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全てはここから

 

 最後の部屋も征服して、無事地図が100%になる。


「よし、これでこの迷宮も制覇したな。最後の最後でちょっと危なかったけど回復ポイントが近い親切設計が助かった。」


 誰もいないフロアに1台だけ付いたモニター。画面には踏破されたダンジョンにコンプリートの表示が出ている。


 そう、俺は無事にダンジョンを攻略したのだった。もちろん、ゲームの中でだが。


 しかしいつも思うんだが、どうしてわざわざセーブポイントをボス前に作るんだろうか。


 道半ばの回復ポイントもセーブポイントもゲームプレイヤーに配慮してのことだろうが、実際ボスからしてみればたまったものではない。


 ぎりぎりのところまでHPとMPを消費させてフラフラになったところを叩く。


 もしくは罠や大量のモンスターなどで追い払うのがベストではないのだろうか。


 まぁ、ゲームなのだから快適でなければ飽きられてしまう。


 最近のゲームはぬるい。


 そういう人が出てくるのも仕方ないのかもしれない。


 いまやゲーム人口の半分はゆとり世代だ。


 それに、現実でこれほどのハードモードを戦っているんだ。


 せめてゲームの中ぐらいはイージーモードでもいいのかもしれない。


 今日もこうやって、誰もいないのを好都合に今日も残業と称してゲームに明け暮れている。


 どうせ残業代も出ないブラック企業だ。せめてプロバイダ料と電気代ぐらいは払ってもらったって罰は当たらないだろう。


 31歳独身オタクサラリーマンのプライベートなんてこんなものだ。


 毎日同じ時間に起きて同じ時間の電車に乗って、うれしいハプニングなんかあるわけもなく出勤する。


 嫌味な上司にネチネチ言われながらも、昼飯と、夜のこの時間を生きがいにする毎日。


 アフターファイブなんてくそくらえだ。


 そんな時間に帰れるならテレビの前でタワーをなすあの積みゲーは存在していない。


 同僚と呑みに行く?


 何で知らないやつとくだらない話をしなければいけないんだ。


 彼女の一人でもいたら話は別だが、生憎そんな時間もない。


 時間があったとしてももっと自分のために使うね。


 リア充、爆発しろ。


 ブラック残業万歳ハレルヤ、神様がいるなら本人も相当ブラックな仕事をしているに違いない。


 だからその腹いせにブラックな人生を送る人間が増えているんだ。


 自分の不幸を他人に押し付けないでほしい。まったく、迷惑な話だ。




 キリのいいところでゲームを終了すると、受信メールがあることに気付く。


 午後11時を過ぎたこの時間にくるメールなんてウイルスメールか出会い系の迷惑メールぐらいだ。


 いや、まてよこの前登録した転職サイトから来てるかもしれない。


 神様のやつがちょっと気晴らしに良いことをしようとか思ったに違いない。


 きっとそうだ。


 そうに違いない。


 万歳ハレルヤ、アーメン。神はそこにいるのだ。


 チカチカと点滅するメールアイコンをクリックする。





 〈無料のお楽しみサイト!ムフフな楽しみが今ここに!〉


 〈新しいにもつが、きました。うけとった、配達、もう一回〉


 〈はじめまして、この前ごはんにつれていってもらったアケミです、〉





 くたばれ神よ。ファッキンサノバビッチ。


 ムフフなお楽しみってなんだよ。むしろムフフって古いだろ。いつのメールだよ。


 新しい荷物来て受け取ってるのに再配達するなよ。何個来るんだよ。日本語おかしいし、ウイルスですって言ってるのと同じじゃないか。


 そして誰だよお前。ごはん連れて行ったことなんてないよ。いつの話だよ。


 奢りなら肉食わせろ、肉。


 くだらないメールばかりだった。


 時間を損した。


 わかっていた。俺の人生と一緒だ。無駄でくだらない。


 期待した自分にへこみつつ、ページを消そうとしたその時だった。


 最後に見落としていたメールを発見した。





 〈素晴らしい経歴をお持ちのあなたにご紹介したい仕事があります〉





 これだよこれ!


 こういうのを待っていたんだ。


 神は見捨ててなんていなかった。


 ビッチなんて言ってすみませんでした。


 ありがとう神様。愛してるよ!


 なになに、送り先はDスマート商店連合か。


 商店なのか連合なのかどっちなんだ。


 まぁ転職紹介の集まりみたいなものだろう。





 〈はじめまして。この度貴方様の素晴らしい経験を拝見し、ぜひご紹介したい案件がございますのでご連絡させていただきました。


 現在商業的にうまくいっていない店舗がございまして、ぜひ貴方様のその卓越した技術と知恵をお借りして立て直していただきたいのです。


 もちろん、できる限りのサポートはさせていただきます。見知らぬ土地や文化の中で戸惑う部分もあると思います。


 しかし、貴方様ならきっと成し遂げていただけると信じてこのメールをお送りさせていただきました。


 是非、わが商店連合に力をお貸しいただければと思います。


 素晴らしい攻略精度。


 的確な指示と、行動、そして危険な場合でも発揮される判断力。


 その全てがわたくしたちの求めるところでございます。


 もし、興味を持たれた場合は一度下記アドレスからご連絡いただければと思います。


 良いお返事をお待ちしております。


 http://www.d.smartshop.co.jp



 Dスマート商店連合 採用担当       





 追伸…メール開封後5分以内にお返事がない場合はご意思なしとさせていただきます〉





 ふむ、なるほど。


 不良店舗の再興ってやつだね。


 まかせなさい。クローザーと言われたこの俺がいればもう安心だ。


 しっかり閉店まで誘導して顧客を近隣店舗に振り分けて見せよう。


 最小の被害で済ませるのが私の使命だ。


 って、違う。閉店させてはいけない。


 不名誉な称号を持ってしまったものだ。閉店させたい店に厄介払いで飛ばされること数知れず。


 ついたあだ名は閉店請負人。またの名をクローザー。


 カタカナで言ったからってなにもカッコよくもない。


 それに今回は閉店ではなく再興だ。


 どこの誰がどんな風に評価したのかはわからないが、こんなに褒められると背中がかゆくなる。


 こう、ゾワゾワっとくるあれだ。


 ここ最近褒められたことなんてない。そうだな、最後に褒められたのはダンジョン攻略の最短方法を発見してサイトにアップしたときだろう。


 あの時ほどアクセス数を稼いだ日はない。


 数々の感謝の声。アドバイスへの称賛。たまらなくいいものだった。


 いいだろう。


 そこまで言われると断りにくい。


 頑張って見せようじゃないか。


 このブラック企業にいても給料も待遇も上がらないしな。


 どうせなら求められるところで仕事がしたい。


 そう思うのが普通ではないだろうか。


 そうにちがいない。


 見知らぬ土地や文化など転勤するときに常に経験している。


 日本語での勧誘ってことは海外でもないだろう。


 引きこもっていればその土地の文化など気にならない。


 休みの日は家で休むに限る。


 外に出るのは買い物とジョギングだけで十分だ。




 

 しかし、なぜ5分以内なんだろうか。


 もう少し考えて返事を出すのが普通なのではないだろうか。


 罠か?


 何も考えずにホイホイついてきたやつをぱくりと食べてしまうあれか?


 骨の髄まで搾り取っていらなくなったらポイってやつか?


 どうせ今のままでも搾り取られていることには変わりないしな。


 社会は数多くの我々社畜によってまわっているのだ。


 クソ資本主義万歳。


 罠でも何でもいい。ここで引いたら男が廃る。


 どうせ1度きりの人生だ。


 楽しくやろうじゃないか。


 カモン、はなまるボックス!


 勢いに任せ、青く光るアドレスバーに触れたその瞬間。



 


 世界は暗転し、意識は星の彼方へ消えた。


 そう、バッドエンドだ。


 後悔先に立たず。


 俺がなぜダンジョンの店長になったのか。


 ここがすべての始まりだった。

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