番外編~ガンドが見た奇跡~
奇跡って奴は本当にあるんだと俺はあの日理解した。
それまではアイツが口うるさく神様だ奇跡だと言うのを聞き流していたが、あの時俺達を助けたのはその奇跡って奴が起きたからだと思っている。
だが神様って奴は信じてねぇ。
俺が信じているのはあの日俺達を助けてくれたあの人だけだ。
「ガンドさん!またあの話し聞かせてくださいよ!」
「またかよ。いい加減言い飽きたぜ。」
「そんなこと言わないでくださいよ、良いじゃないですか!」
「うるせぇなぁ、その代わり一杯奢れよ。」
「ありがとうございます!」
新米に頼まれ、俺はあの日の事をまた思い出す。
あの日、俺達はダンジョンの最奥へ挑んでいた。
これまでと違いあの部屋は広く、あの奥が最奥になるだろうと確信していた。
だからこそ入念に準備をして多くの冒険者と共にあそこに挑んだんだ。
途中までは順調だった。
それぞれが上手くかみ合い、襲い来る魔物を一匹一匹確実に仕留めて行った。
このままいけば間違いなくたどり着ける。
そんな確信すらあった。
あいつが出て来るまでは。
「気を抜くなよ、この部屋がどれだけ広いかわかったもんじゃねぇ。」
「わかってますって!」
「おい、東のやつらから連絡が来てないぞ。様子見てこい。」
「はい!」
大部屋があまりにも広いので部隊を中央と東西の三つに分けて進行していった。
両翼を任せていた冒険者はそれなりに実力があったし、俺も何度か一緒に戦っている。
腕のいい奴らばかりだ。
行ける。
俺はそう確信しながら目の前の敵を叩き潰した。
「大変だ!」
だが、それも血まみれの仲間が戻ってくるまでの話だ。
そいつは頭から血を流しながらこっちに戻ってくる。
それと同時に東側から仲間の叫び声が聞こえてきた。
「どうした!」
「キマイラが、キマイラが出た!」
「キマイラだと!東のやつらはどうした!」
「やつらキマイラの姿を見た途端にビビって逃げちまいやがった!」
クソ!
順調に来ていただけにまさかそんな奴が出て来るとは思っていなかった。
だが、ここで仲間を失うわけにはいかない。
そう思った俺は全員に撤退命令を出した。
「逃げたい奴は今すぐ逃げろ!西のやつにもすぐ上に逃げるように言え!」
「兄貴は!?」
「俺がひきつけておく、その間に逃げろ!」
ここに居るやつらじゃ相手をするのは無理だ。
それに、向こうにはアイツがいる。
俺はすぐに東側へと向かった。
誰かが戦っている音がする。
そんな事ができるのは一人しかいない。
「ジル!無事か!」
キマイラの爪があいつを襲う。
だがそれを紙一重で避け、お返しとばかりに奴の顔面にメイスを叩きつける修道女。
俺が認めた女が、一人キマイラと戦っていた。
「遅い!」
「文句は後だ、二人でやるぞ!」
「他の皆は?」
「逃げるように言った、時間を稼いだら俺達も引くぞ。」
こんな所で戦えば何時他の魔物に襲われるかわかったもんじゃねぇ。
こいつもそれが分かっているからこそ、無理に戦う事はしていなかった。
「こいつ、普通と違う。」
「何が違う?」
「わからないけど、普通の魔物じゃないみたい。気持ち悪い。」
「気持ち悪いか、そりゃ気を付けないとな。」
いくつもの戦場を駆け抜けたこいつが言うんだ間違いないだろう。
だがそんな忠告も通路まで引き、一進一退の攻防を続けていく中で薄れてしまう。
俺が奴の攻撃を捌いている隙にアイツが攻撃する。
それがうまくはまりすぎたからこそ、あの時の俺達は油断していた。
突然ヤギが不気味な大声を出したかと思うと、次の瞬間には空中にいくつもの氷の柱が浮かんでいたんだ。
「魔法だと!」
丁度俺が奴の攻撃をいなし、あいつが攻撃しようとしていた時だった。
氷の柱があいつを襲う。
俺は咄嗟に腕を伸ばしてあいつを吹き飛ばした。
だが、そのせいで集中が途切れ気づいた時には目の前まで奴の爪が迫っていた。
不思議と痛みはなかった。
熱湯をかけられたような感覚の後に自分の腕を見ると、腕が半分ちぎれていた。
「逃げろ!」
俺はそれだけ言うとちぎれかけた腕を反対の腕でつかんで通路を引き返す。
向かうは普段休憩所にしていた細い通路だ。
あそこならキマイラは入ってこれない。
それはあいつもわかっているはず。
そう確信していたからこそ、あいつを探さずに俺は逃げ出すことができた。
「ガンドさん、腕が!」
「わかってる良いからもっと奥へ逃げろ!」
通路で合流して奥へ逃げたが、今度は他の魔物が通路に入って来た。
一匹一匹は弱くても無駄に数が多い。
最奥の部屋に逃げ、入ってくる魔物を一匹ずつ叩きながらその間にあいつは俺の腕に治癒魔法をかけ続けた。
だがそれも魔力が続けばの話だ。
どのぐらい戦い続けたかわからないが、魔力切れを起こしてアイツは倒れた。
治癒魔法が止まれば、俺の腕はまた出血する。
だから俺は自分の腕を焼いた。
激痛だったさ。
まさか自分の腕を焼くことになるなんて思いもしなかったからな。
もし自分が同じ目に遭っても焼くのだけはやめとけ。
その後も魔物を撃退していったが、ついに俺にも限界が来た。
小さい子供みたいなやつが入ってくるのが見えても、体は動かねえ。
そいつは俺達を見て笑いやがった。
何とかアイツだけでもと思ったが、それもできなかった。
そこで俺は生まれて初めて祈ったのさ。
神様になんかじゃねぇよ、他の何かにだ。
そしたら起こったんだよ。
アイツがいつも願う奇跡ってやつが。
子供みたいな魔物が俺に向かって武器を振り上げた瞬間、あの人がやってきた。
誰も来るはずがない。
アイツが倒れてから一人で戦いながら、俺はそう思っていた。
こんなダンジョンの奥深くに増援が来るなんて事はあり得ない。
中にはあのキマイラがいるんだ。
普通は助けになんてこねぇだろ?
だが、来てくれたんだよ。
あの人は大声を出してそいつの注意を引いたかと思うと、あの小さな短剣で魔物の攻撃を防ぎついには倒してしまった。
奇跡は起きる。
俺はそれを初めて信じたんだ。
「その後はお前らの知っての通りさ。あの人は俺を助けたどころか、全員を逃がした後一人で襲い来る魔物に立ち向かい見事に倒しちまった。壁が埋まるぐらいの数をだぜ?それでいて終わったら寝てるんだから肝がでかすぎるだろ。」
「すごいのは兄貴もですよ!」
「そうですよ!あのキマイラ相手に姐さんと戦ったんですから。」
「それで負けてりゃ世話ねぇよ。」
俺はあいつに負けた。
それが現実だ。
負けた冒険者は死ぬ。
俺はたまたま死ななかっただけの話だ。
腕一本で済んだっていうのもまた奇跡っていう奴のおかげなんだろうな。
「ガンドさんはこの後どうするんです?」
「どうするって言ってもなぁ、この腕じゃ出来る事も限られてるし大人しく田舎にでも引きこもるさ。」
「アニキが田舎に?どうせ飽きたとか言ってすぐに出てくるんじゃないですか?」
「出てきて何するんだよ。でもそうだな、何もすることがなくて暇になったら商売でもするか。」
「アニキが商売!?」
「何だお前ら!俺が商売してたらおかしいって言うのか?」
まったく何度も面倒見てやったのに可愛くない奴等だ。
だがこいつ等の言う事に間違いは無いんだよな。
俺が田舎に引きこもったとして一体何が出来るって言うんだ。
動かないこの腕で畑でも耕すのか?
この俺が?
それに商売ってもイナバ様のように口が達者なわけでもねぇ。
俺みたいな男が商売やった所で口の上手い奴に騙されるのは目に見えてるか。
「いや、おかしいでしょ!」
「言われなくてもわかってるさ。商売なんてガラでもねぇ、出来るとしたら飲み屋の店主ぐらいだ。」
「兄貴の店なら喜んで呑みに行きますよ!」
「お、可愛い事いうじゃねぇか。」
「その代わり安くしてくれるんですよね?」
「バカヤロウ、ツケ無しに決まってるだろうが。」
「うげぇ、そりゃないっすよ!」
飲み屋か。
それも良いかもしれないな。
酒だけなら片手でも注げるし、飯はまぁ、つまみ程度で良いだろう。
それなら俺一人で何とかなる。
「でもアニキ、姐さんはどうするんすか?」
「そうですよ!ジルの姐さんは無事なんですよね?」
「あいつは教会に戻るだろう、元は教会の人間だし俺の腕に責任を感じてついてきただけだ。動かなくなった以上責任なんてないさ。もっとも、俺は最初から気にしてなかったけどな。」
アイツにはアイツの人生がある。
それにまだ若い。
教会なんて場所にはいるがいざとなったら良い男でも捕まえて所帯を持つには十分な若さだ。
俺みたいな男についてくる義理はねぇ。
「ちょっと、それはどういう事ですか?」
むさ苦しい冒険者ギルドにひときわ響く澄んだ声。
間違えるはずが無い。
「どうもこうもねぇよ。」
「私を置いてどこかに行くという話しでしたが、私の聞き間違いですよね?」
「あ、姐さん!アニキは姐さんの事を思って・・・。」
「私の事?私の知らない所で勝手に話しを決めて、これだから冒険者の男はといわれるんです。」
「余計なお世話だ。俺達冒険者ってのはな、勝手に生きて勝手に死ぬ。お前みたいな神様なんていうよく分からないものにすがって生きてねぇんだよ。」
「随分な言いですね。」
背中越しでも分かる。
あいつが俺を睨む視線をビンビン感じる。
いや、これは視線だけじゃねぇ。
殺気まで混ざってやがる。
腐っても教会防衛隊の一翼を担う修道女だ、こいつ等みたいな冒険者じゃ太刀打ちできない強さがある。
「本当のことだ。おぃ、酒が不味くなった他所で飲むぞ。」
「で、でもアニキ。」
「なんだ?俺が奢ってやるって言ってんのに来ないのか?」
周りにいた奴等が後ろを見たまま動かない。
そりゃあこんな殺気を感じたら動かなくなるのも分かるが・・・。
なんだよ、気味が悪いな。
「そんなに一人が良いんですか?」
「俺みたいな奴に義理なんて感じる必要ないって言ってんだよ。」
「そうですか。」
「お前の人生だ、お前の好きにしろ。」
「・・・分かりました好きさせてもらいます。」
背中に感じていた殺気がスッと無くなった。
やれやれ、やっと諦めたかと気を抜いた次の瞬間。
全身を貫くような殺気が俺を襲う。
心臓を握りつぶされるような殺気に思わず利き腕を動かそうとするも指一本動かない。
くそっ!
仕方なく一拍遅れて身体をひねりながら反対の腕で頭を庇った。
「お、お前何て恰好してんだ?」
「それだけ動ければ十分じゃないですか。今度は反対の腕動かせるようにすれば良いんです。」
そこにはアイツがいた。
だが、いつもと違う。
違うのはその服装だ、あるはずの物がない。
「そうじゃねぇ、お前あの服はどうした。」
「修道着ですか?あれなら置いてきました。」
「置いてきましたって、教会の人間がそれを脱いでどうするんだよ。」
腰にぶら下げているのはいつもの得物だが、街娘のような恰好をしている。
服装と武器が合わなさ過ぎて違和感しかない。
「教会は辞めました。」
「はぁ?」
「だから、教会を辞めました。神様への信仰は捨ててませんけど今の私はただの一般人です。」
「いや、辞めたってお前防衛隊はどうするんだよ。それに上の人間だって・・・。」
「ラナス様は好きにしなさいと仰ってくださいましたし、防衛隊を辞めてはいけないという決まりはありません。」
訳がわからない。
教会防衛隊といえば神への信仰心が人一倍強い人間しか選ばれない組織のはずだ。
神への強い信仰が奇跡と成り、戦場に癒しという名の破壊をもたらす。
その急先鋒にいたのがこの女だ。
そいつが教会を捨てるだって?
世界が終わるんじゃねぇか?
「辞めてどうするんだよ。」
「決まっているじゃないですか。」
「なんだ、もう良い男でも見つけたか?まぁそれも良いだろう、お前の人生だ好きに生きろ。」
「良い男ではあるんですけど、ちょっと気が利かないんですよね。」
「それがどうした。そんなもんお前ならどうとでも出来るだろうが。」
こいつほど気の強い女はそういない。
俺は別に気にならないが他の男なら苦労するだろう。
物好きもいるもんだな。
「本当にそう思いますか?」
「あぁ、俺が保障してやるよ。なんなら俺から言ってやろうか?性格はこんなだが、まぁ頑張れってな。」
「じゃあ言ってくれます?」
「あぁ言ってやるよ。どこだ?連れてこい。」
「わかりました。」
意味ありげに頷いたかとおもうとそのままギルドのカウンターに向かっていく。
なんだ、ギルド職員なのか?
そのまま一言二言職員に話しかけると、奥からギルド長が出てきやがった。
まさかそっちの趣味があったとは知らなかったな。
「ジルさんどうしたんですか?それにその服、よくお似合いです。」
「ありがとうございますティナギルド長。」
確かに似合ってはいる。
もともとそれなりに胸はあったし、身体を動かしていただけあって線はしっかりしている。
細い割に尻もしっかりあるしな。
町娘みたいな足の出る服を着ているから余計にそう見えるのか?
「今日はどうされたんですか?」
「鏡を貸してくださいませんか?」
「鏡ですか?」
「すぐお返ししますので。」
鏡なんて、そんなもの一体何に使うんだ?
そのまま鏡を借り受けるとこちらに戻ってくる。
おい、男とやらを連れて来るんじゃなかったのかよ。
「お待たせしました。」
「まってねぇが、その男とやらはいったいどこなんだ?」
「ここです。」
そう言ってあいつが俺に向かって鏡を突き出す。
そこに写っていたのはいかつい顔の男。
自分の顔なんて久しく気にしてみてなかったが、随分と深けたもんだな。
皺はあるし頭の毛も心なしか少なくなった気がする。
やれやれ、年は取り名たくないものだ。
「で?」
「何か言ってくださるのではないのですか?」
「何かってお前・・・。」
何が悲しくて自分の情けない顔なんて見ないといけないんだ。
俺はため息をついてアイツの顔を見る。
そいつは真剣な目をしてジッと俺の返事を待ち続けていた。
こいつの言いたいことはわかる。
それにわからないような間の鈍い男じゃないつもりだ。
それに、一回ぐらいは所帯をもって幸せに暮らす夢を見たことだってある。
それも随分若かった時の話だ。
あの時は金を稼いでは女の尻を追いかけるのに使ってたっけなぁ。
だが、今の俺はあの時と比べ物にならないぐらい歳を取ってしまった。
この腕も含めてあの時のような状況ではない。
それでいて俺が嫁を貰うだって?
正直に言ってこれ以上の女にはもう出会えないだろう。
俺にビビらず対等に会話ができて、気が利いて、身体もそれなりだ。
なにより若い。
俺みたいなオッサンにはもったいのない相手だ。
だからこそ、俺以外の男の方がいいんじゃないかと思ってしまう。
どうせ俺の方が先に死ぬ。
残されたこいつに俺は何も残してやれないだろう。
それでもいいんだろうか。
「一つ聞かせてくれ。」
「なんですか?」
「どうして俺なんだ?」
「それを私に言わせますか?」
全く困った女だ。
そして、物好きな女だ。
俺はポリポリと頭を搔き、もう一度鏡の中の自分を見つめる。
この女が腐るにはまだ早いってよ。
「ついてきたって良い事なんてないぞ?」
「それを決めるのは私です。」
「田舎に戻ってもこの腕じゃ何ができるかわかったもんじゃねぇ。」
「お店をするんですよね?これでも料理には自信があるんです。」
「お前が料理だ?聞いた事ないぞ。」
「失礼ですね、作ったことないだけです。」
店か。
さっきは一人でなんて思ったがこいつとなら悪くないかもな。
周りにいる冒険者たちが何やら騒いでいやがる。
何が『兄貴に春が来た!』だ。
うるせぇんだよ。
こんなやつらを相手に商売するなんて考えたくもないが、今まで手をかけてやった可愛さもある。
「こんな片腕の動かない男を捕まえるんだ、後悔するなよ?」
「好きにするっていったじゃないですか。大丈夫です、後悔しません。」
「そんなお二人にお見せしたいものがあるんですけど。」
なんて二人で話していると突然ギルド長が一枚の紙をもって近づいてきた。
それを読んだ俺達は一度だけ目を合わせ、そして笑った。
奇跡ってやつはまだ起きるらしい。
ここまで起きると大安売りだ。
でもまぁそれもいいか。
自虐的に笑う俺の手をあいつがそっと握ってくる。
やっと暇になるとおもったがまだまだ休んでいられなさそうだ。
あの日ガンドさんたちに何があったのかを後日談を含めてお送りしました。
自分の腕を焼いたことはもちろんありませんが、自分の尻なら焼いたことがあります。
それはもう遠い昔の話。
寒い冬の日にお風呂上がりの私は昔懐かしのストーブでお尻を温めていたわけでございます。
あ、この先はわかる?
えぇ、見事自分の尻をストーブで焼きました。
なんだかいい匂いがしたのだけは覚えています。
かなりのやけどでしたが今は後も残らずきれいだそうです。
暖かくなりましたが皆さん気を付けてください。
さて、次回から一二章です。
冒険者が戻ってきたお店はどうなったのでしょうか。
そして今度はどんなことが起きるのか。
それはまた次回ということで。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
また次回もよろしくお願い致します。
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