戦いの前に
「お待ちしておりましたメルクリアさん。」
「置いていこうとしていたのによく言うわ。」
「直接現地に来られると思っておりましたので。」
「本当かしら。」
「もちろんです。」
機嫌を損ねようものなら何を言われるかわからない。
俺の命を握っている鬼上司。
なるほど、エミリアに情報を伝えたのはこの人だったか。
「エミリア怒っていたわよ。」
「そうでしょうね。」
「一緒に行けないかしつこく聞かれたんだけど、さすがに三人は転移できないから。」
「三人?」
「シルビア様も一緒に決まっているじゃない。」
そりゃそうか。
あの二人が俺がダンジョンに潜ると聞いて黙っていられるわけがない。
帰ったらちゃんと謝っておかないと。
「どうやって説得してくださったんですか?」
「リュカさんも居るし、いざとなったら私のエフリーも貴方の精霊もいるから大丈夫と言っておいたわ。いくら魔力がないとは言え祝福を与えた本人が危ないんだものイヤでも出てくるでしょ。」
「そう願います。」
「なによ、出てきた事ないの?」
「今の所そこまでの危険に遭遇した事は・・・。」
そこでふと思い返してみる。
俺って命の危険に何度もあってるよな。
この間なんか肩を打ち抜かれて吹き飛ばされ、二週間意識不明だったよな。
でもその時あの二人は出てきてくれたか?
いや、出てきてくれなかった。
もちろんあの破滅魔法に触れれば自分が大変な事になるからだろうけど、そうじゃなかったとしたら助けてくれただろうか。
うーむ、わからん。
「何でそこで言い淀むのよ。」
「まぁ大丈夫でしょう。」
両手に穴が開いたときは助けてくれたし、たぶん大丈夫だ。
「騎士団長に冒険者ギルド長、上級冒険者に精霊師が二人もいるんですどんな魔物が出てきても大丈夫。さぁ、行きましょう!」
「「「「おう!」」」」」
最後の駒が揃ったので再びダンジョンへと移動を始める。
場所は街からそれほど離れておらず一刻もしないうちに目的のダンジョンまでたどり着くことが出来た。
マッピングは完了しているのでダンジョン内で迷う事は無い。
最短距離で各階層を踏破し、遭遇した魔物は即座に切り捨てる。
日々冒険者が出入りしている事もあって5階層までは大きな問題もなくたどり着いた。
「ここで小休止にしましょう。各自水分補給と装備の点検をお願いします。この先からは中級冒険者が相手をする魔物に切り替わります。魔物の数は少ないはずですが何が起きるかわかりませんから。」
体感時間でここまで約3刻程だろうか。
正確な時間は分からないが外はもう夕暮れ時だろう。
「各自警戒を怠る事無く騎士団は前方、冒険者は後方にて休息してください。」
ティナさんの指示で騎士団員と冒険者も休憩に入る。
その場に荷物を下ろし、全員が緊張の糸を緩めた。
「これでまだ半分も来てないんですね。」
「なによ、もうバテたの?」
「私はただの商人ですよ?シルビアに鍛えてもらっているとはいえ、こんなに長時間緊張したまま歩く事はありませんよ。」
「あら、貴方がただの商人なら私も同じのはずよ?」
俺以外の面々は涼しい顔をしている。
俺だけが額に汗を浮かべ荒い呼吸を正していた。
ティナさんやリュカさんはわかる。
だがメルクリア女史、貴女がなぜそんなに涼しい顔をしているのか。
位が上がると体力メーターも増えるんでしょうか。
「辛いようでしたら行軍速度を落としますが・・・。」
「イナバ様は後から来てくださっても大丈夫ですよ?」
「いえ、これ以上遅れられないので頑張ります。」
ティナさんは純粋に心配してくれているようだが、カムリがあざ笑っているように見えるのはイケメンに対する俺の拒否反応のせいだろうか。
ここで速度を落とせばそれだけガンドさん達の救助が遅れる。
冒険者の話から逆算するにキマイラが出てから丸1日は経過している。
狭い通路を利用して魔物の進入を抑えられたとして、丸1日以上戦い続けるのはいくら上級冒険者といえども難しいだろう。
どちらかが怪我をしていれば余計に無理な話しだ。
癒し手の力も無限では無い。
いつかは魔力が途絶え回復も出来なくなる。
そうなる前に何としてでも到着しなければ・・・。
「イナバ様よろしければこれをどうぞ。」
「これは?」
「疲れが溜まると気分が重くなります、せめて気分だけでもスッキリすると違いますよ。」
「ありがとうございます。」
虎の亜人ことバーグさんがくれたのは鮮やかな緑色をした丸薬だった。
丸薬って言うかなんだろうラムネとかそんなかんじだ。
口に入れろとジェスチャーしてくれたので何の気なしにいれた次の瞬間。
強烈な清涼感が口から脳天へと一気に駆け抜けた。
ミントとかそういうレベルじゃない。
これはもう激物だ。
鼻が、鼻が痛い。
あまりの刺激に咽ていると騎士団や冒険者から笑い声が聞こえてくる。
おのれ、俺を笑いものにしおって。
あとで容赦せんぞ。
「情けないわね、ほら水よ。」
「ありがとう、ございます・・・。」
咽ている俺を見かねてメルクリア女史が水を差し出してくれた。
だがそこで俺は気付いた。
この状況で水を飲めばどうなるか。
間違いなく清涼感が俺を襲い、再び苦しむことになるだろう。
おのれメルクリアめ、謀るつもりだな!
「どうしたの?早く呑みなさいよ。」
急かしながらも笑いを隠し切れないのがお前の敗因だ。
こんなトラップに引っかかる私では無いわ!
「同じ手は二度も食いませんよ。」
「何よつまらないわね、男なら飲んでおく所でしょう。」
「そしてまたみんなで笑いものにするんですね、そうはいきません。」
「笑いものだなんて、少しきつ過ぎたようで申し訳ありませんでした。」
バーグさんが丸薬を口に入れながらすまなさそうに頭を下げる。
あ、この人は大丈夫なのね。
普通にミンティアを配る感じでくれたんだろうけど、ちょっと俺には強すぎました。
「初心者冒険者をからかうのに良く使う手法です。まさかイナバ様が引っかかるとは思いませんでした。」
「前から言っています様に私はただの商人ですからね、そこのところお間違えなく。」
ティナさんまで笑ってるし。
失礼しちゃうなぁ。
「今までの功績を考えるとただの商人がしてきたとは思えませんがね。」
「それは私の周りにいる人が凄いからです。今ここにいる面々を見ても分かるでしょう。」
「確かに中々の顔ぶれだとは思いますが・・・。」
ティナさんが他の面々の顔を見て納得したように頷いているんだけど、貴女もその一人ですからね。
「フィフィがこんな所にくるのも珍しいわよね。一応魔術師ギルドに所属しているとはいえ今は商店連合の偉い人なわけだし。」
「自分の部下がこんな所に行くって言うんだから、その尻拭いをするのも上司の役目なのよ。」
「そんな事言っちゃって、実は心配できたんじゃないの?」
「何を馬鹿な事を、いくらリュカさんでも言っていい事と悪い事があります。なんでしたら今ここでこの間の決着付けてもよろしいんですよ?」
「もぅ、冗談言っただけじゃない。」
この間の決着という部分が非常に気になるんですが、あまりつっこまない方が良いだろう。
今度エミリアにきいておけばいいか。
「メルクリアさんはエミリアに懇願されてきてくださっているわけですし、御迷惑をお掛けします。」
「迷惑とか言わなくても良いじゃない。べ、別に知らない仲じゃないんだし、それに今貴方に死なれると私とエミリアの成績にも傷がつくのよ。」
「そうならない為にも全力を尽くします。」
「せいぜい隅っこで小さくなっている事ね。」
「あはは、そうできればそうします。」
俺も出来ればそうしていたい。
だが現場ではそうも言ってられないんだよな。
しばらく休憩した後再び行動を開始する。
なんだろう、どう考えても自分の適性以上のダンジョンなのにこの緊張感の少なさ。
一撃即死亡なのは変わらないけれど、周りに居る人が強すぎて半分遠足みたいになっている。
そう感じるもう一つの理由がダンジョンのマッピングが完了している事だろう。
何処を歩けば良いのか迷うことがない安心感。
どうやらこのダンジョンには冒険者避けの罠も存在していないらしい。
だから足元を気にする事無くドンドン歩ける。
その分行軍速度も上がるので結果として俺がばててしまうわけだが・・・。
こんな所で弱音を吐いている場合じゃない。
胃の中身は吐いても弱音は吐くな!っていうしね。
あ、まだ吐いてませんのであしからず。
「次で10階層です。ここまでは中級冒険者が日常的に戦っていますので魔物は少ないですが、この先は上級冒険者が相手をするような魔物が出没します。主戦場を13階層にしていましたので駆除が進んでおらず、今まで以上に魔物と遭遇するかもしれません。」
「ならここで大休止にしましょうか。」
「よろしいのですか?」
「疲労は最大の敵です。残りの階層も最短距離で踏破する事を考えれば必要だと思います。」
「彼の言うとおりです。上級冒険者相手の魔物となれば今までのようには行かないでしょう。」
階層を下る前の大部屋は休憩にはもってこいだ。
入口さえ守っておけば魔物が出てくる心配はない。
っていうかそろそろ俺が限界です。
出発して今でだいたい約半日ぐらい、歩き詰めはさすがにしんどい。
それが夜中となれば徹夜のハイテンションは疾うに通り過ぎてしまっている。
マジもう無理です。
カムリとティナさんが他のみんなに指示を出しているのを横目に壁を背にして座ってしまうと一気に疲れが押し寄せてくる。
多少疲れた顔をして入るものの、テキパキと休憩準備をしはじめる冒険者や騎士団員の皆さんには恐れ入るよ。
ほんとご苦労様です。
「一度も戦ってないとはいえ、この距離の移動はさすがに疲れたわ。」
「フィフィもなまったんじゃないの?」
「普段こんなに動く事なんてないもの。それに、美容の事を考えてこの時間はいつも寝ることにしているから。」
さすがのメルクリア女史もお疲れのようだ。
そりゃそうか、普段は商店連合の偉い人として働いているんだからこんなに歩く事は無いよな。
異動するにしても転移魔法があるし。
「そっか、もう夜中なんだよね。どうしようお肌荒れちゃう!」
「寝不足には果物が良いそうですよ。」
「え、本当!?」
皆に指示を出し終えたティナさんが女子の会話に混じっていく。
この人は全然疲れたようには見えないな。
「生の果物が一番良いそうですけど、ごめんなさい乾燥させた奴しか持って来てないんです。」
「仕方ないわ、急だったんだもの。」
「乾燥してても多少は効果あるかなぁ。」
「さぁ・・・。」
「フィフィはいいよね、まだ若いんだから。でも30超えたらすぐにお肌に出るから覚悟しなさいよ。」
先輩風を吹かせながら年下を脅すリュカさん。
どの世界に来ても女性の関心は美容関係のようだ。
ってか、俺とそんなに年変わらないんだなリュカさん。
もっと若いと思ってたなんて口が裂けてもいえないけど。
そうか、メルクリア女史がたしか28だったっけ。
それでエミリアが26。
シルビアも確かメルクリア女史と同じ28だったな。
今思うと案外みんな近い年齢なのか。
種族によって見た目が変わるからいまいち見た目では判別しにくいのが困りどころだな。
「あれ、リュカさん私と同い年なんですか?」
「え?ティナさんも?」
おや、ここでまさかの年齢発覚。
そうか、ティナさん一つ下だったのか。
年上だと思っていたけどちょっと意外だな。
「ほんと、30過ぎると大変ですよね。今までこんなことなかったのにってことが沢山出てきます。」
「そうそう、昔は夜更かししても全然問題なかったのにね。」
「本当ですよ。ダンジョンに潜って帰ってきても気にならなかったのに今じゃちゃんとお手入れしないと翌朝ガサガサで。」
うぉ、年齢が分かった瞬間に女子トークが強力になった。
あのー、一応ここダンジョンの中なんですけど。
しかも上級冒険者相手の魔物が出るくらいの。
「ティナギルド長までそういうのなら気を付けないといけないわね。」
「ちょっと!私の言う事が信じられないの!?」
「だってリュカさんはいつも大げさに言うんですもの。顔の良い人がいると聞いて見に行ってみたらそうでもなかったなんてしょっちゅうだわ。」
「私からしたらカッコイイの!フィフィの好みが特殊すぎるのよ。」
「そうなんですか?」
「人を変みたいに言わないでくださいますか?普通です。」
メルクリア女史の好みねぇ・・・。
案外マッチョが好みとか?
ほら、某兄弟みたいに肩に乗せてもらうのが夢とか。
「この前聞いた話しだけどね、そこに居る冴えない男みたいなのが良いとか。」
「ちょっと!誰がそんな事!」
「あら、自分が言ったのよ?酔った席でだけどね。」
「そ、そんなの出鱈目だわ!」
「けどなんとなく分かります。」
「あれ、ティナさんまで?」
なんだなんだ?
冴えない男だ?
まぁ好みなんて人それぞれだよね。
世の中にはダメ男じゃないと、何て人も居るぐらいなんだから。
「とにかく酔った席の発言は無効なのよ!」
「はいはいわかったわかった。」
メルクリア女史が慌てるのも珍しい。
しっかし、こんな場所でも恋バナできるってさすがベテランともなると余裕が違うね。
その後恋バナを聞き流しながら騎士団の皆さんが作ってくれたスープを飲んで一眠りする。
携帯食料だとあれだけど、温かいスープがあるだけでこんなにも満足度が違うのか。
今度簡易スープセットみたいなの作ってみようかなぁ。
弁当みたいに売れるかもしれない。
そんなゆったりとした時間もつかの間。
「ティナギルド長!」
斥侯に出ていた冒険者が慌てた様子で戻ってきた事で場の空気は一変した。
「何事です!」
「次の階層、予想以上に魔物が多いです。それだけじゃなく結構殺気立ってます。」
「殺気立ってる?」
「共食いはしてませんけど、狭い所で群れてるんで威嚇し合ってますね。」
「珍しいですね。」
「小競り合いを起こしてる奴も居ましたから、今までのように行かないかもしれません。」
「わかりました、出発まで休んでください。」
なんだろう。
今までが順調すぎたんだろうけどいきなりだな。
「カムリ騎士団長!」
「聞こえました、なんでも魔物が群れてるとか。」
「どうやら、ただ単に群れているわけではなさそうです。」
報告を聞き主要メンバーが自然に集まってくる。
「魔物同士で小競り合いってあんまり聞きませんよね。」
「魔物にも合う合わないがあるようで、合わない場合は一定の距離感を保ちながら過ごしていると考えられています。それが守られていないという事は過剰に魔物が増えたとしか考えられません。」
「小競り合いで数を減らしてくれたら良いのに。」
「むしろ小競り合いから暴れだされる方が厄介です。見境なく暴れる魔物は手が付けられませんから。」
魔物にもパーソナルスペース的な物があるんだろう。
それが侵されてイライラしているわけだ。
集団暴走じゃないにせよ暴れると手が付けられないのは困るな。
「カムリ騎士団長、どうしましょうか。」
「全てを相手にする時間はありませんから各個撃破しながら予定通り最短距離を行くしかないでしょう。ここのように大部屋に出れれば小休止も出来るはずです。」
「でも、兄貴のときみたく魔物で溢れていたら・・・。」
「地図を見る限りではそこまで大きな部屋はありません。それに溢れた所でそれこそ自滅してくれるはず、我々はただ進むのみです。」
カッコイイな畜生!
イケメンが言い切るとなんでこんなに説得力があるんだろうか。
「それしかなさそうですね。」
「殿は騎士団が受け持ちましょう。」
「では最前線は私が、夜目は聞くほうですので先行して状況を確認します。」
そう言ってくれたのはバーグさんだ。
そうか虎って夜行性だから夜目も聞くのか。
なるほどなぁ。
「目的は13階層にたどり着くことです、無理をしないでくださいね。」
「一人で戦う為に必要なのは何か、イナバ様は御存知ですか?」
「一人で戦う事?」
冒険者が一人で戦う為に必須なものは何か。
そんな物は簡単だ。
「複数を相手にしない事、地形を有効に使うこと、無理はしない事等でしょうか。」
「御存知の通り私は一人で戦う事には慣れています、無理をするはずありませんよ。」
「なるほど失言でした。」
「御心配ありがとうございます。先行しますが何匹か取り残すと思います、それに関しては皆さんで対処してください。敵を良く見て複数人で戦えば問題ありません。」
バーグさんは上級冒険者だが、他の冒険者はまだ中級冒険者だ。
この先は未知の領域、普段は立ち入らない場所になる。
そんな彼らの緊張をほぐすべく、バーグさんは満面の笑みを浮かべた。
「敵の種類は確認できましたか?」
「俺達が見た感じでは上位種ばかりでした、アンデットは見てません。」
「報告にあったとおりですね、大丈夫我々なら十分対処できます。」
ティナさんが報告を聞き小さく頷く。
特殊な魔物が居るわけではない、数が増えただけならば何とかなる。
そういうことだろう。
「ではバーグさんを先頭に私と冒険者が敵を錯乱。精霊師のお二人には遠距離より大型の魔物を狙撃していただきます。殿をカムリ騎士団長と騎士団の皆様で受け持っていただき一気に階層を駆け抜けます。深追いはせず目の前の敵のみを叩いてください。」
「「「「おう!」」」」
さぁ前哨戦の始まりだ。
ダンジョンの本気、見せてもらおうじゃないか。
ダンジョンに突入いたしました。
ダンジョンの基礎知識としましては、魔物は自然に増えます。
地上では繁殖する物がほとんどですが、ダンジョンの中は俗に言う沸いてくる感じです。
なので完全に駆逐したとしても増えていきます。
寝ている横で沸く可能性もあるので、見張りを立てるのが普通です。
極稀に魔物の出てこない場所もあるのでそこは休憩場所として利用される感じですね。
のほほんとした雰囲気からいよいよダンジョンでの戦いが始まります。
といいましても本番はまだ先。
どうにかして切り抜けてくれることでしょう。
作者も頑張って書いてみようと思っています。
ここまでお読み頂きありがとうございました。
また次回もよろしくお願いいたします。




