表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/6

フィンス――冥闇と呼ばれる男に師事してから約四年と少し。

訓練途中に存在を忘れられる、連絡事項を忘れられる等といった事件は多発したものの、どうにか『あとは経験がものを言う』と技術的には太鼓判を貰ったキーアは無事に王立魔法学院へと入学できた。

第一王子の入学という事もあってか最初の数カ月は騒がしかった学院も時間の経過と共に落ち着き、特に事件もなく月日は流れ、キーアは二年に上がり三度目の長期休暇に突入した。


キーアがフィンスに持ちかけた技術の指導の報酬は学院内での情報であり、学院の外は範囲外となるため、観察対象がいない学院にはいても意味がないからと長期休暇はフィンスからの委託依頼を受けて各地を飛び回っている。

現在は隣国の内情を探る為に国境を越えてエスーティカという国に入って王都へ向け、文字通り一直線に進んでいる所だ。

見知らぬ夜の森でも何の支障もなく走れるのは長年の鍛錬の成果と言える。太陽が沈み、月と星の光だけが頼りの薄暗い森の中を迷う事なく全力で駆け抜ける。

勿論、魔獣や野生の獣の縄張りに足を踏み入れない様にする事や、同業者の警戒網に引っかからない様に常に気を配り、安全確保に抜かりはない。


国によって魔法の特色はあるのだが、隠密や暗殺といった裏社会の人間には国による差異が殆どない。周囲の状況を探る探索魔法、魔法が使用されているかどうかを探る探知魔法、対象を惑わす幻影魔法、周囲の音を拾ったり声を届けたりする音声魔法といったものを使うが、威力や範囲よりも正確性と速度が求められるので魔法式が簡略化された結果、どの国でも似たり寄ったりな形態が確立されたからだ。


ちなみにアーニアスが火や水、土、雷、風といった元素魔法を主軸とした魔法の国だとすれば、エスーティカは身体強化や武具強化が得意な騎士の国だ。

他にもアーニアスとエスーティカの両国に接するルリジオンという国は唯一神を掲げる宗教国家であり神聖魔法を重んじているし、東の小国のユムールは技術が優れており、この国でしか生産できない魔法道具が国を支えている。小さな国々はまだあるが、アーニアス、エスーティカ、ルリジオンの三国がこの大陸の中で歴史も長く、大きな戦力を保持している。


長年、国家間の戦争は生じていないが、エスーティカとルリジオンは数十年程前に大きな戦争をした名残で未だに仲が悪く、時々国境で小さなもめ事が起きていると聞く。

今回はその両国で不審な動きがあったので何があったのか、あるいは何をしようとしているのか探るようにと依頼があったらしい。依頼内容が大雑把で調査の対象も不明なのだが、それだけ急ぎの案件という事だ。

正直、進んで受けたい依頼ではなかったのだけど、今の内に一度は国外へ行っておきたかったのと、なにより報奨が良かったので引き受けた。


木々の隙間から僅かに見え隠れする仄かな街の光を視界に捉え、足を止める。記憶している地図通りであれば王都まで数時間の場所にあるエスーティカ最大の商業都市のはずだ。

通常であれば街道を早馬で五日日、馬車ならば二週間はかかる道のりを身体強化をした上で風の魔法で走るのをアシストし、川も湖も崖も迂回することなく突っ切った結果、アーニアスを出て三日目の今日、異常ともいえるスピードで到着した。


普段であればこの都市である程度情報を集めてから目的地へ向かう所だが、今回はどうするべきか考えを巡らせる。

国家間の戦争が起こりそうな事態であれば兵を動かす必要があるはずだが、国境警備兵や各地に散らばっている騎士団には目立った動きはない様子だった。そして兵よりも先に商人が動く。

彼らは鼻が利く。戦火に巻き込まれて損失を出さない為に誰よりも早く逃げ出すか、または戦争に乗じて利益を毟り取ろうと集まってくるのだ。


兵や騎士団、出入りしている商人に何かしらの動きがあれば町の人も不穏な空気を感じて家から出なくなる。今回、補給に寄った街では外出を控えている様子も、商人や兵たちに変わった様子は見られなかった。

つまり、エスーティカとルリジオンの間で不穏な動きはあるが即戦争に直結するという事態ではない、という事なのだろう。

そもそも、そんな事態になっているのであればフィンス自ら依頼を受けているはずだ。それが回ってきたという事は物騒な件でない可能性が高い。


やはり情報を集めてから都入りするべきか。そう考えて止めていた足を灯りが見える都市へと向ける。

だけど、何かが引っ掛って足の動き止まった。

虫の知らせ。第六感。女の勘。言い方は色々あるけどそういった類のモノが情報収集ではなく首都へ向かえと言っている気がする。


まだ駆け出しの域を出ないキーアは迷う。フィンス程の熟練者であれば己の勘を信じて進む事もできるかもしれないが、自分は圧倒的に経験が足らない。こういった時、勘を信じるべきなのか、普段通りの行動を取るべきなのか、わからない。


とは言っても突っ立ているだけでは時間の無駄だ。今から急げば日付が変わる前には到着できるはずだ。

普通の人間が寝静まっていたとしても同業者や一部の人間はまだ活動しているし、情報収集は王都でも行える。数秒でそう結論を出し、方向転換して再び駆け出した。


十分と走らない内に都市の光は見えなくなり、周囲は再び闇と静寂に包まれる。走り出して一時間程経ち残り三分の二ぐらいになった所だろうか。キーアの警戒網が複数の人影を捉えて急停止し、様子を探る。


「…複数人…物取り、ではない?」


盗賊か?という考えが浮かんだが即否定する。今いる所は街道から大きく外れた深い森の中だ。

旅人も地元の人間も滅多に足を踏み入れる事がないと思われる場所で盗賊に襲われるなんてことはまずありえない。


逃げている側は体格から見て女二人と男が三人。女と思われる小柄な二人を守る様に陣形を取っている事から貴族とその護衛なのだと予想がつく。

襲っている側の全体数を把握できる距離ではないが、把握できるだけでも六名。数では圧倒的に有利でそれなりに統率が取られている彼らが攻めあぐねている様から、護衛が相当な手練れなのだとわかる。


ただ、相手はどちらもキーアの探索魔法には気づいている様子はない。

裏側の人間であれば探索魔法の気配には敏感で、例え敵に囲まれたとしても展開されている探索魔法の範囲には入らない様に慎重に位置取りを行う。

つまり護衛の戦闘能力は相当高いが、索敵やこういった場面での戦闘には慣れていない、斥候といった仕事をしたことがないエリート騎士が護衛についているという事になる。


とは言ってもキーアの魔法は本人と同じく人に気づかれにくいという性質を持つため、相手に攻撃するか探知魔法を使っている相手でなければキーアの探索魔法に気づく事は殆どない。

フィンスに教えを乞う前は魔法を覚えればもしかしたら…という期待もあったが、そんな期待は虚しくも消え去って、魔法すらも隠密に特化しているという事実のみが残っている。


それはさておき、襲っているのは誰なのか。

盗賊の根城がもしかしたら近くにあって、たまたま通りかかった貴族が襲われたという可能性も無くはない。ただ、その可能性はかなり低い。騎士の護衛が付いているとなると普通の盗賊は手を出さない。

何せ手を出してしまったら国中の騎士団が敵に回るのが目に見えているからだ。特にエスーティカの様に騎士団の繋がりが強い国で騎士団に目を付けられる様な事をすればどうなるのか、子供でも考えればわかる事だ。

当然、傭兵たちも騎士団を敵に回すような仕事は受けない。そして襲撃者の中にも探索魔法に気が付いている者はいない。となると、襲撃者も騎士かどこかの貴族の私兵という事になる。


こんな時間に、こんな場所で騎士と思われる集団に襲われている身分の高い貴族がいる。

受けた依頼と何か関係がある可能性が濃厚だ。

探索魔法を本職の人間でも気づくか気づかないかレベルにまで密度を薄め、一定距離を保ちながら双方の動きを追った。


状況に変化があったのは追跡を開始して間もなくの事だ。

しばらくは増援が来なさそうだと検討を付けたキーアが目視できる位置を確保しながら追っていると、不意に護衛の一人が体勢を崩し、その隙を見逃さなかった襲撃者がすかさず騎士に襲いかかり護衛の数が二人へと減った。

勢いにのった襲撃者の猛攻を何とか残った二人で凌ぐ姿には感嘆を覚えるが、護衛対象がいる為に動きが制限され、このままではジリ貧確定だ。


騎士の本分は平野等の広い場所での集団戦だ。視界も足場も悪い場所での要人警護など専門外だろう。しかも少数対多数の護衛しながらの撤退。

どこから来たのかはわからないが、今までよく持ちこたえていたと称賛に値するレベルだと思う。


襲撃者たちは倒れた騎士の息の根を確実に止める事よりも追撃を選んた為、地面に倒れて浅い息を繰り返している騎士の元に難なく近づけた。

闇夜に紛れる為に着ていたのであろう黒いマントは切り裂かれ、血に染まり、その下に見える鎧はこの逃亡中についたと思われる汚れや傷が無数にあり、逃亡の激しさを物語っている。


「……」


会話が出来る状態であれば誰が何故、何の為に誰から逃げているのかを聞き出したかったのだが、無理そうだ。

このファンタジーな世界でも死者を生き返らせる魔法はなく、また回復魔法の使い手は一国に十人いればいい方だと言われるぐらい、かなり貴重な存在だ。ゲームに出てくるポーションの様に飲めば傷が全快するといった便利な物はなく、せいぜい塗れば多少治りが早くなる程度の薬しかない。

せめて楽にしてあげるのが情けなのかもしれないが、不用意に動けば足取りを残してしまう事になる。


フィンスとの訓練の前に血を見る事、生物の命を奪う仕事が必ずある。自分にそれが出来るのか?という不安はあった。

だけど、最初に少し嫌悪感があったぐらいで命を奪う事に大して抵抗がなかったのを覚えている。

最初の獲物は兎だった。罠に掛かっていたのを殺して捌き方を教えてもらいながら自分で捌いて食べた。次は弓で落とした鳥。その次は猪。その次は熊。と徐々にランクアップしていき、最終的に暗殺の仕事をフィンスの付き添いでやった。

あまりにもスムーズに全てをやってしまった為に『本当に生まれてくる所を間違えたな』とフィンスに苦笑され、前世の倫理感や道徳観を少なからず持っているはずの自分が、罪悪感を抱く事なく命を奪ってしまえる事に驚きもした。

こんなにも非道な人間だったのかと。


力なく横たわっている騎士のマントを外して身に着けている紋章を確認する。

盾をベースに二本の交わる剣と大鷲。エスーティカの国章だ。これを身に着ける事が許されるのは王族と王族を守護する王宮騎士団のみだったはず。

となると、追われているのはこの国の王族。現在、エスーティカに王女は一人だけ。名前は確か、エラノール・エスーティカ。

回復魔法の使い手で身分に関係なく魔法を行使し、その愛らしい容姿と相まって国民からの人気が高かったはずだ。そんな彼女が自国の王都近郊で何者かに襲われている。


これはかなりキナ臭い。ため息が出そうになるのをグッと堪え、未だ小競り合いを続けている集団を再び追いかけた。

漸く本篇?突入。人が出て来なさ過ぎて進まない…

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ