採用担当はスーツが似合う
何も見えない漆黒の世界に急に強い光を感じてそちらに顔を向けること数秒。
気づけば目の前には木製の椅子とテーブルが置かれている。
何の変哲もない机の上には一枚の紙が置かれていた。
『履歴書』
そこにあったのはつい先日登録した転職サイトに提出した履歴書だった。
イナバ シュウイチ 31歳 血液型A型 趣味、特技、志望動機云々。
何故こんな所に履歴書があるのかわからなかった。が、オファーメールからよく分からないがこんな所に来ているわけだ。
非現実的なのは間違いない、しかし面接を希望したのだからこれがそうなのだろう。そっと椅子に腰掛けてみた。
異世界にもぐりこむゲームや漫画は数多く知っているけれど、まさか自分がそうなるなんて思いもしなかった。
これで興奮しないオタクがいるだろうか。否、興奮するに違いない。
「ようこそおいでくださいました、イナバ様。」
鈴のように澄んだ声に驚き、顔を上げた。そこにはスーツを着た美しい女性が立っていた。
身長は恐らく自分より少し低いぐらい。この前の健康診断で172cmだったから165cmぐらいだろうか。
ほっそりとした体型に少し不釣合いなバストがスーツを押し上げている。
鮮やかな金髪は肩まで伸び、まるでパン〇テーンのCMのような艶がある。
タイトスカートから見える足も綺麗だ。非常に宜しい。
出来ればくるっと回って全身を見てみたいぐらいだ。
「いかがしましたか、イナバ様。」
「あ、いえ綺麗だと思っただけで。どうもすみません。」
「綺麗だなんて恐縮です。はじめまして、私はダンジョンスマート商店連合所属、採用担当のエミリアと申します。この度は当連合の求人にお申込いただき有難う御座いました。」
エミリアというその女性はぺこりと会釈をする。そこで気づいた。
耳だ。耳に違和感があるんだ。たとえるならばそう、エルフのように耳が長い。
背の高さも、体の細さもエルフだと思うと納得がいく。ファンタジーだ。
そう、ファンタジーの世界と同じだ。つまり、この先には剣と魔法とキャッキャウフフな世界が広がっているかもしれない。
そうだ、そうにちがいない。
ムフフ。
ブラック企業勤務のさえないサラリーマンから伝説の勇者にクラスチェンジする時が来たのだ。
待っていろ、見た事もない美女たちよ。今いくぞ!
「あの、イナバ様大丈夫でしょうか。転移魔法はできるだけブレの少ないようにしたつもりですが、体調悪いようでしたらお水お持ちしましょうか?」
「いえ、大丈夫です、恐縮です。美女たちのためにもここで立ち止まっているわけには行きません。」
「美女、ですか?」
しまった、失言だった。どうする、間違えたフラグとかたてて気づけばただの雑魚冒険者とか言うオチ?
それはまずい、非常にまずい。
考えろ、この美少女とキャッキャウフフする方法は?ってこれもちがう。
「失礼しました。求人の詳しい説明をお願いしても宜しいでしょうか。」
「そうですね、それでは改めましてお話に入らせていただきます。」
グッジョブ俺。これでとりあえず問題なく話が進む。
あとはおいおい考えていけばいい。なるようになる。
「当商店連合では、このたび新しいダンジョンの開通と共にそこで働いてくださる店長を募集しております。ダンジョンの運営、管理。ならびにダンジョン横に併設いたします商店の営業もお願い致します。」
「店長…ですか?」
「左様です。当商店連合はダンジョンの成長と共に大きくなってまいりました企業です。最近では王都近郊の巨大ダンジョンにて最大深部までの成長が3つと他のダンジョン企業と比べましても非常に優秀な業績を収めております。そしてこの度、王都ではなくあえて辺境の地にダンジョンを建設し、そこから町そのものを発展させようという計画が持ち上がりました。そこで、イナバ様にはこれまでのすばらしい経験を元に、是非、この計画を成功させて頂きたく通知を送らせてていただいた次第です。ここまでは、よろしいでしょうか?」
あれ、不採算店舗の閉店・・・じゃなかった再興と言う話はどこにいったんだろう。
剣と魔法の世界で美女たちと宜しくやるはずが、ダンジョンを経営して、お店を大きくして、町も作ってしまおうって、それはあれか巣○りドラゴンとザ・コ○ビニとシ○シティを足して割ったような感じじゃないか。
ダンジョンは潜るもので作るものではない。地図を全て埋め、隠し部屋を暴き、財宝を全て集めて制覇してこそのダンジョンだ。
それを、作って運営する?つまりは攻略する側からされる側に回れということだろうか。
「ちょっと、余りにも話が大きすぎてついていけていない感じはありますが、つまりはダンジョンを作って育てろということでしょうか。」
「そうでございます!さすがはイナバ様話が早くて助かります。これまでたくさんの方にお話させて頂きましたが、みなさま理解していただけず帰る帰るの一点張りで…。」
それはそうだろう。いきなりわけもわからない空間に呼び出されて、ダンジョンの運営をしろだなんて。普通の人間には、理解どころか夢か幻かドッキリぐらいにしか思わないだろう。
しかし、なぜだ。なぜ自分なんだ。営業成績は中の下、残業と称してのゲーム三昧。履歴書を見てもこれといった資格や業績はなし。
そもそもこんなオファーが非現実的ではあるが、この履歴書でオファーが来ること自体が非現実的である。
「話が変わりますが、何故私なんでしょうか。」
率直に意見ををぶつけてみる。
回り道なんてことはせず、ただまっすぐ核心に近づくほうがいい。
「迷いのないダンジョン攻略、地図を有効に使う技術、さもそこに罠があるかということを知っているかのような回避術。回復地点をうまく利用した攻略方法は他の方々の追随を許しません。ダンジョンの何たるかを全て知っているイナバ様こそが相応しいと思っております。それに…」
つまりは営業成績ではなくダンジョンの攻略技術にオファーがきたということか。
「それに…なんでしょう」
「この計画が成功した暁には、こちらの世界への永住権が与えられる予定となっております。もちろん、完了後お帰りいただいてもかまいません。ただ、異世界移住計画を考えるほどのお方だと伺っておりますのでこれほどの条件はないかと思います。」
異世界移住計画。
それは今を去ること10年前、まだオタクの中級クラスにも入っていない若造だった自分がとあるサイトに垂れ流した移住計画書だ。
異世界へいくこと出来たならば、どのように生き、どのように冒険するのか。一時流行したリレー形式の設問である。
なりたい職業、生きたい場所、したいこと、順番に項目を埋めて行き誰に読まれるわけでもなく垂れ流す。
そんなことが楽しくて、毎日ネットの海に飛び込んでいた。懐かしい、いや、恥ずかしい黒歴史だ。
「それは、過去の話であって営業成績の悪い自分には運営なんてむいていないと思います。それに、私が得意なのは運営ではなくて攻略です。」
「存じております。しかし、考えてみてください。イナバ様ほどの方なら感じたことがあると思います。何故こんな所に隠し通路を作るのか、こんなとこに回復地点を作るのか。ダンジョンは攻略が難しければ難しいほど人を呼びます。その人たちの裏をかき、攻略不可能と呼ばれるまでの自分だけのダンジョンを作り上げる。イナバ様しか作れない、本当のダンジョンに興味はありませんでしょうか。」
考えたことがないわけではない。回復ポイントが無いダンジョンの無駄さ加減。不必要な罠に不必要な階段。いかにスマートに攻略速度を下げつつぎりぎりの攻防を行うのか。これこそがダンジョンのあるべき姿だと思ったことがある。
つまり、これはその願望を満たすチャンスだと言っているのだ。
興味がないわけではない。むしろ、非常に興味がある。世界に名をとどろかすダンジョン。難攻不落のダンジョンとして自分のような冒険者を喰らい尽くすキングオブダンジョン。
面白い。
非常に面白い。
いいかもしれない。ダンジョンを攻略するのではなく作るのだ、これほど楽しい事はないだろう。誰にも攻略できないナンバーワンのダンジョンだ。最高じゃないか。
それにうまくいけば異世界移住計画までも成功する。
この機会を逃すわけにはいかない。
異世界で美人に囲まれてハーレムをなんていう夢もかなうかもしれない。
ハーレム。いい響きだ。
なんかこう、怠惰で淫らな響きだ。
美少女アニメおなじみの設定に誰しもあこがれたことがあるだろう。
何せ目の前にはあのエルフ?がいるんだ。
ファンタジー世界でおなじみのダンジョンがある。つまりはモンスターも剣と魔法も勇者と魔王も!
おなじみファンタジー世界で素敵生活の始まりだ。
もうブラック企業にこき使われることも、嫌な上司に会うこともない。
決めた。
「話を進めましょうか、エミリアさん。」
目の前に立つスーツのエルフ?美人にそう、切り出した。