第〇話 末王子未満
「お前みたいなやつが末王子な訳があるか!!」
そう言った門番に俺は押し飛ばされる。
……俺が王子じゃないなんて、そんなことは分かってる。
いやいやいや、俺は末王子のはずだ。
落ち着け。とりあえず横になろう。
門番の目に付かない程度に離れた場所に座り壁にもたれかかる。
そもそもどうして俺はこんなことになったんだっけ?
目をつぶり、肉体的疲労と精神的疲労により薄れゆく意識の中、前世の命日から今までのことを思い出す。
●●●
今日は朝からもの凄い雷雨だった。
天気なんてものは高校三年生だと言うのに一日中ゲームをしている俺にはあまり気にならない。
だが今日は大好きな『魔法暴走科学娘』の最速放送が衛星放送であるからその限りではない。
なんとか放送時間の22時までに雷雨が収まらないかとテレビのCSチャンネルを適当につけて電波の入りを時折チェックしていたが、放送時間直前になっても映る事はなかった。
だけど俺は諦めなかった。
前々から数年前より電波の入りが悪いような気がしていたのだ。だからアンテナの向きを変えれば映るかもしれない。
意を決した俺は、離れ2階にある自室の窓から母家の屋根に飛び移る。飛び移る間にびっしょりと濡れる。
それほどの豪雨で前は見えづらいが一本道なので大丈夫だ。
10メートルほど先の母家端に衛生アンテナが立ってある。衛生アンテナが向いてる先には小学校があるから元々電波が入りにくいのだ
その分少しの調整で電場の入りが良くなる可能性は十分ある。CSチャンネルが映ったら分かるよう音量を最大にセッティング済みだ。
三角屋根の上にまたがりゆっくり進んで行く。
そしていざアンテナを調整しようした時――頭上からピカッと光りを感じた。
●●●
「はっ!」
当たりは真っ暗。
目の前には女神のような人。
俺は死んだのか。あの光の後、雷に打たれたんだろう。そこまでは鮮明に思い出せるしきっとそうだ。
不思議と絶望しなかった。元から人生に嫌気がさしていたからアニメのためにあんな危険な事をしたのかもしれない。
「初めまして、女神です」
当たりは真っ暗なのに女神がはっきりと見えるのでそんなことは分かっている。
この光源体のような眩しいお方は女神だ。
本当にいたんだな。
「初めまして、 鈴木幸喜 です」
「はい。鈴木さん。早速ですがごめんなさい。あなたが死んだのは私のせいです」
……突然そんなことを言われて俺は固まってしまう。
この人、雷神? いや、女神って名乗ってたな。
「わけが分かりませんよね。説明しますと雷はあなたに落ちたんじゃなく私が発生させた磁場に落ちたのです」
「その、なんで磁場を?」
「私が現世に表れる際には強烈な磁場が発生するんです。表れると言ってももちろん見えませんけどね」
「なんで俺の家に出てきたんですか?」
「すみません。適当です。まさか雷雨がある場所に出現して避雷針も機能しないとは……」
「女神さんのせいで俺が死んだ。それも自然の摂理何でしょう?」
「いえ、出現場所を確認しなかったのは私の怠慢です。本来は確認するべきだと反省しています。先代は自分の怠慢で人を死なせたりしていません。」
……。
なんだと……。
完璧にこの女神のせいじゃないか。
まだみたいアニメの続編もやりたいゲームも山ほどあったのにこいつのせいで見られないのかよ!!
糞っ!!
この人、よくここまで女神してきたな。
「あんた女神何年目なんだよ!!」
「1年目です。」
超新米じゃねえか。教育係いねえのかよ。糞がっ!
「あなたの感情がすごく伝わってきます。生きていたかったですよね。本当に申し訳ありません。」
こいつ俺の心が読めるのか!?
それとも顔に出てたか。
「ですが救いはあります。あなたは蘇ることが出来ます。
残念ながらあなたのいた世界には蘇ることはできませんが異世界ならばそれは可能です。」
異世界だって!!
女神がいるなら異世界があってもおかしくないって事か!!
やるじゃねえか。見直したぜ糞女神!!
「それを早く言ってくださいよ」
「蘇りますか?」
「もちろん蘇りますけど、この体で今の記憶を保持したまま蘇るんですか?」
「はい。異世界でどんな暮らしがしたいですか?」
どんな暮らしってそりゃ……。
「楽がしたいです。」
「お金ですか?」
金……。金だけじゃだめだ。狙われたら困る。
強さも求めれば良いかもしれないが争いは争いを生むとよく聞くし、できるだけ穏便に暮らしたい。
「お金もそうだけど権力が欲しい。恨みをかわない権力者がいい」
「そうですね。でしたらある大きな国の宿屋の主とかどうでしょうか? 間もなく席が空きますしできてすぐですので主が変わっても問題ないかと思います」
席が空く? その主がもうすぐ死ぬということか。
しかし大きな国の宿屋なんて問題が起きそうだぞ。
「他にないですか?」
「そうですね。先ほど言った国よりは少し小さい国の商店主の席がもうじき空きそうです。いかがなされますか?」
商店主。俺に商売ができるとは思えない。
それにさっき言っていた『主が変わっても問題ない』というセリフ、今回は言っていない。
恐らく強引に俺が主になればその店と主を古くから知る客や従業員、主の家族から不満が出るんだろう。
どうやら元からそこにいたように異世界の俺の歴史を問答無用で構築する事はできないらしい。
次はこちらから権力者の役職名を出してみるか。
そうだな。俺でもできそうな、誰でもできそうな、権力者……。
「王子にはなれませんか?」
名案と思ったが言ってから気付いた。さっき歴史を構築できないと結論つけたばかりじゃないか。
誰かの子供になれるなら、権力者の世継ぎの息子になるという提案を既にされているはずだ。
女神が考えるそぶりを見せしばしの沈黙が流れた後、口を開く。
「王子になれますよ。」
「本当ですか!?」
「はい。ただあなたの兄に当たる方は456人いますのであなたは457番目に産まれた末王子となります。」
「へっ!?」
あまりのことにアホみたいな声を出してしまった。
「ちなみに姉にあたる方は544名います。」
そうか。兄がそれだけいるならいるだろうな。
それにしてもすごい数だ。
「弟と妹はいません」
妹がいないなんて……。多すぎる姉から一人回してくれたっていいじゃないか。
それにおれは一人っ子だからできれば弟も欲しかったかな。
でも王子になれるんだからいいか。
「それだけいるなら一人ぐらい無理に増やしても問題ないと言うことですね」
「はい。ではこの条件でよろしいですね」
「お願いします。後質問なんですが――」
「ごめんない。もう時間です。」
食い気味に女神が俺の言葉を遮ってきた。
「はい?」
「あなたを転移させます。」
女神がそう言うと急にあたりが明るくなってきた。
いつの間にか足元に光の輪があって俺はその中にいる。
なんとなく今から転移するんだと実感がわく。
「ちょっと待っ――」
さらに明かりが増す。
もう女神をほとんど視認できない。
あいつ、何か都合が悪いから会話を切り上げただろ。見直したのは間違いだった。
「糞女神ーーー!!」
転移する間際俺は力の限り叫んだ。