交渉は商売の基本
ここまでの答えは想像していなかった。
なるほど、たしかにそうだ。
これほどのリターンがあるのだからそれぐらいのことは当然なのかもしれない。
それでも、それでもだ。
まさか死ぬとは思っていなかった。
これは非常にリスキーじゃないだろうか。
甘い蜜に誘われて入った先は食虫植物の腹の中。そんな状態で本当に人は集まるのか?
命は助かっても異世界で奴隷として一生を過ごすとかブラック企業で過ごすのよりもむしろひどい状態じゃないか。
それならこのまま企業の部品として生きていく方がいいような気もするが…。
「これまでに失敗した人数をお聞きすることは出来ますか?成功例などでも結構ですが。」
クリア率は非常に重要だ。
誰も攻略したことが無いのであれば、最初の一人になる確立よりもその他大勢に埋もれる可能性が高い。
逆を言えば、そこそこのクリア回数があるのであれば条件次第で十分に達成できる環境が整っているということだ。
最大限のサポートという部分も含めて、あちらの援助は非常に重要になるだろう。
とくに畑違いの分野に関しては素人同然であり、漫画やゲームで聞きかじった知識ぐらいしか自分を補助するスキルが無い。
ミッション達成率が低ければ低いほど燃えるのはもう昔の話だ。
如何にローリスクで最善の結果を導き出して最大効率をたたき出すか。
効率厨としてたたかれることも多いが、世の中きれいごとでは済まされないことが多い。
汚くても最終的に丸く収まるのであればそれに越したことは無い。
効率こそ、最大値を安定して導き出すことの出来る道しるべに他ならないのだ。
「失敗した人数は申し訳ありませんがお答えできません。イナバ様のように外の世界からこられた方の成功者であれば現在3名の方が無事目標階数を達成され、いずれの皆様も元の世界にお戻りいただいております。」
クリアはけして不可能ではない。しかし、分母がわからないのであればこの3人が多いのか少ないのかを知ることは出来ないか。
それにしても、命をかけたミッションをクリアして何も無く元の世界に戻るのか。
これほど魅力あふれた世界を置いて帰るなんて気が知れない。
剣と魔法の世界を現実として体験できる機会などこうでもしないと味わうことが出来ないというのに。
それこそハーレムだって思いのままだ。
勇者でなくても、それこそ商人であれば金に物を言わせて悪代官のように振舞うことも出来る。
よいではないか、よいではないか、
あ~れ~
なんてことも可能だ。
ムフフ。
「イナバ様、大丈夫ですか?」
おっと、顔に出ていた。
さて、ここからどうもっていけばいいだろう。
このまま甘んじて失敗即死亡を受け入れるのか。
はたまた、条件を緩和してもらってそちらで進めるのか。
おそらく全面撤回はありえないだろうから、部分部分を緩和してもらったり変更してもらったりでなんとか失敗即死亡の条件を撤回しなければならない。
「その方々とは別に、私は人を街を造っていかなければならない。正直に言えば非常に条件が悪い。他の方の条件と違うのであればハードルも下げてもらうことはできないでしょうか。」
いささか条件が悪すぎる。
死亡回避が確約されないのであればこの魅力的な条件も断らざるを得ない。
回避できるのであれば段階を踏んでクリアしていけばいい。
もちろん段階を踏みつつ失敗をするならば仕方ない。
しかし、いきなり99階層を作りつつ街も造れは無理な話だ。
「そうですね、では具体的にはどのようにお考えですか?」
よし、かかった。
ここで条件をしっかり見極めなければ自分の首を絞めるだけだ。
がんばれ自分
保身と栄光のために。
ここで重要なのは最低限のハードルを設けつつ、相手の要望も、自分の保身も叶えていかなければならない。
一歩間違えば首を絞めてあとはバットエンドへ直行だ。
「例えば、まずは20階層。それに街の前段階のような村としての機能を作ることをハードルとしていただきたい。もちろんそれで帰るとは言いませんが、ハードルをクリアすることで命の保証をしてくださればいい。失敗した際のペナルティを命ではなく違約金や追加条件などにしていただくという方法もあります。
もちろん、最終目的地は街を作り上げるということに変わりはありません。」
ペナルティが命ではなく別のものになるのであれば挽回のしようがある。もちろん複数回の失敗が命になるのであれば仕方ない。
そうでもなければ終わることなくだらだらと先延ばしにして終わらないなんてこともありえる。
期限を設けて階段を上るようにクリアしていくのがやっているほうとしても都合がいい。
先の見えないゴールほど不安なものは無い。
眼に見えるノルマを設けていき、それをクリアしていくほうが達成感も達成率もぜんぜん違う。
「正直に申しまして、破産した際の条件を変えることは難しいと思います。」
それはそうだ。
いきなり変えてくれといっても通るわけは無いと思っていた。
野球で言う9回裏最終バッター。
このままいけば敗戦。
ヒットでは勝敗に絡めずジリ貧の可能性もある。
ホームランがほしいと思っていたところでのまさかの状態。
やはり手札が少なすぎたか。
「しかしながら、イナバ様が仰ることもわかります。他の方と条件が違うのであれば、同じような条件であることは確かに不公平であると私も思います。そこで、一度この条件に対してイナバ様のご提案を上に上げてみようと思います。私一人の権利ではそこを確約することは出来ませんのでお時間をいただくことは可能でしょうか。」
きた!これをまっていた!
まさかの9回ツーアウトフルカウントからの同点ホームラン。
これでとりあえずは延長戦に望みをつないだ感じか。
しかしながら、ここでオッケーが出るとは思っていなかった。
だが、これで確定が出たわけではない。それこそうちのクソ上司だったら何も見ずに却下の判子を押して、しまいにするような話だ。いくら下が盛り上げても上に立つ人間一人ですべてを無かったことにしてしまう。
お前は賽の河原にいる鬼か!
いや、こんな言い方をすると徳を積んでいる子供とその鬼に失礼か。
ここはもう、エルフ娘の上司がせめてまともな思考をもって判断してくれることを祈るほか無い。
どうしても無理ならばこの夢のような展開も捨てて、元の社畜人生に戻ればいいだけだ。
クソ上司の下で一生を終える。
それならばいっそ、ここでエルフ娘に介錯してもらうほうがいいかもしれない。
死ぬ前に一度、あの耳を触りたかったなぁ…。
とか何とかいいながら。
「イナバ様。この件に関しましては直接上の者にお話して頂いたほうがいいかもしれません。お呼びしてもよろしいでしょうか。」
お、まさかの上司と直接交渉させてくれるのか。
鬼が出るか蛇が出るか。
筋肉ムキムキの魔人とかだったらいやだなぁ。
マッチョは嫌いだ。
威圧感もさることながら、あの人種はフレンドリーすぎる。
ネクラオタクの代表としては少々荷が重たい。
もうちょっとほっといてくれてもいいのに。
そうだなぁ、スーツをビシッと着こなしたハイエルフとか、鬼人とかが上司っぽくていい気がする。
和服鬼人。
スーツのバリキャリ風ハイエルフ。
いい。
すごくいい。
最高だ。
エロくてスタイルが良くて、仕事終わりにそのままとか、妄想が膨らんで止まらない。
「もちろん大丈夫です、いつでもどうぞ。」
いつでもウェルカム!
「畏まりました。」
そういうとエルフ娘は後ろに振り返り
「メルクリア様、お聞きいただいている通りです。お越しいただけますでしょうか。」
そう呼び掛けた次の瞬間。
何もない空間から現れたのは、
なんていうか、予想の真逆というか
理想の上司とはかけ離れた、とても小さく、そして幼い少女だった。