い娘を置いて逃げ出すほど腐った男ではないはずだ。」
「それは私も保証しますよ。」
「ウェリス様の事ですからもっと早く戻ってくるかもしれませんね。」
可愛い娘のためなら何でもしてしまうバカ親にならないと良いけど・・・。
でもあの可愛さの前なら仕方ないけどね!
「私達はこの後どうしますか?」
「そうですね今日は大人しくしておこうかと。今からサンサトローズに行っても余り買い物できませんので。」
「ティオの稽古に付き合う約束をしている。」
「私もシャルちゃんに帳簿と在庫整理についてお話しする予定です。」
「特に用事はありませんのでセレン様のお世話をしようかと。」
「大丈夫と言っているのに、聞いてくださらないんですから。」
セレンさんの事になるとむきになるからなぁユーリは。
まぁ、迷惑にならない程度になら別に構わないだろう。
産後すぐは大変だっていうし、人手があるに越したことはない。
「シュウイチはどうするんだ?」
「そうですね、せっかくですから村を見て回ります。皆の話も聞きたいので。」
「先ほど働き過ぎという話をしたばかりではないか。」
「あはは、これは仕事ではなく趣味ですよ趣味。」
「まぁいい好きにしろ。」
ヤレヤレと言った感じのシルビア様。
ニッカさんがあの状況なんだから俺がその代わりとして皆の話を聞いておくべきだろう。
シルビアには申し訳ないけどこれは男と男の約束なんだ。
それぞれがそれぞれの休みを満喫しながら時間はゆっくりと過ぎて行き、気付けば夕刻。
最後に宿の報告を聞いて、これで聞き込みは終わりだ。
特に問題は無し。
宿もそこそこ儲かっているみたいだし、冒険者とも仲良くやっているそうだ。
暴れる連中もいないわけではないけれど、自警団やほかの冒険者に睨まれるとすぐに大人しくなるらしい。
冒険者と村人の共存。
この目標も確実に実を結びつつあるようだ。
「遅いですね。」
「そうだな。」
「定期便の最終便で帰って来るんでしょうか。」
「そうとしか考えられん。大方あれもこれもと買い込み過ぎて時間を使ったのではないか?」
「あはは、それはあり得ますね。」
予想とは違いウェリスはまだ戻って来ていない。
久々の一人に舞い上がっているのかもしれないが、あの男がセレンさんとセリスちゃんと置いてどこかに行くことなどあり得ない。
シルビア様の予想通りあれこれ買い込んでいるんじゃないだろうか。
まったく、親バカにもほどがある。
「あー、明日からはセリスちゃんの顔を見れないんですね。」
「来週も忙しくなりそうですしね。」
「それまでしばしのお預けだな。」
「皆さん無理しないでくださいね。」
「大丈夫ですよ、セリスちゃんに会うためにみんな頑張ります。」
子供の成長は早い。
次の聖日に顔を見に来た時には今日とは違う顔になっているんだろう。
それもまた子育ての楽しみだ。
「私達も、セレンさんのように立派なお母さんになれるでしょうか。」
「エミリア様でしたら心配しなくても大丈夫ですよ。」
「では私はどうだ?」
「もちろんシルビア様もです。」
「だ、そうだ。楽しみだなエミリア。」
「はい!」
二人して自分のお腹を優しく撫でる。
あの、まだ出来たかどうかってわからないんですよね?
二期たったらおおよそわかるって話でしたけど・・・。
欲しくないんじゃないんですよ?
寧ろ楽しみなんですけど、心の準備が何というか・・・。
「問題はご主人様が立派な父親になれるかどうかです。」
「ユーリ、それは聞き捨てなりません。私ではなれないという事ですか?」
「ウェリス様以上に子供を甘やかす未来しか私には見えません。父親とは時に厳しくいなければならないというのに。」
「溺愛しそうですよね、イナバ様。」
「ニケさんまで!」
そんな微笑ましいやり取りに全員が声を出して笑う。
この先どうなるかわからない。
でも、このみんなと一緒ならどんな未来でも大丈夫だ。
もちろん子供が出来ていたとしてもね。
そんな事を思いながらも、頭の片隅にはニッカさんの件がこびりついて離れなかった。
そして、結局その日ウェリスが戻ってくることはなかった。
ほのぼのムードが一変、雲行きが怪しくなってまいりました。
人の命は有限です。
生まれてくる命もあれば、もちろん散りゆく命もあります。
年齢に逆らえないのはどの生き物も同じですね。
何より気になるのはウェリスの行方です。
果たして何が起きているのか。
それはまた次回という事で。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
また次回もよろしくお願い致します。




