ダンジョン基礎講座その1
エルフ?の耳がピクピク揺れている。資料がなかなか出てこないようだ。
人間の耳よりも動物の耳のように動くのだろうか。
資料をぶちまけたりしないところを見るとドジっ娘というより真面目なタイプなのかもしれない。
こんなに可愛い子と一緒に出来たら楽しいんだろうなぁ。
なんてあらぬ妄想を膨らませていると…。
「お待たせいたしました。資料が多くて申し訳ありません。ダンジョンの運営方法などを改めてご説明させて頂きます。質疑応答の時間などは設けておりませんので、気になりましたらその都度お声がけ下さい。」
眼鏡をかければもっと可愛くなるんだろうなぁ。こう、クイクイっと上げる感じで。
「えっと、ご質問ですか?」
「あ、いえ大丈夫です。続けて下さい。」
「それでは始めますね。ダンジョンの基本システムからお話しさせていただきます。ダンジョンは最初浅い階層のみの構造になっておりまして、得られる魔力の増加とともに階層を増やしていきます。最初は10階層まで、最大は99階層まで拡大します。ダンジョンは侵入してきた冒険者の皆さんを排除するために数多くの魔物を産み出します。深く潜れば潜るほど強力な魔物が産み出されていきます。これは魔力の濃さに比例していますので、浅い階層で深部の強い魔物が出てくることはありません。」
なるほど。
浅いところに強いモンスターが出てこないのはそういう理由だったのか。
ローグ系ダンジョンでおなじみのトル〇コなんかも序盤は低レベルモンスターのみだったしそれには理由があったんだな。そうでもしないと1階層で詰みなんてことも起こるわけだ。
「ダンジョンがある理由はただ一つ、冒険者を取り込んで魔力を増やす。その目的だけに存在しています。そのためには多くの財宝やアイテムを用意する必要があります。ダンジョンは魔物を産み出しますが、アイテムは産み出しません。アイテムや財宝なしに冒険者は来ませんし、冒険者が来ないことには我が商店は成功しません。つまりはダンジョンをうまく成長させることができればお店が繁盛する。お店が繁盛してアイテムをより多く扱えるようになれば、ダンジョンにくる冒険者が増える。冒険者が増えれば取り込む魔力が増えてダンジョンが成長するわけです。持ちつ持たれつの関係ですね。」
つまりは餌を撒いて獲物をおびき寄せ、獲物が餌を置いていく。
その中間に立って需要と供給のバランスをたもてば儲かるということか。
何事もバランスが重要。
敵が強すぎては冒険者は来ないし、冒険者が来なければ成長は見込めない。
その逆はどうなる?ダンジョンが簡単で多くの冒険者が踏破できるようになった場合に何かデメリットがあるのか?
「そこに商店が絡む理由はなんでしょう。簡単なダンジョンに冒険者が殺到して踏破していけば必然的に魔力がたまりますよね、そうすれば簡単にダンジョンは成長できる。冒険者もわざわざ危険を冒してまで深いダンジョンに潜ろうとしないはずですから。にもかかわらず深いダンジョンに潜る理由は?名誉ですか?」
「えっと、順番にお答えしますね。商店が絡む理由は一つです。冒険者が来ることによってアイテムが売れます。そこから得られる収益がダンジョンの内部に置かれるアイテムや財宝になるわけです。踏破されてしまえば、ただ財宝だけが持っていかれてしまい破産してしまいます。階層が深くなればなるほど得られる財宝が増えていきます。それを目当てに冒険者の皆さんは潜っていくんです。一攫千金とダンジョン制覇という名誉も含まれています。ダンジョンで死ねば当たり前ですが全て失ってしまいます。そんな危険を負ってでも一攫千金に賭けたいのが冒険者なんです。ちなみに、冒険者が落としたアイテムやお金は商店に回収されてそのまま資金になりますので、冒険者が多く来ることで出ていく危険も増えますが入ってくる物も増えます。ここまではよろしいですか?」
ううむ、的確で簡潔な回答。この娘できる。
「つまりは、ダンジョンをより複雑に攻略し辛くしながら商店を繁盛させる。その流れでダンジョンを取り囲む周辺の環境を整備する。しかし、街の整備なんてものは畑違いもいいところではないでしょうか?自慢じゃないですがダンジョンには詳しくてもそっちの知識は期待しないでください。」
ただの営業平社員には開発なんて畑違いにもほどがある。
シムシティのように置くだけで立つ家でもあるまいし。
「その部分はご安心ください。開発に関してはわが商店連合がしっかりお手伝い致します。衣食住がそろって初めてまともに動き出しますから。ただ、整備のために必要なお金は商店から出すことになっていますのでそれも含めて稼いでいただく必要があります。多くの冒険者が滞在するために宿や食事処、ほかの町への運搬所、銀行や、保管屋、両替屋、必要なものがそろえばそろうほど豊かに発展していきます。発展すればダンジョンへ来る人も増えます。逆を言えば不便な場所であればどれだけ魅力的なダンジョンでも来る人が少なくなり。結果として商店は立ち行かなくなります。」
ダンジョンよりもむしろそっちのほうが重要ではないだろうか。しかし、ダンジョンにうまみがなければ冒険者は来ない。卵が先か、鶏が先か。
「魔物とダンジョンの構造について聞きたいんですが。魔物は無限にわいてくるんですか?それともこっちで選んで呼んでくるとか?まさか魔力を消費して召喚なんて非効率なことはないですよね。」
魔力を欲しているのに魔力を消費して魔物を召喚する。
冒険者が来すぎたら結局のところ魔力が枯渇して産み出せなくなる。
非効率なうえに悪循環しか生み出さない。
「申し訳ありませんがそのまさかです。ある程度の魔物に関してはダンジョンが勝手に生み出してくれますが存在数に限りがあります。深部に出てくる魔物に関しては召喚することによってダンジョンが自動作成する魔物とは違う魔物を呼び出すことができます。深部になれば上部よりも強い魔物が産み出されていきますが、それだけでは上級冒険者を食い止めることはできません。」
まさかの非効率設定。
しかしそれもそうか。無限に生み出してしまったらたかがダメージ1のモンスターでも高レベルキャラを倒せてしまう。
スライム1万匹の同時攻撃とか考えたくもない。
しかしそうなると、魔力の枯渇が考えられる。物量に太刀打ちできずにジリ貧だ。
「魔力はどうやって貯めます?無限にわいてくるものでもないでしょう。」
「魔力は冒険者がダンジョンの各階層に到着すると発生し、冒険者の技量によってその量は増加していきます。深いダンジョンになればなるほど多くの魔力が発生していきますが、浅いダンジョンでは逆にそれほど多くの魔力は発生しません。その他に、侵入以外に冒険者が倒れた時にも魔力を吸収します。強いモンスターを配置して多くの冒険者を倒してもらえれば、召喚時の魔力を差し引いても余剰が生じます。」
まさかの入り口発電機能。
玄関マットで発電する電球を思い出した。
内部で死亡した冒険者から魔力を奪う。
ドラゴンでも配置してなぎ倒してもらえればいいのだろうけれど、その前に倒されてしまったら元も子もない。
ここでもバランスか。
あまり高レベルの冒険者が来ないように敵の強さを加減しつつ、効率よく冒険者を撃破して魔力を稼がなければならない。
ダンジョンの配置や、モンスターだけでこれを維持するのは不可能だ。何かもう一つ手がほしい。
「モンスター以外に冒険者を相手にする方法は?」
「冒険者の撃退方法としては罠がございます。特にダンジョンが育っていない頃は魔物での撃退というよりも罠での撃退が主になってくると思います。」
まさかの平○京エイリアン。
しかし、罠を侮ってはいけない。
ぎりぎりのレベル設定では毒罠や落とし穴など大掛かりでない罠の方がむしろ嫌われる傾向がある。
ボス部屋付近でのダメージや、状態異常は全体の士気を低下させる。
危険を冒さないように進む傾向があるならばそこで攻略をやめてしまう場合も多い。
毒に笑うものは毒に泣く。
ダンジョンの罠配置などで作った本人の意地の汚さも出てくる。
たまにある、非常に不愉快な罠配置は逆を言えば非常に効率的な対冒険者対策といえよう。
「冒険者を集めるだけの財宝を用意し、集まった冒険者を相手に商売をして、最終的に中に入った冒険者から魔力とアイテムを回収する。多少の攻略には目を瞑るとして、最終的に損益分岐をクリアすれば問題ないという流れでしょうか。なるほど、ダンジョンの知識と商売の知識その両方が必要という事ですね。」
「左様でございます。実際に始めていただく中で分からない事も出てくるかとは思いますが、その部分に関しましては私ども商店連合にお申し付けくだされば最大限のお手伝いをお約束させていただきます。イナバ様でしたらきっと成功させていただけると信じております。」
「後一つだけ、質問よろしいでしょうか。」
そう、これが一番重要だ。
ここまではメリットしか説明されていない。
デメリットの無い商売はありえない。
この流れでうなずいてしまっても後悔はしないだろう。自分の求めていた事がかなうのだから。
しかし、しかしだ。
「なんなりとどうぞ。」
「もし失敗してしまった場合、私はどうなるのですか?クビになってもとの世界に戻されるとか?」
失敗した場合。破産という表現が正しいのだろうか。
冒険者に財宝を奪いつくされる。または商店を運営していく中で借金が膨らみ債務超過に陥る。
しかし、破産とは商店が破産するという事であって自分の身がどうなるかまではわからない。
もし、元の世界に戻るだけであれば、単純に経営をせずに破産させてしまえば良い。
そう思うやからも少なからずいるだろう。
「事業に失敗して破産してしまった場合。申し訳ありませんが元の世界に戻ることはございません。負債の補填として奴隷階級に身を落としていただくか、その命をもって補填とさせていただきます。」
ここで、まさかの死亡宣言。