作物育成ゲーム~妖精の花園~
「ふんふっふっふふ~ん」
『鼻歌はやめなはれ。アンタ、一応お嬢様やで』
えせ関西弁の妖精が、菜園の水やりをしている私のまわりをふわふわと飛び回り、苦言を呈する。
「ふんふんふ~ん、鹿n――」
『あかーん!」
調子に乗っていると、後頭部に収穫未満の小さなトマトが投げつけられた。
固くて良かった、痛いだけで済んだわ。
「先刻から邪魔ですわよ。ヨーデリッヒヴィーデルンゲルム」
『わしの真名を呼ぶなと何度言わせれば気が済むんじゃ! この脳足リン娘がぁぁっ!』
ゲルムが放った小さい雷をひらりと躱し、ジョウロに水を汲みに行く。
ここのところ、雨が降らないから土が乾いてしょうがない。
今日の水やりだけで何往復したことか。
シンプルな紺色のスカートを押さえ、樋から流れ落ちる水をジョウロに汲む。
本当は農作業しやすいように、モンペとか履きたいのだけれど、立場上許されず。少しでも動きやすい膝下のシンプルなスカートに長靴を履いて、日焼け対策につばの大きな帽子を被らされている。
『こげんサポートキャラを蔑ろにする転生者もようけおらんわ! 花園っちゅーてるのに、なして野菜ばっかり作ってんのや! 食ってどうする! 愛でろっちゅーとるんや! 妖精の花を育てんかーい!』
サポートキャラとか、とってもゲームチックな用語。
妖精が沸く花を育てて、妖精を増やせとか言われてもねぇ。こんなのが大量発生なんて、考えただけでウンザリしちゃうじゃない。
妖精が増えたらその分、分岐が増えてとか、魅了が上がるとか喚いてるけど意味がわからないわ。
「あなた、方言がちゃんぽんになってますわよ? プログラムにバグがあるのではなくて?」
うふふふーと微笑んで指摘すれば、可愛らしい顔が憤怒の形相になる。
あらいけない。
むんずとゲルムを掴み、思い切り遠くへ放り投げる。
『ぎゃぁ――――す!』
弧を描いた一番高い場所で、ゲルムがパーンとはじけ飛んだ。
やっぱり、バグなのかしらねぇ。
怒りすぎるとああやって爆発しちゃうのよね。
元に戻るまで十日ぐらい、その間は穏やかな日々が過ごせるわ。
「ふんふんふふ~ん」
流石は育成ゲーム。土地のpHも連作障害もなんのその、なにを植えても簡単に育つわ~。
気候もいいし、二毛作も二期作もどーんと来い!
たぁのぉし~すぅぎ~るっ。
種を蒔き、水をやり、そうすれば実がなる。
除草も病害虫駆除も土壌改良もしなくても、十二分に実が付くのよ!
なんという天国っ。
「なにか、見てはいけないものを見てしまった気がする」
背後から掛かった声に、ゆっくりと振り向く。
きりりと凜々しい偉丈夫が、あぜ道からこちらを見下ろしている。
「あら。婚約者殿ではありませんか? どうなさいましたの?」
帽子を押さえながら見上げれば、彼は私の自慢の畑を見渡していた。
「今日は王宮での舞踏会だろう。少し早いが、迎えに来たのだが……」
だが、と言った後、私自慢の畑を見て感心したようにため息を吐く。
「素晴らしい畑だな。よもや公爵令嬢が手ずから育てているとは思えない、立派なものだ」
「うふふふ。ありがとうございま――「褒めてないからな?」……左様でございますか。残念です」
大盤振る舞いしようとしていた笑顔を引っ込めて、持っていたジョウロを畑の脇に立ててある小屋に仕舞いに行き、そばに作ってある水場で丁寧に手を洗う。
「このようなこと、使用人にやらせればいいだろう。君はもっと公爵令嬢という立場を理解してだな」
わざわざ付いてきて、いつものように小言を漏らす彼の唇に、濡れたままの人差し指を当てて、続きを遮る。
「り・か・い、しておりますわ」
背の高い彼を上目遣いに見上げ、ほんの少し唇を緩める。
ほら、彼の目に色が宿った。
彼の手が腰に回り、唇を止めていた指先を食まれる。
ちゃんと令嬢としての役目は果たしているでしょう? 婚約者殿の心をつなぎ止めるという、ね。
「婚約者殿。女の支度は時間が掛かるんですよ? もう、準備をいたしませんと」
「つれないな。もう少し、貴女と二人きりの時間を過ごしたい」
そう言いながら首筋に唇を寄せてくる彼の前髪をツンと引っ張り、その耳に唇を寄せる。
「馬車の中の方がよろしいのではなくて?」
暗に密室に誘えば、簡単に引っかかってくれる。
勿論、実際に馬車に乗れば、衣装が乱れるからと言って彼の手を拒む予定だけれどね、うふふふー。
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アラヨ♪ └( ̄- ̄└)) ((┘ ̄- ̄)┘コラヨ♪(←※アイキャッチ)
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「エヴァレンシス様への愛が無い貴女などに、彼を癒やせるとお思いですかっ! 孤独を抱えた彼の心は、わたくしの愛で癒やしてみせますっ!」
舞踏会が始まり、婚約者殿と一旦離れ、友人達と和やかに歓談していた所へ、ずかずかとやってきた派手な顔立ちの少女が、公爵令嬢である私に喧嘩を売ってきた。
彼女の肩に可愛らしい妖精さんが乗っているから、彼女も転生者なのだろう。室内が明るくてはっきりとは見えないが、小さな妖精達も青みがかった光で儚く明滅しながら、ふわふわと彼女の周りにまとわりついている。
転生者以外には見えない者達だけれど、邪魔じゃないのかしら?
私の正面に立つ小柄な彼女を、おしゃべりを止めた私達が見下ろす。
「お知り合いでらっしゃるの?」
私の隣に居た友人が、彼女から視線を外さず扇を開いて口元を隠しながらこそこそと私に尋ねてくる。
「いいえ、存じ上げませんわ。お嬢ちゃん、パパかママとはぐれたのかしら?」
少し腰を落とし、彼女と同じ目線でそう尋ねれば、みるみる内に彼女の顔が赤くなる。
あら、面白い。
わざとらしく口元に手を添えて、小首を傾げて見せる。
「困りましたわね。こんな小さなお嬢ちゃまを一人にするなんて。大丈夫? 怖くありませんからね?」
「ばっ! 馬鹿にしないでっ! わたくし、これでももう十五歳ですっ」
彼女が真っ赤な顔でそう怒鳴れば、思わずといった調子で、私の後ろに居る友人達がくすくすと笑い出す。
私は中腰を止めて腰を伸ばし、表情を引き締める。
「でしたら、貴女のその行動が、貴族の令嬢としてあるべきものではないと、理解なさいませ」
「フラウリア。どうかしたのか?」
「ひゃぁっ。本物のエ、エ、エ、エヴァレンシス様ぁっ」
気の抜けた悲鳴を上げる少女を尻目に。低く甘い声と共にするりと腰に手が回り、私の隣に婚約者殿が立つ。
目の前の少女は頬を染めて彼を見上げ、周囲を漂っていた妖精達の光がピンク色に変わる。彼女の心情と連動しているのかしら?
「あら、あなた。お帰りなさい、もうご友人達との語らいはよろしくて?」
「後でまた行くが、まずは君を補給に来た。フラウリア欠乏症で目眩がするよ」
そう言いながら、わざとらしく私にしなだれかかる彼を軽く諫める。
「もうっ、こんな衆目の場では、おやめくださいとお願いしているでしょう」
「僕が君のものであると、アピールしているだけだよ。ところで、彼女は?」
そこでやっと、目の前で真っ赤になって小刻みに震えている少女に意識を向けた彼の目は、仕事中の彼のように至極冷静なものだった。
「はっ、はじめましてっ。わ、わ、わた――」
「あら、てっきりあなたのお知り合いかと思っておりましたわ。だって彼女、あなたへの愛がどうのとおっしゃっていたから」
自己紹介を始めようとした彼女を遮り、彼へ話しかければ。彼の視線がこちらに戻ってくる。
「僕への愛? 僕は君からの愛さえあれば他になにも要らないと、君が一番知っているだろう?」
私を見下ろす彼の視線が、柔らかく甘さを帯びる。
その甘ったるさに思わず頬に熱が集まり、視線を下に逃がせば。目を丸くしている少女と目が合った。
小動物のようなその驚き方に、思わず頬が緩む。
「ねぇ、先ほど、愛が無いなどとおっしゃってましたけど。私、自慢ではありませんが、溢れるほど愛がありますの。おわかりになりまして?」
そう彼女に確認していると、顎を囚われ強引に彼の方を向かされる。
「フラウ。僕以外に笑いかけないでほしいのだが?」
「ふふふっ。そうもいきませんわよ。これでも随分自重しているのですから。同性にはご勘弁下さいな」
くすくす笑えば、私の友人達も参戦してくれる。
「そうですわ。彼女の渾名をご存じありませんの?」
「渾名、ですか?」
彼が不思議そうに首を傾げれば、それは楽しそうに答えてくれる。
「氷華の令嬢ですわよ。氷の花のように冷たく美しいという意味だそうですわ」
「氷の花……」
「うふふっ。私、頑張っていますのよ? あなた以外の殿方と、挨拶以外したことがありませんもの。あなた以外とおしゃべりしたいとも思いませんし」
私の言葉に、友人達が頷いて同意してくれる。
それを見て彼の頬がかぁっと赤くなり、ぱたりと私の首筋に顔を伏せてしまう。
あら、珍しく可愛い表情なのに、見られないわ、残念。
「フラウが可愛すぎて、しにそうです」
「まぁ。それは大変だわ」
くすくす笑う私や周囲にはじき出されるように、例の少女は居なくなっていた。
顔の熱が引いた彼に誘われて、二曲ばかり踊った後、彼と別れて火照った体を冷ます為に中庭へ出る。
中庭には要所に兵士が配されているので、一人で夕涼みしていても問題は無い。
「お待ちになって、フラウリア……様」
後ろから掛けられた声に、ゆっくりと振り返れば、先程の少女が立っていた。
「あ、貴女は、一人も妖精を使役していないのだから、さっさと、このゲームから降りなさいよっ」
私の前に仁王立ちする彼女の周囲には、闇の中にきらきらと光を増した無数の妖精達が飛び回っていた。
彼女の肩に乗っている妖精よりも随分小さくて、私の親指ほどの大きさで。正直言って、気落ち悪い。
「げえむ、とは一体何の事でしょう?」
戸惑う顔をして思い切りしらばっくれれば、動揺した彼女がアワアワしながら説明してくれる。
「こっ、ここが『妖精の花園』だって知ってるのでしょっ。妖精花を育てて妖精を増やして、魅了の力を増やしながら、イケメン王子やナイスミドル伯爵やクールガイの宰相、他にも沢山居るけれど、そんな良い男達を落とすゲームよっ」
……作物育成ゲームじゃなかったのね。
それにしても、こんな頭の貧しい子が、国の重要人物を落とす……それは、見過ごせないわね。
ぱっぱっぱと彼女の回りを飛んでいた羽虫、もとい、妖精達を捕まえて。それらに二言三言声を掛ければ、ウチのゲルムのように憤怒の形相になる。
「ちょ、ちょっと! なにし――」
「よっ!」
手に持った妖精達を空高く投げ上げると。
ポポポポポン! と連鎖爆裂し、可愛らしい花火のように弾け散った。
「――へ?」
ついでに呆気に取られている彼女の肩の上の大物も捕まえ。キーキー喚くそれが憤怒の形相になるのを待ってから思い切り放り投げた。
パーン
綺麗な花火になりました。
やっぱり害虫、もとい、妖精駆除は夜の方が綺麗ね。
へなへなとへたり込む少女を、近くの兵士にお願いして王宮の中に連れて行って貰う。
妖精をパーンさせた事が無いのかしら? 十日前後でまた元に戻るっていうことも知らなさそうね。
「フラウ。肩が冷えているよ?」
いつの間に来ていたのか、彼が自分の上着を私の肩に掛けてくれた。
その暖かさに、思わず笑みが零れる。
「ありがとうございます、エヴァレンシス様」
「どういたしまして。さぁ、君の友人達も待っている、中に戻ろうか」
スマートなエスコートを受けて、踏み出しかけた足を止め、彼を見上げる。
「どうしたんだ? そんなに不安そうな顔をして」
そう言って心配そうに頬を撫でてくれる彼に、大丈夫だと首を横に振る。
そうよ、ゲームだから彼は私が好きなわけじゃない。
私が私だから、好きで居てくれるのよね?
「ねぇ、エヴァレンシス様。私のどこが好きなの?」
その後、夜風で体が冷え切るまで、彼は私の好きなところを列挙してくれた。その上、好きなところの羅列が高じて愛情が暴走しかけ。周囲の兵士が窘めてくれなきゃ、危うく――。
もう二度と『ゲームだから』なんて思うのは止めようと心に決めたわっ。
「ふぇっくしっ!」
パァーンと弾けた感じのが、急に書きたくなってできあがりました。
色々パーンしてますが、楽しんでいただけましたら嬉しいです。
2016.03.29 こる