姉弟の戯れ
商店に戻ったのは夕刻。
ニケさんはカウンターで、セレンさんとユーリは宿で忙しそうにしている。
ユーリがいるという事はティオ君も無事に戻っているのだろう。
エミリアの姿が見えないという事は一緒に居るのかな?
「お帰りなさいませご主人様。」
「ただいま戻りました。」
何処のメイド喫茶かと錯覚するが残念ながら目の前に居るのはメイドさんではない。
「メイドキッサというものは良くわかりませんがメイドというものになればよろしいのですか?」
「ユーリ、心の声は拾わなくても結構です。」
「失礼しました。」
「忙しそうだな、私も手伝おう。」
「では食器を裏まで持って行っていただけますか?」
「任せておけ。」
シルビア様が手伝いを始める。
という事は、残ったのは俺とメルクリア氏。
「私も何かあれば手伝うわよ。」
「メルクリアさんは上司である前に客人ですから大丈夫です。」
「そう、残念ね。」
「エミリアの姿が見えませんがまだ上の部屋でしょうか。」
「リア奥様でしたらお二人を連れて家に戻られましたよ。」
「ありがとうユーリ。」
家に戻ったのか。
宿が埋まったわけじゃ無さそうだけど何かあるのかな?
「ここでお待ちになられますか?」
「一緒に行っても構わないんでしょ?」
質問に質問で返すのは嫌いなんじゃなかったっけ。
まぁいいけど。
「何もお出しできませんがよろしければどうぞ。」
「ここにいると仕事を思い出すから・・・。」
背を向けた時にボソッと聞こえたつぶやき。
何も聞こえ無かった事にしておこう。
社会人だもんいろいろあるよね。
裏口を抜けて家に向かうと中から楽しそうな声が聞こえてきた。
いや、これは中じゃないな。
裏手か?
「こら、待ちなさいティオ!」
「やなこった、悔しかったらここまでおいでーだ!」
予想通り井戸のほうからティオ君が走ってくる。
声の感じからシャルちゃんから逃げてきたんだろう。
素っ裸で。
あー、うん。
まだまだ暑いから仕方ないよね。
彼は後ろを振り向きながら走ってきたもんだからこっちに気づいていないようだ。
あっかんベーとかしてるし。
子供って絶対それするよな。
でもさ、そのまま走っていくとさ。
「ちょ、ちょっと何で裸なのよ!」
「え?」
気づいたときには時すでに遅く、素っ裸のティオ君がそのままメルクリア氏のほうに向かっていき、
「いたたたた・・・。」
そのままぶつかった。
素っ裸の少年に押し倒されるような形になるメルクリア女史。
うーん、絵面だけ見れば素っ裸の少年が少女を押し倒したような感じだが、少女の中身は30代である。
少年に押し倒されるアラサー。
残念ながらショタ属性は無いので何とも思わない。
助けるべきだろうか。
「こら、早く戻って来なさ・・・い。」
助けようか迷っていると、シャルちゃんがティオ君を追いかけて走ってきた。
シャルちゃんとバッチリ目が合い、そのまましばしの沈黙。
そして、
「キャアアアアアア!」
シャルちゃんの叫びが森中に木霊するのだった。
「どうしました!?」
家のドアが開きエミリアが飛び出してくる。
「何事だ!」
商店の裏口が開きシルビア様が飛び出してくる。
二人の視線の先には叫ぶシャルちゃんと俺。
そして、ティオ君に押し倒されるメルクリア氏。
何この構図。
何処の地獄ですか。
ちなみにシャルちゃんは全裸ではなく下着を身に着けた状態だった。
そらそうだよな、年頃の娘が人目が無いとは言え全裸で水浴びはせんよな。
よかった。
って、よかないよ!
この状況どうするよ。
「こら、離れなさい、やだ、何処触ってるの!」
「ごめんなさい!」
「み、見ないで下さい・・・。」
「見てません、見てませんから!」
体を抱きその場にしゃがみこんでしまったシャルちゃんをなだめ、後ろでこんがらがっている二人を助けに入る。
その間にエミリアがシャルちゃんのフォローをし、シルビア様がメルクリア氏を助け出した。
ひとまず場が落ち着き、改めて状況を確認する。
「これはまたすごい状況だな。」
「一体何がどうなっているのやら・・・。」
推測するにシャルちゃんがティオ君を洗っているとティオ君が脱走。
それを追いかけてこの状況が作り出されたのだろう。
特に被害が甚大なのはずぶ濡れのティオ君と絡み合った、もといぶつかったメルクリア女史だ。
ぶつかった拍子に押し倒され全身びしょびしょである。
「大丈夫ですかフィフティーヌ様。」
「私は大丈夫だけど・・・。」
あーあ、綺麗な服が泥だらけだよ。
その服洗濯できるの?
っていうかそのまま帰れるの?
「服が酷い有様だな、それに髪にも泥がついてしまっている。エミリア、風呂の準備は出来るか?」
「丁度準備していた所なので後はお湯を沸かせば大丈夫です。」
「メルクリア殿、先程の疲れもあるだろうしこの時間だ、今日はうちに泊まるというのはどうだろうか。」
「・・・この状況じゃ職場にも戻れないしそうさせて貰おうかしら。」
チラッと俺の方を見てくるメルクリア女史。
え、何で俺を見るの?
別に覗いたりしないよ?
本当ですよ?
って家主は俺か。
シルビア様が話しを進めるからすっかり忘れていたよ。
「君達も今日はうちに泊まるといい、後でシュウイチから話がある。」
「わ、わかりました。」
「それとだ、その格好じゃ風邪を引くぞ。風呂は順番だから君達は二番目だな。」
「そんな私達まで・・・。」
いつの間にか服を着ていたシャルちゃんが全裸のティオ君を布でぐるぐる巻きにしていた。
なんて雑さだ。
姉弟ってそんなもんなの?
「君達は我々の保護下にある、気にする事は無い。」
「でも私達は奴隷です。」
「奴隷だからなんだというのだ。亜人も人間も何も変わらない、そうだろシュウイチ。」
「その通りです、夕食はお風呂の後ですからしっかりあったまってくださいね。」
「フィフティーヌ様は先にお部屋へ、今お着替えを準備します。」
「お願いするわ。」
まだ空き部屋があったはずだからそこを使ってもらうとしよう。
「さて、後は湯を沸かすだけだが・・・。」
「私がやります、いえやらせてください!」
「そういうのなら任せよう。薪はこっちだついて来い。」
「はい!」
シルビア様の後ろをシャルちゃんが追いかけていく。
残されたのは俺とティオ君。
ぐるぐる巻きのティオ君はさっきから黙ったままだ。
まったく逃げ出したと思ったら今度は押し倒しだなんて、中々やんちゃ坊主だな。
「寒くありませんか?」
「・・・・・・・・・。」
返事は無い。
「飛び出していったので心配しましたが無事でよかった。」
「・・・・・・・・・。」
「お姉ちゃんも心配していたんですよ。」
「・・・・・・・・・。」
やれやれ暖簾に腕押しというやつか。
それともぬかに釘?
全く反応が無い。
どうしようかなぁ。
とりあえずティオ君の横に座り様子を伺う。
ぐるぐる巻きながら呼吸する部分は開いているようだ。
まるでミイラだな。
「・・・・・なさい。」
「ん?」
「ごめん、なさい・・・。」
か細い声が布の隙間から聞こえてくる。
ティオ君はティオ君なりに反省をしているのだろう。
そして勇気を振り絞り大人の俺に謝っている。
これは中々出来ない事だ。
全く知らない大人と二人きり。
頼りにしていた姉は近くに居ない。
そんな状況でさらにさっきの不祥事が彼の心に重くのしかかる。
その状況で謝罪の言葉を言えるのは大人でも難しい。
いや、大人の方が言えない人が多いかもな。
「怒っていませんから顔を出しなさい。」
「・・・。」
もぞもぞと隙間から手を出し顔の部分の布をずらしていく。
おどおどと怯えた瞳が隙間からこちらを見ていた。
「まったく、大変な事をしてくれましたね。」
「ごめんなさい・・・。」
「でも無事でよかった。これからはもうちょっと周りを見て動きましょうね。」
「はい・・・。」
「それじゃあ服を着てください、お姉ちゃんが頑張っているのに一人だけ遊んでいますか?」
「遊びません!」
シャルちゃんがティオ君を大切にしているように、ティオ君もおねえちゃんのことが大好きなんだな。
そうだよな、奴隷になってから今までずっと二人で頑張ってきたんだから。
それこそ、お姉ちゃんが苛められていると勘違いして泣き声を聞いただけで俺に金的してくるぐらいだ。
ティオ君は大急ぎで布から脱皮すると外に出て自分の服を取りに行く。
と思ったら再び戻ってきた。
どうやら着ていた服は洗濯してしまったようだ。
そんな泣きそうな顔で俺を見ないでよ。
何とかするからさぁ。
「これをこうして、こうすると、よし出来た。」
その昔ギリシャ人が布1枚を服にしたというのを本で読んだ事がある。
かなりぶかぶかではあるが動き回れない事もないだろう。
「オジサンありがとう!」
「さぁ、外でおねえちゃんが頑張っていますから手伝ってきなさい。」
「はい!」
ティオ君が元気な返事をして外に飛び出していった。
あとはシャルちゃんとシルビア様に任せれば大丈夫だろう。
薪運びぐらいは出来るはずだ。
「へぇ、随分と器用なのね。」
振り返るとそこにはいつもとは違うメルクリア女史が立っていた。
なんだろう、同一人物のはずなのに別人に見える。
「なによ、どうせ似合ってないって思っているんでしょ?」
「違います、むしろ似合いすぎて別人に見えてしまって・・・。」
「それは褒めているの?それともけなしているの?」
「シュウイチさんは良くお似合いだと褒めているんだと思いますよ。」
その通り。
さすがエミリアよくおわかりで。
「そんなに?」
「えぇ、普段の格好も良くお似合いですがなんていうか私はこちらの方が好きですね。」
「嫁が目の前に居てよくそんな台詞が言えるわね。」
「別に疚しい気持ちがあるわけではありません。純粋に、よくお似合いだと思います。」
普段着ているのがピタッとしたタイトスカートなので、言えばキャリアウーマンのような感じだ。
それに髪の毛を上げているので、余計にそう見えるのだろう。
だが今はアップにした髪を下ろし、パーマのかかったようなユルフワの髪が肩にかかっている。
服も大人しいボルドーのワンピースだ。
服装が服装だけに本当に少女のように見えてしまうな。
胸元が少し開いているのはエミリアの服だからだろう。
仕方ない、向こうは富士山だがこっちは天保山だ。
「・・・そうかしら。」
「とってもお似合いですよフィフティーヌ様。」
「お世辞でも嬉しいわ。」
おぉ、照れてる。
これは珍しいものが見れたな。
「シュウイチこっちはどうだ?」
「ちょうど着替えが終わった所です。」
「これは!メルクリア殿見違えましたよ。」
「シルビア様までお上手ですね。」
「いやいや、これは私もうかうかしてられないな。」
うかうかする?
何をだ?
「外の二人はどうですか?」
「元気に湯を沸かしてくれている、もう少ししたら入れるだろう。」
「沸き次第順番に入ってもらうとして夕食はどうしましょうか。」
「みんな揃ってでいいのでは無いか?」
「ですが遅くなってしまいます・・・。」
店が終わるのを待つとなるとまだまだ時間はある。
日没が早くなってきたとはいえまだ夏だ。
陽は長い。
「これだけの人数分作るのだ、時間もかかるだろう。」
「皆で作れば大丈夫ですよ。」
「それもそうだな、本格的な料理となると久々に腕がなる。」
「私も手伝います。」
「宜しく頼む。」
セレンさんにお願いしようと思っていたのだが、二人がやる気なら任せておこう。
「私も手伝うわ、この状況でお客様扱いなんてさせないんだから。」
「よろしいのですか?」
「今日は上司でもないただのメルクリアよ、そう思って頂戴。」
「では二人と一緒にお願いします。」
「フィフティーヌ様と料理が出来るなんて嬉しいです。」
「これは手を抜けんな。」
ふと思ったんだけどメルクリア女史って料理できたっけ?
さっきあまり出来ないって聞いた気がするけど・・・まぁいいか。
「では私は商店に戻ります、お風呂は順番に済ませてください。」
「わかりました。」
「向こうを頼んだぞ。」
やれやれ、今日はイベント盛りだくさんだな。
人助けに村長との話し合いに最後はこれか。
いつもの事とはいえあれこれ起きすぎる。
もっと平和に過ごせたらいいんだけどなぁ。
「おかえりなさいませ御主人様。」
「ただいま戻りました。」
「すごい叫び声でしたけど大丈夫でしたか?」
「御心配なく、ちょっとした問題が起きただけです。」
ちょっとした、ね。
周りを見渡すと冒険者の姿は無い。
今日は少し暇そうだ。
「セレンさん、宿の方は今日どうなっていますか?」
「宿泊される方は居ませんので、いつものように閉める予定です。」
「先程の二人とメルクリアさんが家に泊まるので、夕食用に何か作ってもらえますか?」
「そういうことでしたらお任せ下さい。」
シルビア様達に作ってもらっているが大人数なので足りないかもしれない。
「では閉店までもう少し、頑張りましょう。」
外が暗くなるのも早くなってきたな。
秋が来るのももうすぐだ。
俺はニケさんの手伝いをするべく店の方へと向かった。
「ニケさん店番ありがとうございました。」
「あ、イナバ様おかえりなさい。」
「先程はシャルちゃんを支えてくれてありがとうございました。」
「汚れてない、そう言ってもらえることがどれだけ嬉しいかわかっていますから。」
「ニケさんがいてくれたおかげです。」
娼婦の経験があるニケさんだから言えた言葉だ。
俺が同じ事を行っても詭弁にしか聞こえなかっただろう。
「いいえ、イナバ様のおかげです。イナバ様が私を受け入れてくれたからこそ私は心からそう思えたんです。彼女の三年間よりも私は・・・。」
「それ以上は言わないで下さい。これまでのニケさんは関係ありません、今のニケさんが幸せだと思ってくれているのならそれで十分です。」
「ほら、こういう所ですよ。」
嬉しそうに微笑むニケさん。
娼婦だからなんだって言うんだ。
世の中の仕事に綺麗も汚いも無い、娼婦だって立派な仕事だ。
その仕事に誇りを持っている人だってたくさん居る。
俺だけじゃない、エミリアもシルビアもユーリもセレンさんも。
誰一人ニケさんを軽蔑する人は居ない。
奴隷だからなんだって言うんだ。
亜人だからなんだっていうんだ。
一人の人である事に変わりないじゃないか。
まぁ、こんな偉そうな事言いながらハーレムをつくろうとか思っていたわけなんですけどね。
無理やり服従させるよりも、望んでくれた方が俺は嬉しい。
「今、幸せですか?」
「それをわざわざ聞きますか?もちろん幸せです、イナバ様にお会いできて本当に良かった。」
「そう思ってくださってありがとうございます。」
「本当ならここでお礼の気持ちを表す所なんですけど、奥様方に怒られちゃいますので。」
お、お礼の気持ちってなんでしょうか。
もしやあんな事やそんな事やこんな事まで!?
なんて、嫁に手を出さないチキンが何を行っているんだか。
改めて言って置くけど童貞じゃないですからね!
素人童貞でもないよ!
ちょっとチキンでムッツリなだけですからね!
「あはは・・・。」
チキンは大人しく愛想笑いだけしておこう。
「今日はメルクリアさんとあの二人も一緒に御飯を食べます、閉店まで頑張りましょう。」
「あ、皆さん一緒なんですね。」
「色々ありまして。」
「あの二人はどうなるんですか?」
「そこも一緒にお話しする予定です。」
「じゃあその時まで楽しみにしています。」
彼等の処遇はもう決めてある。
村長のありがたい申し出もあったし、手続きに関してはメルクリア氏が手伝ってくれるそうだ。
いやぁ、持つべきものは信頼できる人間ってね。
「イナバ様。」
「どうしました・・・。」
突然ニケさんが真顔になった次の瞬間、俺の頬にニケさんの唇が押し当てられていた。
「二人を助けてくれてありがとうございました。」
ハニカミながら伝票整理をし始めるニケさん。
突然の事に、俺はどうリアクションしていいのかわからなくなってしまった。
頬に残る感触が生々しい。
おもわず指で触れてしまった。
これがキスって感動する年でもないか。
「ご主人様、私もよろしいですか?」
「えぇ!?」
後ろを振り返るとユーリが反対側からこちらをのぞきこんでいた。
家政婦は見た。
ならぬダンジョン妖精は見た状態だ。
「えっと、どういう理由で?」
「そうですね、あの二人を助けたという理由は使われてしまいましたので、私がしたいからというのはどうでしょうか。」
「却下です。」
「では奥様に報告します。」
「も、もちろん構いません。」
「二人っきりでいい雰囲気だったとも付け加えておきます。」
「ユーリさん、脚色するのはおやめなさい。」
「いえ、本当にそんな雰囲気でしたので。」
アカン。
絶対にあれこれ付け加えて言うに決まっている。
その後なんとかユーリをなだめ、セレンさんとウェリスを見送った後無事に閉店を迎えるのだった。
やれやれ、大変だった。
でも今日はまだ終わらない。
これから大事な話が待っているんだ。
最後にもうちょっと、頑張ろう。
子供の時全裸で水浴びしませんでした?
え、しない?
おかしいなぁ、男女関係無く一度はするものだと思っていたけど。
それだけ古い人間という事か・・・。
今回はそんな子供の戯れから発生したお話でした。
前回少し難しい話しになり、次回も真面目なお話になる予定なのでインターバル的なお話です。
村づくりを進めるために重要になってくるのは何か。
そんなお話と彼等の処遇がわかります。
面白くない?
早くイチャコラしろ?
そういわずにお付き合い頂ければ幸いです。
ここまでお読み頂きありがとうございました。
またお読み頂ければ幸いです。
どうぞ宜しくお願いいたします。




